【出張】社会学カフェへようこそ! 「信仰」は経済システムをも創造する?! 前編

 カクヨムで連載中の社会学小説、『今日は何を注文しよう? ―社会学カフェへようこそ―』、現在執筆のための資料調査中ということもあり、更新までしばらくのお時間を頂戴するのですが、その間、社会学カフェ出張版をお届けしたいなということで、こちらに掲載いたします。


 本編の社会学カフェでは、身近なテーマを取り上げていく心算ですが、一人でも多くの皆さんを社会学の面白さの虜にして信者に引き摺り込みた……あ、いえ、社会学をお楽しみいただきたいなと思い、この出張版では、がっつり社会学者の議論に触れることを目指し、「会話劇」のかたちになっております。

(本編のパラレルワールドということで、少しだけ本編の人間関係についてネタバレも含まれていますが、このお話単独でもお楽しみいただけるかと思います)

 

 それでは、どうぞご覧ください。


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登場人物:全員中学生


かんなぎ ゆう

小学五年生のときに祖父が遺してくれた「秘密基地」で社会学に出逢う。学校内では浮いていて、クラスメイトから「ぼっち」と呼ばれている。好きな科目は文系科目全般。文系ではないが因数分解は無心になれるから好き。嫌いな科目は担当教員によって変わる(今は美術)。


志之元しのもと れん

 眉目秀麗、文武両道、おまけにクラスの人気者。地元の名士の一人息子。好きな科目は数学。答えがハッキリしているから気持ちがいい。物理も好き。延々と解いていられる。嫌いな(学校での)科目はなし。でも、手先がそんなに器用ではないので美術や家庭科は正直気乗りしない。


久野くの あい

  空気を読むことに長け、クラス内では常に気を張っている。周囲の雰囲気にのまれて巫を仲間外れにしてしまったが、根は心優しい。好きな科目は何もしなくてもなんとなく平均点が取れるので気が楽な国語。歴史もけっこう好き。嫌いな科目は小難しいもの全部。


――――――――――


愛「はぁ~」


蓮「久野さん、どうしたの?」


愛「今度の公民の小テスト、経済の仕組みが出題範囲でしょ? 私、経済とか興味ないし、今ひとつ頭に入ってこなくて…復習しなきゃって思うんだけどやる気も出ないしで…も~!」


蓮「ああ、資本主義経済の話だったよね。僕で良ければ復習手伝おうか?」


愛「!! ぜ、ぜひ…お願いします(うわぁぁ、これ、親密度が上がるイベントよね?! そうよね?!)」


蓮「じゃあ、資本主義経済の特徴って久野さん覚えてる?」


愛「えっと…人が自由に生産活動ができる…だったような」


蓮「そうそう! 自由にできる、っていうところがポイントだよね。生産を担っているのが『企業』で、この『企業』が自由に生産活動ができる。じゃあ、『資本』ってなんだったかな?」


愛「うっ…ここでつまづいちゃうのよね…生産活動を行うために必要な資金…?」


蓮「そうそう! もう少し掘り下げると、『資本主義』と言ったときの『資本』っていうのは、お金や工場とか機械設備、労働力を指していて、こういうのをもっている人のことを…?」


愛「資本家!」


蓮「うん、正解。多分、テストでは『資本家』『利潤』『労働者』のキーワードを使って資本主義経済を説明させる問題が出るかもしれないね」


愛「あ~、たしかに授業で頻出した言葉には要注意よね…」


蓮「そうそう、久野さんは大枠での理解はもうできてるし、あとは、それぞれのキーワードを使いながら説明できるようになったら大丈夫!」


愛「ありがとう! えっと、さっきのキーワードから資本主義を説明すると…」


巫「資本家が利潤を目的に労働者を使って生産活動を行う仕組み」


愛「うわっ! いきなり出てこないでよ! びっくりするじゃない」


巫「資本家、のところは『企業』に言い換えても大丈夫だろ。たとえば“企業が資本を元に~“とかさ」


蓮「さすが! バッチリだね」


巫「じゃあ僕から二人に問題だ。社会の授業でも習ったとおり、資本主義はもともと18世紀にイギリスで起こった産業革命によって成立したよね。で、資本主義は近代の西ヨーロッパで発達したわけなんだけど、どうして資本主義なんていうシステムが生まれ、発達したんだと思う?」


愛「そんなの簡単よ! たくさんお金儲けをしたい…、つまり利潤の追求に拍車がかかったからなんじゃないの?」


蓮「うーん、そうだよね。資本家は自分がもっている資本が増加すればさらに利潤を追求できるし、労働者も働けばそれだけお金が得られる。生活もより快適に、豊かになるだろうし、人々の暮らしに対する前向きな欲望みたいなものが資本主義の発展を促した…のかな」


巫「だな。お金があればできることが増える! 夢が広がる! お金欲しい! そんなわけで、お金儲けをしたい人たちの頑張りによって生産力も高まって資本主義が発達しましたとさ…~Fin~」


