第7話「何だ。あの吸引力は」

 @柊メテオの立てた作戦は、こうだ。


 この火山帯のモンスターには序列があり、空の王者ワイバーンは地上に生息するリザードを従えているらしい。


 プライドの高いワイバーンは、基本的に上空から降りてくることはない。だが手下として従属するリザードを狩られると、プライドを傷つけられたワイバーンは報復のために地上へ降り立つことがあるという。


 遥か天空を飛び回るワイバーンを、地上から攻撃する術はない。だがもし同じ目線で対峙する機会が得られるなら、こちらの意志を見せつける絶好のチャンスになるという。


 何故そんなことを掃除機が知っているのかと問い質したところ、火山帯に生息するニジイローチを吸い込み進化したおかげで、ここ付近一帯のモンスターの知識を得ることが出来たのだとか。


「ニジイローチは攻撃性も低く行動範囲も狭い、火山帯では序列最下層のモンスターです。ですので入手した知識はごく僅かだと思うのですが……」


 それだけでも充分だ。知識や情報というのは、あればその分力になるものだから。


「メテオ。この家の主として――お前の外出を許可する。いいか、無理だけはするな。必ず無事に帰ってこいよ」

「はい、ですが……」


 感情の見えない眼差しのまま、@柊メテオは頬に人差し指を当て、考える素振りを見せた。


「万一のことも考えて、連れて行きたい家電仲間があるのですが、よろしいでしょうか」

「……あ、ああ。構わないが」


 @柊メテオは階段を登って2階へ向かうと、小型の白い箱のようなモノを持って戻ってきた。

 その家電は、ケーネにも見覚えがあった。室温を適正に保つための、持ち運び可能なエアコンである。

 同じものが1階にも幾つか置いてあったが、2階にも用意されていたらしい。


「そんなもの、どうするんだ」


 @柊メテオはケーネの質問には答えず、玄関のドアノブに手をかけ――抑揚のない声で警告した。


「一瞬ですが熱波が入り込みますので、ご主人様はリビングへお戻りください」


 言い終わるや否や、@柊メテオは玄関の扉を開けて外に出た。


 以前窓を開けた時と同じような、濃密な熱風が屋内に流れ込んできた。

 慌てて部屋のドアを閉めて、リビングに飛び込む。室内では先ほど@柊メテオが持って行ったモノと同種のエアコンが、忙しなく冷気を送っていた。


「一体何をするつもりなんだ……」


 5分もしないうちに、@柊メテオは家の中に戻ってきた。


 身体が若干煤汚れていたが、傷などは付いていないようだ。


「申し訳ありません。予定より時間がかかってしまいました」


 そもそも@柊メテオがどの程度の時間を予定していたのか、ケーネは聞かされていない。


 何をしに出ていたのか。ケーネが尋ねるより先に、@柊メテオの背後に、何か――否、誰かが隠れていることに気が付いた。


「メテオ、そいつは……?」

「ご主人様にご挨拶なさい」


 @柊メテオの背後から、金髪の女の子がひょこんと顔を出す。

 @柊メテオと同じようなエプロンドレス姿で、髪型も似たようなロングヘア。

 切れ長でクールな瞳をした@柊メテオとは違い、目元は柔らかく垂れた優しい目付きをしている。


 ニッコリ笑顔を浮かべれば、花のように愛らしい印象を抱きそうなものだが。金髪の女性は@柊メテオと同様、感情の揺らぎの少ない無感動な眼差しでケーネを見つめていた。


「室温感知機能付き空気調節用アンドロイド@光臨メタルでぇす」

「しつおんかんちちょうせつアン……要するにエアコンか」

「そうでぇす」


 言葉自体は剽軽な感じだが、生憎語調にはほとんど抑揚がない。


 顔の横で可愛らしくダブルピースを作っているが、表情も声も無感動なままだった。


「ご主人様をお任せします」

「承知したでぇす」


 語調が平らなので分かりにくいが、日本語を中途半端に喋れる外国人みたいな話し方をする娘だ。


 @光臨メタルはひょこひょことケーネのもとへ歩み寄ると、両腕を広げておもむろに抱き付いてきた。


「安心するでぇすよ。おうちの中では、メタルが守るでぇすから」


 アンドロイドという割に、体温も感触も人肌で柔らかい。とくに@光臨メタルはとある部位が@柊メテオと比較しても大きく育っているようで、触れた部分に幸せと欲望が同時に弾けた。


「@光臨メタルは元がエアコンですから、広い範囲を同時に守ってくれるはずです」

「そうでぇす。メタルいれば、さっきみたいに熱風入ってきても、ご主人様すぐに冷やしてあげられるでぇすよ」

「ちなみに進化したことで温度調節機能がさらにアップグレードされているので、お風呂上りなど部分的に冷えるなって時などに、ご主人様の周辺だけ暖めてくれるとか、よりパーソナルな使い方が出来るようになったようです」

