第6話「ワイバーンの仕業」
自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオ。彼女との生活にも、最近ようやく慣れてきた。
人型のロボットが部屋を這い回っていることに、まだ違和感は残っているのだが。彼女は掃除機なのだと自分に言い聞かせることで、それについては何とか受け入れられるようになった。
以前何かの本で、自由と孤独は常に共存し、切り離すことが出来ないと書かれていたのを読んだことがある。
自由を求めて始めた異世界引きこもり生活は、一ヵ月もしないうちに、寂しさに苛まれるようになった。
元の世界での引きこもり生活の時も、孤独は感じていた。だが今の暮らしのように、耐えられないほどの寂寞ではなかった。
やはりそれは、家に――家族がいたからだろう。
顔を合わせることは滅多になかったし、最後に会話をしたのがいつだったか、思い出すことも出来ない。けれど。
誰もいない一軒家に、ただ一人で暮らし続ける。それはやはり、自由ではあったが、孤独でもあった。
「そう考えると@柊メテオの存在は、俺にとって大切なものなのかもしれない」
彼女は掃除機――家電だ。赤の他人と共同生活しているわけではない。その分、気持ちの上では楽だ。
だが意思疎通は可能だし、やや一方的なところはあるが、会話の真似事くらいは再現出来る。
勿論慣れないこともある。戸惑うことだって、いっぱいある。
たとえば食べこぼしに飛びつき、綺麗になるまで絨毯に這いつくばっている時とか。
目覚めた後の布団やシーツを抱き締め、モゾモゾとしている時とか。
シャワーを浴びるため服を脱いだところで、偶然@柊メテオが脱衣所に入ってきた時とか。
女性型というだけで、内面に性差があるわけではないのだが、やはり当惑してしまう。これはケーネの心の持ちようでもあるのだが。
「ご主人様」
毎度お馴染みのブランチを済ませたケーネのもとに、@柊メテオがしずしずと訪れた。
「お台所のお掃除が終わりました」
「うん。ありがとう、メテオ」
食事のパックゴミをダストシュートに投げ込み戻ってくると、@柊メテオは黙したまま、窓の方を見つめていた。
カーテン越しの窓の外で、赤い光が浮かぶ。最近、外が光る頻度が高くなったような気がする。
「また噴火か? 最近多いな」
カーテンを開けて外を確認する。昨日までなかったはずの噴石が、軒先にゴロゴロ転がっていた。
中にはヒビが入り、割れてしまったものもある。
「この物件自体は女神様のお墨付きだけど、周りの土地はそうでもないからなあ」
土地ごと崩落したら、無事では済まないかもしれない。
そんなことを考えつつケーネが空を仰ぐと、いつか見た
何気なくワイバーンの軌道を目で追っていると、異変に気付いた。
「え」
噴石が、上空より落下してきたのだ。
慌てて目の前の火山に視線をやったが、噴火の気配は見られない。
噴石は軒先の地面に衝突し、衝撃で割れ弾け飛んだ。拳大の岩石が四散し、窓にぶち当たる。
この家は安全だ。中にいれば、外がどうなっていても、影響を受けることはない。
落下の衝撃も、相当のものだっただろうが、室内に被害はなかった。飛び散った岩石も相当の速度で窓ガラスを射抜いただろうが、割れるどころか窓が揺れた形跡すらない。
「……何だ」
「ワイバーンの仕業のようです」
いつの間にか@柊メテオは、ケーネの背後から同じように上空を眺めていた。
彼女に倣って天を仰ぐと、またしてもワイバーンの影が蒼穹を翔けるのを目視した。
「わざとやってるってことか。何でまた?」
「恐らくここ一帯は、ワイバーンの縄張りなのだと思われます」
@柊メテオの推測が正しければ、つまりこの家は、ワイバーンの領域にいきなり現れた部外者に他ならない。
ワイバーンの知能がどの程度なのか、ケーネには分からない。だがもし動物的な本能で、余所者は追い払うべしという理念に乗っ取って動いているのだとしたら。
「威嚇――いや、そんな生易しいものじゃないな。これは明らかに、攻撃されている」
今までもくちばしの長い鳥が軒先で暴れていたり、赤黒い鱗をしたリザードが火を噴いてきたこともあった。