愛「らしくない質問ね。簡単すぎだわ(…でも、どうもひっかかるのよね)」


蓮「ちょっと待って、カンナギ。さっきわざわざ”近代の西ヨーロッパで発達した“って言ってたのは何か意味があるというか、もしかして重要な点だったんじゃない?」


愛「…そうよ、やっぱり何か裏がありそう。お金を儲けたい…だけなら、近代の西ヨーロッパに限らず、至る所で資本主義が発達してもおかしくないわよね。みんなお金欲しいわけだし…多分」


巫「……」


愛「なによ、ニヤニヤしちゃって」


巫「いや~、嬉しくってね。うん、そのとおり。『資本主義』の起源やその拡大の原動力は何かと問われたとき、おそらく多くの人は利潤の追求…つまり『営利』や人間の『強欲』であると考えてしまう」


蓮「…でも、近代の、西洋で発達した『資本主義』には、『営利』や『強欲』ではない何かが原動力になった、ということかな?」


巫「まさしく。『営利』でも『強欲』でもない、それどころかそれらとは正反対の『禁欲』が資本主義の成立や発達に繋がったと鋭く洞察した人物がいるんだ。その人こそ、ドイツの社会学者、マックス・ヴェーバー(1864-1920)さ」


愛「鼻濁音の感じから言って何とも強そうな名前ね」


蓮「…あ! その人なら知ってるよ。政治学者、経済学者でもあるんだよね」


愛「さすがレンレン! なんでも知ってるのね」


蓮「あ、いやいや、たまたまだよ。父から渡された本の中でヴェーバーがよく引用されていたから。そんなことより『禁欲』が資本主義の成立や発達に関係してるってどういうこと?!」


愛「そうよ! 近代とか西ヨーロッパの資本主義ってところに注目しても、全然結びつかないんだけど! 私達とは価値観や考え方が全然違うとしか思えないわ」


巫「ふふ、全然結びつかないからこそ、面白いんだよ。誰でも思いつくような理由だとつまんないでしょ? さぁ、ヴェーバーはいったいどういうところに注目して、どんな風に論証していったのか、早速迫っていこう。これをみて」


――――――――――

「資本主義」は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した。しかし、後に見るように、そうした「資本主義」には(中略)独自のエートスが欠けていたのだ。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』p.45

――――――――――


愛「これは…?」


巫「ヴェーバーが書いた論文から一部を拝借したんだ。ちょっと読んでみてよ」


蓮「…『資本主義』は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した…?」


愛「なにそれ? さっきカンナギは資本主義は18世紀のイギリス、産業革命で成立したって言ってたわよね? 授業でもそう習ったはずだけど、ここには全然違うことが書かれてるってどういうこと?」


巫「単なる利潤の追求という意味における『資本主義』なら、近代にも存在していたんだよ。それこそ、世界の色んな地域、色んな時代でね。でも、注目して欲しいのは、そうした『資本主義』には独自のエートスが欠けていた、とヴェーバーは指摘していること。ここでいうエートスというのは、まさしくヴェーバーの著作タイトルに示されている『資本主義の精神』なんだな」


蓮「そうか、カンナギが資本主義を『近代』『西ヨーロッパ』と特定したのには、歴史上いたるところに存在していた『資本主義』と区別するためだったんだね。そして、近代資本主義の成立と発展に大きな役割を果たしたのがエートス、つまり資本主義の『精神』である、ということなのかな?」


巫「さすが蓮だな! 結論を大まかに先取りするとそんな感じ」


愛「なるほどね…エートスは資本主義の精神。うーん、なんとなくわかるような気もするけど、これだけだとまだよくわからないわ。もう少しわかりやすい言い方はないの? あと、『禁欲』はどこにいったの?なんかすっごく気になるんですけど!」


巫「大丈夫大丈夫。これから全部つながるから。ゆっくり丁寧に確認していこう。それと、エートスをざっくり言うなら、精神構造とか生活態度ってとこかな。じゃあ次はこれを読んでみて」


――――――――――

近代的企業における資本所有や企業家についてみても、あるいはまた上層の熟練労働者層、とくに技術的あるいは商人的訓練のもとに教育された従業者たちについてみても、彼らがいちじるしくプロテスタント的色彩を帯びているという現象だ。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』p.16

――――――――――


愛「プロテスタントって、宗教改革でローマ・カトリックから分離して生まれたキリスト教宗派のひとつよね。カトリックは神父様、プロテスタントは牧師様」


巫「そうだ。ここで大事なポイントは、ヴェーバーが資本主義の土台を築いていく人たち…資本家や労働者、従業者のような担い手にプロテスタントが多い、っていうところに着目したってこと」


蓮「プロテスタント……『禁欲』ってまさか、宗教が絡んでるってこと? つまり、ヴェーバーは、資本主義の成立や発達の要因を宗教に求めた…?」


巫「そのとおりだ」


愛「ええ?! ますます結びつかないわよ。資本主義みたいな経済活動を成立させたのが宗教だなんて…『天使にラブソングを』を観てよ! 可憐で健気なシスターメアリー・ロバートはお金儲けなんか興味ないのよ!」


蓮(『天使にラブソングを』はカトリックだったような…? 僕はメアリー・パトリックに惹かれるなぁ)


