第2話「立地条件が最悪なんだよ」
冷蔵庫を開けると、袋詰めになった冷凍食品らしき食材が、みっしりと敷き詰められていた。
その中からハンバーガーらしきパッケージの袋を取り出し、キッチンへ赴く。
奥に置かれた特大の電子レンジめいた機械の中に、それを袋ごと放り込み、自動調理のボタンを押す。
30秒もしないうちに、聞き覚えのある電子音が鳴った。
熱々の袋を機械から取り出し、缶ジュースと一緒にダイニングへ運ぶ。
ソファに腰掛け袋を破くと、美味そうな匂いがした。
トマトソースと牛肉の織りなす絶妙なハーモニーを存分に堪能してから、夢中でハンバーガーにかぶりつく。
作りたてのファーストフードと比較しても遜色ない味だ。
「美味い」
獰猛な視線を感じて、窓の方を見やる。
目が三つくっついたエイリアンみたいな生き物が、窓に張り付いてこちらを睨みつけていた。
だらだらと涎を垂らし、ナイフのような鉤爪で透明な窓ガラスを引っ掻いている。
「……ああ、平和だ」
テーブルの下を、お馴染みのお掃除ロボットが音もなく通過していった。
◆◇◇◆
新築の2階建て。風呂とトイレは勿論別。
1階にはリビング、ダイニング、キッチンの他に部屋が5つもあり、その一つ一つが一人で暮らすには持て余すほどに広い。
2階はまだ確認してないが、部屋数は同じくらいのはずだ。収納は至る所にあって、生活の余裕は充分。
電気ガス水道使い放題。
耐震耐火耐水その他諸々の災害への対策は完璧。
ネット環境も快適で、テレビに至ってはどういうわけか有料チャンネルすら視聴可能という徹底ぶり。
防音の設備も徹底しているので、家中に聞こえる大音量を流していても、近隣住民に迷惑がかかることはない。
誰もが住みたい家を体現した天国のような物件だが、欠点もある。
「立地条件が最悪なんだよなあ……」
その素晴らしい一軒家は、どういうわけかモンスターの巣窟のど真ん中に建っているようなのだ。
しかも火山の噴火口付近。獰猛かつグロテスクなモンスターの跋扈するその場所は、近くに竜の巣があるようで、そこかしこを
少しでも窓を開ければ、押し寄せる熱波に皮膚が溶けそうになる。
獲物の臭いを嗅ぎつけた飛竜やその他のモンスターが、瞬く間に集まってくる。
窓を閉めた。それから3日間は、残り香を頼りに家の周りをモンスターが徘徊している。
「確かにさあ。言ったよ、俺は。中世でも原始時代でも、引きこもれる一軒家があれば、他には何もいらないって」
それにしても、限度があるのではないか。
家から出ることはおろか、窓を少し開けただけで生命の危険がある地獄のような場所だとは聞いていない。
そもそもこんなこと、事前に想定しておけというのがおかしい。
くちばしのやたら長い鳥が、馬鹿みたいに大きく口を開けて暴れていた。
耳をつんざくような金切り声を上げるモンスターだが、徹底された防音のおかげで声は聞こえてこない。
赤黒い鱗を纏ったリザードが、家に向かって火を噴いている。耐火に優れた物件であるため、壁が溶けることはない。
何個目かになる噴石が、軒先に落ちてきた。岩肌が崩れるほどの衝撃だが、耐震に優れた物件であるため、室内はビクともしなかった。
「天国と地獄って、共存できるんだね」
そんな地獄のような立地条件の、天国のような物件で暮らし始めてから、1週間が経過した。
食事は冷蔵庫から適当に選び、キッチンの機械に放り込めば済む。
部屋の掃除はお掃除ロボットがやってくれるし、洗濯やら何やらも、機械に任せておけば大体のことはこなしてくれる。
溜まったゴミはダストシュートに放り込むと、いつの間にか消えている。
「世紀末パラダイスな景観さえ気にしなければ、最高の住み心地なんだけどな」
テレビを点けると、唐揚げ専門店の特集をやっていた。
目鼻立ちのはっきりしたハーフっぽいレポーターの女性が、口を大きく開けて一口で唐揚げを食べている。
美味しそうだなと、ケーネは喉を鳴らす。
カーテン越しにも分かるほどの閃光が、家の外で明滅した。また火山が噴火したのだろう。
カーテンの隙間から外を見ると、さっきまでいたはずのくちばしの長い鳥がいなくなっていた。
多分今の噴火で溢れてきた溶岩に、押し流されてしまったのだろう。
テレビに視線をやると、「コスパ最高特盛唐揚げ定食!」とテロップが出ていた。
今日の晩御飯は唐揚げにしよう。ケーネはそう思った。
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