「はぁい。メタルすごいのでぇす」


 最後に@光臨メタルの説明をして、@柊メテオはまたしても屋外へ向かった。


 リビングに戻るのを忘れていたが、飛び込んできた熱風はすぐさま@光臨メタルによって中和され、心地良いそよ風がケーネの身をくすぐった。


「暑くないでぇすか?」


 ぐいぐいと身体を押し付けながら、@光臨メタルは無邪気に問いかけてくる。


「大丈夫、だけど」

「それなら寒くないでぇすか? メタルゆたんぽとしても使えるので、冷える夜は呼んでくれれば、お布団温めといてあげるでぇす」


 呑気そうな@光臨メタルに、ケーネはボリボリと後頭部を掻きながら聞いた。


「それよりメテオは平気なのかな。具体的にどうやってワイバーンの嫌がらせを止めるのか、教えてもらってないんだけど」


 リザードを狩る、みたいなことを言っていたが。

 そもそもどうやってあの火を噴くトカゲの親分みたいなモンスターを、狩るつもりなのか。


「大丈夫でぇすよ」


 ケーネの思案は意に介さず、@光臨メタルは優し気な目付きでケーネの顔を覗き込んだ。


「@柊メテオだったら、大丈夫でぇす。さっきもメタル進化させるために、リザード吸い込んでたでぇすから」




 ◆◇◇◆




 リビングのカーテンを開け放ち、ケーネは外の様子を観察した。


 噴石が至る所にゴロゴロ転がる軒先で、@柊メテオはリザードを相手取り、戦っていた。


 否。正確には、あれを戦いと称するのはおかしいだろう。


 @柊メテオが行っているのは、討伐でも殲滅でもない。――清掃だ。

 庭先に生息する赤黒いトカゲを、@柊メテオは胸元の吸引口で吸い込み、跡形もなく消し去っていた。


「何だ。あの吸引力は」


 割れた谷間から、黒い穴が顔を出している。よーく目を凝らしてみると、吸引口には銀色の牙か刃のようなモノが無数に生まれ、凄まじい勢いでその全てが回転していた。


「あんな部位、あったっけ……?」

「さっきメタルとお外の掃除しに出た時、@柊メテオまた進化したみたいでぇすよ。最初の一匹は、窒息死させてから吸い込んでたので、予定より時間かかった言ってたでぇす」

「アレで掃除したら、床とか傷ついちまうだろ。それに本来吸い込んじゃダメなモノ吸い込んじゃった時、後で回収できなくなっちまう」


 乱暴に部屋掃除をしていると、たまにやってしまうやつだ。紙細工とかプラモデルのパーツとか、ついうっかり掃除機で吸ってしまうことがある。

 大切なモノを@柊メテオに吸われたら、元の形で回収することが不可能になってしまう。


「平気でぇすよ。@柊メテオの意志で開いたり閉じたり出来るそうでぇすし、こういう時でなければ使うことはないはずでぇす」


 肩幅に足を開き、拳を作って両腕を90度曲げて上に向ける。@柊メテオの胸元に風が逆巻き、近くにいたリザードを吸い込み、ズタズタに切り裂き粉砕しながら体内へ飲み込んでいく。


 リザードは火炎放射器さながらに口から火を噴いて応戦するが、高熱で部品が溶けることがないよう品質基準で定められている@柊メテオは、火炎程度ではビクともしなかった。


 最高級の防音設備のおかげで、外で発せられる音は聞こえてこない。


 @柊メテオは一瞬ピタリと停止すると、腰の辺りをまさぐり、ガコンと引き出しのような部位を引っ張り出した。


 赤黒い粉が、開けられた蓋の奥から風に乗って吹き散らされる。思わず目を背けた。大方アレは、今まで吸い込んで粉砕したリザードの肉片だ。


「メテオにとってこれは、本当に清掃でしかないんだな……」

「@柊メテオ強いけど、メタルも@柊メテオも所詮は家電でぇすから。家電は戦うためのもの違くて、生活を豊かにするためのものでぇす」


 当たり前のことを、改めて@光臨メタルに教えられる。


「そうだよな……。メテオは掃除機なんだ。戦うために生まれてきたわけじゃないのに……」


 一心不乱にリザードを吸引し粉砕する@柊メテオの奮闘を見ていると、何もできない自分にやるせなさを感じてしまう。


 そんなケーネを優しい瞳で見つめていた@光臨メタルは、ぎゅぅっとケーネを抱き締めて、抑揚のない声で囁いた。


「メタルたち家電は、ご主人様の道具に他ならないでぇすから。使い方次第で、善にも悪にもなるでぇすよ」


 だから――と、@光臨メタルは何でもないように続ける。


「ご主人様がリザードをゴミだと思えば、@柊メテオはなーんにも悪くなくなるでぇすよ。宝物を吸おうが玩具を吸おうが生き物を吸おうが、掃除機に罪はないでぇすから」

「……メタル」


 @光臨メタルの優しい瞳が、僅かに細められた。


「だからご主人様も、@柊メテオ応援するでぇす。ご主人様が望めば、@柊メテオの行動は全部ぜーんぶ正当化されるでぇすから」


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