ACT.2

 遠山和彦が自分で話したプロフィールには凡そ間違いはなかった。

 彼は横浜の中華街近くにある20階建てのタワービルの最上階に事務所を構え、米国を中心に、各国の高級アンティークを大掛かりな家具から小物まで、手広く商っていた。

 格別儲かるわけでもないが、かといって損もしない。

 この手の家業としては固い商売をしていた。

 

 歩いて30分足らずが中華街というのが助かった。

 俺は何度か運んだことのある、中華料理店ののれんをくぐり、水餃子と炒飯のセットを頼んだ。

 本当なら飲み物はビールと行きたいところだが、仕事中だ。

 こう見えても自分の仕事には忠実なんでね。

 ジャスミンティーで我慢をしておいた。

 俺はチャイナ服を着たウェイトレスに、主人を呼んでくれるように頼むと、しばらくして白いコック服に丸い帽子を被った艶々した顔をした、如何にも中華料理屋でございという顔の男が出て来た。

 この店の大将である。

 俺が小山内渚から預かって来た遠山和彦氏の写真を見せた。

”写真は嫌いだから持っていない”というのを、彼女が無理を言って一枚貰ったのだという。

 なるほど、確かに彼女の言う通り、木村拓哉に似て居なくもない。

 

『ああ、この人ね。遠山社長でしょう?うちの店にも良く来ますよ。二枚目だけど結構気さくな性格でね。ただ・・・・』

 彼はちょっとだけ言葉を濁す。

『ただ、何だね?』

 俺が問い返すと、

『いえね、気になったことがあって』

『どこがどう違う?』もう一度聞き返し、俺は五千円札を一枚、チップだと言って

大将に手渡した。

 彼はそれを白い割烹着のポケットにしまい、

『大したことじゃないんですがね。ここ』

『こんな傷、見たことがなかったもんで』

 なるほど、確かに写真の和彦の右頬には、ほんの二センチほどの刃物疵が縦に奔っていた。

『それになんだか昏い目をしてるなぁ。いつもはもっと明るい感じだったんですがね』

 ご承知の如く、現在はコロナ禍で、誰もがマスクをしている。

 しかし、当然ながら食事の時には外さねばならない。

 だが、マスクの下にもやはり絆創膏は貼っていた。

 

『それが、この写真にはないでしょう。』

 なるほど、よく見ると確かにそうだ。

 それほど目立つものではないが、確認すると確かに写真の中にはそんな傷痕は見られない。

『プロのあんたにこんなことを言うのは口幅ったいんだけど・・・・』大将は遠慮がちに続ける。

『これは私のみたいなもんなんですがね、この人、遠山社長とは、別の人間なんじゃないかって・・・・』

 そう言ってから、はっとしたように俺を見て、

『申し訳ありません。生意気を言っちまって』

 俺はもう一度ポケットに手を突っ込み、財布から代金を出すと、

『いや、素人の言葉ってのも、案外と的を得ているところがあるもんでね』

 ありがとう、ごちそうさん、

 そう言って俺は店を出た。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ”誰にも言わないで下さいよ。”

 彼は二度まで念を押してから、上目遣いに俺を見た。

  そこは都内にある、某有名私立大学のキャンパス。

  遠山和彦が卒業した大学で、俺が今会っているのは、彼の大学時代の友達で、

 現在はこの大学で、理学部の准教授をしている男だった。

(本当なら名前を出したいところだが、最低限の秘密は厳守せんとな)

 どうやってここを突き止めたのかって?

 それも秘密だ。黙秘権を行使する。

 ま、それはともかく・・・・。

 『遠山君と僕は入学してきた時から仲が良かったんです。お互いにエスカレーター組ではなくて、別々の高校から進学してきたってことで、気が合ったんでしょう』

 入学してきた時の彼は、明るくて陽気な性格だった。

 又成績も優秀で、そのまま大学院に進み、将来は物理学者になりたいと思っていたという。

『僕なんかより、彼の方が遥かに優秀でした。三年の秋の卒論なんか、教授たちが

”これだけでも博士論文に値する”って褒めちぎっていたくらいですからね』

 目標通り、大学院への進学も内定していた。

『あんなことさえなければね』彼は声を落とし、表情を曇らせた。

『あんなこと?』

 俺が問い返すと、彼はもう一度、

『本当に誰にも言わないでください。彼の名誉にかかわりますから』と念を押す。

『誓いましょう』俺はそう答えてから、シナモンスティックを口に咥えた。


 

 

 

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