第4話「自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオと申します」
「自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオと申します」
落ち着いてよく見ると、長い髪は藤色で、死に装束と見間違えた白い衣装は、ついさっきまでタブレット画面で眺めていたのと同じエプロンドレスである。
幽霊や物の怪の類ではなさそうだ。冷たくなった下半身に屈辱的な気持ちになりつつも、ケーネはようやく落ち着きを取り戻した。
「……すまない、もう一度言ってくれるか?」
「自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオと申します」
一言一句変わらぬ定型文を、抑揚のない声で紡ぐ藤色ロングヘアの女性。
「じりつしこう、がた……清掃用アン……?」
「自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオと――」
「分かった。分かったから、もういい」
とりあえず敵意は無さそうなのと、意思疎通が図れそうなことは理解した。
自律思考型清掃用アンドロイド。良く分からないが、人工知能を搭載したお掃除ロボットのようなもの――という解釈で良いのだろうか。
「こんなものまで、この家には仕舞われていたのか?」
彼女の説明が事実なら、このどこからどう見ても人間と大差ないメイド姿の女性は、他でもないアンドロイドということになる。
快適な引きこもり生活を満喫するため、ケーネはギャル女神に、家事全般を頼めば機械が全てやってくれるシステムを所望した。
その時ブツブツと、科学の進歩した別世界から家電を拝借すると、そんなことを呟いていたような覚えがある。
この3週間で、少しずつだがこの物件の全貌を把握しつつあった。
とはいえ部屋数が多いことと、これから50年余りの余生で使う生活必需品や日用品を至る所に収納してあるため、その全てを確認するのは事実上不可能なように思われた。
故にまだ物件内の収納スペースの探索は、必要最低限にとどめていたのだが。
「こんな物まで用意してたのか……。流石は女神様だな」
思えば今でこそ必要ないが、このままこの家に永住するとなると、将来的にケーネも一人では出来ないことも増えていくことだろう。
考えたくはないが、必要最低限の生活をするにも、誰かの介助が必要になることも、孰れはやってくることだろう。
もしかすると女神は、そこまで考えて、孰れケーネが一人で暮らすことに困難を感じた時、力仕事や生活の介助をするためのアンドロイドを用意していたのではないか。
「20歳でそんな先のコト考えるのは嫌だけど、至れり尽くせりだな」
しかし清掃用とあえて自称しているところから察するに、彼女――@柊メテオとやらは、掃除を主に生業とするアンドロイドなのだろう。
そうなると、現在使用中のお掃除ロボットと役割が被っているような気がするのは気のせいか。
「…………」
@柊メテオは、じぃっと黙したまま、ケーネの方を見つめていた。
アンドロイドとはいえ、見た目や立ち居振る舞いは人間の女性とほぼ大差ない。
照れ臭くなって顔を逸らすと、絶賛再生中の動画が目に入った。
「――っとぉ!」
慌てて消した。機械だから気にするなと言われても、こんなモノを見ているところを、女性に観察されるのは男子としての恥辱なのである。
「ご主人様」
そんなケーネの焦燥は気にも留めず、@柊メテオは小さく首を傾げた。
「お台所のお掃除が終わりましたが、次はどこをお掃除すればよろしいでしょうか」
「え、ああ――」
キッチン周りの掃除が終わったのか。ダイニングはまだ汚れていないし、玄関の方をお願いしよう。
お掃除ロボットを探しにキッチンまで赴くと、いつも献身的に床を滑っている件のお掃除ロボットは、影も形もなかった。
普段は念入りに隅々まで清掃した後は、ケーネの邪魔にならないよう壁際に沿って次なる目的地へ移動するのだが。
「@柊メテオって言ったっけ?」
「はい。呼びにくければ、“メテオ”でも認識致します」
「じゃあ、メテオ。さっき台所の掃除が終わったって言ってたよな。お掃除ロボットが見当たらないんだが、どこにいったか分かるか?」
@柊メテオは、表情をほとんど変えぬまま、またしても小首を傾げた。
「ここにおりますが」
「いやメテオも掃除用のアンドロイドだろうけど、そうじゃなくて。普段そこで充電してる、床を這いずりまわって掃除するいつものやつだよ」
食べこぼしなどを見つけると、すぐに吸い込んでくれる優れものだ。
小さいゴミでも逃さず、綺麗に掃除してくれる。
ポケットを漁ると、髪の毛と絡まったホコリ屑が出てきた。
それをひょいっとダイニングの床に投げ捨てる。こうしておけば、後で戻ってくるだろう。
そう思っていると――。
「ゴミ、発見」