アレももしかすると、自分たちの生活圏に余所者が入ってきたが故に、攻撃の意思を示していたのではないだろうか。
「要するに、出て行けってことか」
中立的な考え方をすれば、ケーネたちが出ていくのは当然の結論だ。
女神の仕業とはいえ、ワイバーンが警邏し管理していた場所に、いきなりこんなにも広大な一軒家が建設されたのだから。
だがケーネは、その脅しに従うつもりはなかった。
「俺は女神様に願った。家から一歩も出ることなく、引きこもり生活を送らせて欲しいって」
これはある種の隣人トラブルだ。新たな住人を受け入れることが出来ず、出ていくように仕向ける卑劣な行為。
「こうなったら根競べだ。女神様は言っていた。この家を外的要因により傷つけることは絶対に出来ないと。そっちがその気なら、こっちは徹底的に無視を決め込むだけだ」
防戦一方。やられっ放し。情けない話だが、現状こちらからアクションを起こす手立てはない。
万が一家が破壊されたら――という不安もあるが、だからといって、ワイバーン相手に迎撃する手段は、この家にはないのだ。
生活に必要なものは大体揃っているが、あくまで居住用物件であって要塞ではない。攻撃することは出来ないのだ。
「ご主人様」
「……ああ。そうさ。正直言って、悔しいよ。あんな上空から嫌がらせを受けて、何もやり返せないなんて」
この際どちらが悪いとか、どちらが正しいとかは関係ない。
圧倒的なアドバンテージを持った空の竜王に、ちっぽけな地上の住人が虐められているようなものだ。
影を踏んだとか。勝手に自分たちの陣地だと決めた場所に上がり込んだから、相応の粛清をしているだけだとか。
考えれば考えるほど、悔しいことこの上ない。
「でもまさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。ただ引きこもっていれば、安泰だと思ったんだ。ただ家に住んでいるだけで、こんなにも執拗に――敵意を向けられるなんて、思わなかった」
またしても噴石が、軒先に落ちてきた。
もうこれ以上、見たくない。カーテンを閉めようと手を伸ばすと、その手に、重ねられたものがあった。
「……メテオ」
@柊メテオの手が、ケーネの手に重ねられる。
紫紺の瞳が、ケーネの顔を見つめていた。
「わたしが……」
自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオは、ケーネの手を優しくそして力強く握り締める。
「わたしがご主人様を、お守りします」
「どうやって……」
「その前に、外出の許可をいただけないでしょうか」
@柊メテオの瞳が微かに光る。その眼差しからは、とてつもない力のようなものを感じられた。
「外出だって? ダメだ。何をするつもりか分からんが、危険過ぎる」
「わたしはしがない掃除機です。ただゴミを吸い込み、粉砕してバラバラにするだけの――いち家電に過ぎません」
ですが――。と、@柊メテオは自身の胸に手を当て、ケーネを見つめた。
「わたしの生まれた世界では、掃除用ロボットの品質基準の一つに――たとえ戦車に踏まれても壊れないこと、ということが規格の条件として定められていました」
「…………」
「他にも有害電波により誤作動を起こさないか。高熱で部品が溶けることはないか。万一未知の物質と接触しても、消費者であるご主人様に害をもたらすことは確実にあってはならない。どんなに精密かつ脆い部品でも、いかなる影響も受けないよう特殊なコーティングを施されています」
「…………」
「何故ならその基準をクリアしなければ、販売することが国によって認められないからです」
ケーネは女神の言葉を思い出していた。
『その他必要な家電は、科学の進歩した世界のモノをお借りすればいいですよね……』
@柊メテオの前身――あの見慣れた見た目のお掃除ロボットは、どこか遠い世界で発案され、市場流通されていたものだった。
「信じていいのか?」
「お任せください」
@柊メテオは、いつも無表情なその面持ちに、薄い微笑を浮かべた。
「ゴミを片付けるのが、掃除機の役目ですから」
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