巫「まぁまぁ。たしかに、宗教が資本主義を生み出しただなんてふつうは考えにくいよね。でも、ヴェーバーは、『資本主義の精神』が禁欲的プロテスタンティズム…、プロテスタントの倫理にある、と指摘したんだ」


蓮「うーん。キリスト教が支配的なヨーロッパでは、たしか利潤の追求に否定的だったと思うんだ。カトリックはもちろん、プロテスタントも、暴利に対してはとても厳しい取り締まりをしていたはずなんだけど、それでも資本主義に通じているっていうのがどうもわからないな」


巫「そこなんだよ! ヴェーバーだってキリスト教が利潤追求を否定していたことはわかってた。それでも、さっき見てもらった論文の大事な点は何だったかっていうと…」


愛「“資本家や労働者、従業者のような担い手にプロテスタントが多い”、よね」


蓮「…そうか! 利潤の追求が否定されているはずの場所…つまり西ヨーロッパで、どうして資本主義が成立して発達したのかという『問い』があるんだね」


巫「そう。しかも、資本主義の土台を築いた立役者たちに、利潤追求に否定的なはずのプロテスタントが多い、っていうところにヴェーバーは目をつけた」


愛「…ちょっとわかってきたかも。要するに、ヴェーバーさんは、資本主義が成立して、発達したのは利潤追求とは何か別の理由がプロテスタンティズムにあったはずだ、って考えたのかな?」


巫「そうなんだよ! 社会学はさ、この資本主義と宗教の話のように、一見結びつかないような要素を用いて分析したりもするから、最初はただ滅茶苦茶で突拍子もない発想のように感じてしまうかもしれないけど、そんなことはないんだ。すごーく地道で丁寧な調査と鋭い観察眼から対象の特徴を掴んで、多くの人がなかなか気づかないような隠された関係を解明していくんだよ」


蓮「思いつきだけなら、説得力のある議論はとても展開できないし、なによりこうして論文が後世に残ることもないよね」


巫「そういうことだな。それで、だ。ヴェーバーはこんな風に考えた。人間を内側から行為へと突き動かす『動機』とはいったい何なのか?」


愛「動機を解明しようとしたの?」


巫「動機の解明そのものというより、人間が自らの行為に対してどういう意味づけをしているのかを理解することが、社会現象を分析するにあたって有効だと考えたんだ。ヴェーバーにとっての社会学は、『行為』を研究する科学。社会現象っていうのは、結局人々の行為によって生じるんだから、社会現象を説明するためには、その現象に関与する人々の行為の動機を理解しなきゃだめだっていうこと」


蓮「なるほど…(社会学辞典をめくりつつ)あ、ヴェーバーは行為を4つのタイプに分けているね。えっと、『行為の四類型』…目的合理的行為、価値合理的行為、伝統的行為、感情的行為」


愛「へぇー。ん? ところで、さっきから『行為』って言ってるけど、『行動』じゃないの?『行動』だとなんかダメな理由があるのかな」


巫「いいところに気づいたな、愛。そうだよ。社会学が対象にしているのは『行為』だ。『行動』は刺激を受けたときに反応するような、いわゆる条件反射とか無自覚なものだ。それに対して、『行為』は人の主観的な意味が込められているし、また『他者』に向けられているものでもあるんだ」


愛「ふーん、じゃあたとえば、雨が降ってきて傘をさすっていうのは…どっちになるの?」


蓮「それは他の人に向けられたものではなくて、単に濡れるのを防ごうとしているだけだから、『行動』かな」


巫「そうそう。たとえば人と自転車が衝突するのも自然現象に過ぎないから『行為』ではないな。ただし、相手を避けようとしたり、衝突の後で話し合いをするのは『行為』だな」


愛「なるほどね。ヴェーバーさんの社会学に対するスタンスはわかったわ。それで、プロテスタントはどうなったの?! さっきから何が資本主義に結びつくのか考えてたんだけど、やっぱり思いつかない!」


巫「はは、ごめんごめん。結論を急ぐより、ここは『社会学カフェ』だから、できるだけ色んな観点から話ができればいいなと思ってついね」


蓮「僕は楽しいからオッケーだよ」


愛「…まぁ、私もなんだかんだ楽しいからいい…かな」


巫「ありがとう、じゃあいよいよ謎解き編といこう!」


――――――――――


 ここまでお読みくださりありがとうございました。


 ヴェーバーの非常に中身の詰まった議論をできるだけ簡略化せずに会話を展開させることを試みた結果、大変な字数になってしまったので、一旦ここで区切ることにしました(後編は、前編よりさらに長いです…ごめんやで)。

 

 さて、この会話劇、カンナギの独断場にしてしまえばもっとスムーズに話が展開するとは思うのですが、「社会学カフェ」なので、蓮や愛にもどんどん発言&思考してもらった結果、若干回り道のような会話に感じられてしまうかもしれません。

 そのかわりと言ってはなんですが、社会学的な問いの立て方や、より丁寧な対象の捉え方、思考の展開について言及するよう心がけましたので、お楽しみいただけますと幸いです。


どうぞよろしくお願いいたします。

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