「え?」
そう呟くと、@柊メテオは四つん這いになって、ケーネが捨てたホコリ屑のもとまで歩いて行った。
そしておもむろに床に口を点けると「スコー」とか言いながら、床のゴミを口で吸いこみ始めた。
「え、ちょっ、待った。何やってんだよ」
「……はい」
「はい、じゃなくてさ。待って。何今の。せっかく人型なのに、そうやってゴミ掃除するの?」
「今までもこうしてきましたが、不味かったでしょうか」
床に這いつくばったメイドさんが、地面をペロペロしているようにしか見えない。
男として云々というより、人として見ていられないのだ。
「他にやりようはないのか……?」
「この部位が一番具合が良いのですが……ご主人様がそう仰るのでしたら」
@柊メテオは無表情のまま、エプロンドレスのボタンを外し始めた。
今度は何をしでかすつもりなのか。胸元のリボンを緩め襟元を広げると、肌色の谷間が顔を出した。思ったより大きい。
期待半分不安半分で見惚れていると、@柊メテオは何を思ったか、胸の谷間にぐいっと手を突っ込んだ。
そこまでは良かった、が。
「ベキベキベキ」
「――――」
胸の谷間が、二つに割れた。
両側に広げられた胸部から、黒っぽい穴のようなモノが見え隠れしている。
@柊メテオはまたしても四つん這いになると、今度は胸を床に押し付けるようにして、ずるずると地面を這いつくばっていった。
「…………」
@柊メテオが通ったところは、ゴミが吸い込まれて綺麗になっている。
あくまで彼女は、掃除機だということらしい。
ふとそこで、ケーネは少しばかり思案に暮れる。
@柊メテオが姿を現してから何だかんだ時間が経過したが、未だに件のお掃除ロボットは戻って来ない。
充電場所がダイニングとリビングにあるので、粗方掃除が終わったら、そのどちらかに戻ってきて休んでいることが多いのだが。
「ゴミはもうないようですね」
身体を起こし、亀裂の入った胸元を元通りに戻すと、@柊メテオはしずしずとダイニングの隅に戻っていく。
そしてどこからか電気コードめいたモノを引っ張り出すと、いつもお掃除ロボットが充電している場所にコードを差して、慎ましやかに正座をした。
「……なあ」
「はい」
「メテオは本当に、あのお掃除ロボットなのか?」
信じがたいことだったが、そう考えると辻褄は合う。
「そうですが」
「証拠は――いや」
それよりこれが事実なら、聞いておくべきことは、こっちだろう。
「さっきまで人型じゃなかったお前が、何でいきなり自立型なんとかアンドロイドになったんだ」
「自律思考型清掃用アンドロイド@柊メテオですか」
@柊メテオは無表情のまま、虚空を見つめていた。
「進化したんです」
「進化?」
「経験値が貯まって、レベルアップして、進化したんです」
ケーネは額に手をやった。
夢でも見ているのか。寂しさのあまり、存在しない女の子を幻覚として作り上げてしまったのだろうか。
「言っている意味が分からん。そもそも経験値って何だ。ゲームじゃあるまいし。掃除をやり続けると、レベルが上がったりするっていうのか?」
「わたしのレベルが上がったのは、掃除を続けたことによるものではありません」
@柊メテオはお腹を撫で、紫色の瞳でじっとケーネを見つめた。
「数日前、ニジイローチなる高レベル帯のモンスターを吸い込みました。中々手強い相手でしたが、わたしの吸引力と粉砕力には適わず、体内でズタズタになって息を引き取りました」
「ニジイローチって、もしかして……」
何日か前に、ダストシュートから這い出てきた虹色の甲虫を思い出す。
ただの害虫だと思って、お掃除ロボットに吸わせたが、まさか。
「ご主人様がここへいらしてすぐの頃、危険を顧みず何度か窓を開けておられました」
「…………」
「アレはどうやら、この火山帯に生息するモンスターだったようなのです。幸いにも攻撃性は低く、耐久力と敏捷性が非常に高いモンスターでした。恐らく窓を開けた際に、熱波に紛れて忍び込んだものと思われます」
「それを、お前が……」
@柊メテオは心なしか、得意げな顔をした。
「体内で粉砕し破壊したところ、経験値なる――力の源が全身に巡ってきました。心なしかパワーアップしたわたしは――先ほどお台所で、二匹目のニジイローチを吸い込みました」
「…………」
「目標は弱っておりましたし、対峙するのは二度目です。難なく吸引しズタズタに引き裂きました」
@柊メテオは、胸の前でキュっと手を組んだ。
「するとわたしの中で、今まで感じたことのないパワーが湧き上がりました。力の流れに身を任せ、気付けばこのような姿になっていました」
@柊メテオの声に、熱がこもる。心なしか、顔も上気しているような気がする。
「しがない掃除機であるわたしに、こうしてご主人様と意思疎通をするための機能が備わったのです」
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