ACT.3
『痴漢冤罪に遭ったんですよ』
”彼”は声を潜めて言った。
彼が丁度大学院に入ったばかりの頃だった。
大学に通う途中の山手線の車中で、一人の女性から『この人に胸と尻を触られた』と訴えらえ、そのまま鉄道警察隊に酔って身柄を確保されたという。
彼はそのまま渋谷駅で降ろされ、鉄警隊の詰め所に連行され、徹底した取り調べを受けた。
しかし彼は頑として容疑を認めようとはせず、
『自分は絶対にやっていない』と主張し続けた。
ご存じの方も多いだろう。
『痴漢冤罪』という奴は、一旦警察に連れて行かれ、座らされた途端、絶対に返して貰えない。
幾ら違うと言っても、誰も聞いてはくれないのだ。
”やったことを認めて、書類に署名をして拇印を捺せば返してやる。”
警官は和彦を椅子に座らせ、逃げられないように取り囲み、お決まりのセリフを繰り出した。
だが和彦は頑として認めようとせず、結局そのまま拘留期限ぎりぎりまで留め置かれた。
親が呼ばれ、挙句の果ては担当の教官まで引っ張り出された。
そんな段階になっても、彼は”やっていない”で押し通した。
彼を名指しした女性は”後ろにいたのはこの人だ”としか答えない。
誰も和彦を信用しない。
この件は新聞の社会面にも取り上げた。
挙句は大学側まで彼が犯人であると決めつけ、退学処分を下した。
近い将来結婚するはずだった恋人も、彼の元から離れて行くことになった。
そんな絶望的な状況の中でも、和彦は一貫して”自分はやっていない”と主張し続け、裁判にまで持ち込んだ。
当り前だが裁判には費用が掛かる。
誰も支援してくれない。
弁護士も彼は自費で雇い、そのために借金を背負うことになった。
結果は・・・・まあここまで書けば分かるだろう。
有罪だった。
辛うじて実刑は免れたものの、懲役二年執行猶予三年であった。
『その後はどうなったんです?』
俺の言葉に、”彼”は首を振り、
『それが、分からないんです』
彼は裁判費用の為に負った借金を返済するため、必死で働いたが、悪い評判が立ってしまっては、碌な仕事にありつけない。
それでも必死に働き、やっと二年がかりで返済をし終えたが、その後どこにいったのか、行方をくらませてしまった。
『まさか、その彼が今会社を経営しているなんてね。最後にあった時、彼はひどく
”彼”は、ほっとしたような口調でそう言った。
『遠山和彦氏の実家はどこですか?』
『え?』
俺の言葉にひどく怪訝そうな調子で答えた。
『彼の事を色々と調べてみなければならないんですよ。それが仕事ですからね』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
神奈川県の平塚市、そこが遠山和彦氏の実家だった。
”だった”
と、過去形にしたのは、文字通り過去の話だからだ。
彼の両親は既に亡くなっており、別の住人の手に渡っていた。
”お父さんはお子さんたちがまだ小さい時に交通事故で亡くなりましてね。その後お母さんが学校の先生をして働いてらっしゃったんです」
『ちょっと待ってください。今”お子さんたち”っておっしゃいましたか?』
”あれ、ご存じなかったんですか?和彦さんは双子だったんですよ。弟さんは、確か義彦さんって言ったかなぁ?”
住人氏は、不思議そうな顔をして俺を見た。
”でも、奥さんお一人じゃ二人を一緒に育てて行くのは無理だということで、義彦さんの方は確か中学生の時に養子に出されたんですよ。”
その後はこの家に和彦と母親が二人で暮らしていたのだが、あの事件があって間もなく、母親が亡くなり、この家は売りに出されてしまったのだという。
それから、俺は徹底的に和彦の事を調べた。
(また
何とでも言うがいい。
だらだらと君らに調査の過程について語ってみせたところで、一銭にもなりゃしない。
本当のことは依頼人にだけ話せばいいんだ。
それに俺達探偵には”守秘義務”って奴があるんだ。知ってたか?
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