第35話「邪魂と聖女」

 蓮井隊に囮となってもらい、洞穴の中に踏み込んだ雨宮隊。

 そこは闇に包まれて邪気の充満している場所だった。

「息苦しい……こんな濃さの邪気にいつまでも触れてたら頭が……」

 霊力は邪気を浄化する力。それが一番低いのは千夏だ。

 彼女が倒れる前に最奥部にたどりつかなければならない。

「千夏ちゃん、僕の近くにいて」

 樹は自身と千夏を囲むように結界――霊気の膜で作った障壁――を張った。

 邪気を完全に遮断できる訳ではないが、少し楽になるはずだ。

 凜花も刀を抜いて、それを盾にしつつ奥へ奥へと歩いていく。

 洞穴の先は行き止まりかと思いきや、途中から光が見えてくるようになった。

 外につながっているのか。

「凜花。敵はどう仕掛けてくると思う?」

「分かりません。ただ、洞穴を出た瞬間に襲いかかってくる可能性も想定しておくべきかと」

 隼斗に告げた上で、凜花は刀身に込められた霊力と妖力を練り合わせていった。

 洞穴を抜けた先には、再び開けた空間があった。

 周囲は岩壁に囲まれているが、中心に黒く巨大な光の球が浮かんでいる。

 空からは似たような光の球が降ってきて、巨大な球に吸収されていく。

「これは……死者の魂……?」

 邪悪なものでもむき出しの魂は光って見える。

 この距離であれば確信を持てる。これは魂だ。

「ウルサイ……ジャマダ……ニクイ……シネ……コロス……」

 中心にある邪悪な魂は、延々と恨み言のような声を放ち続けている。

 ここに来て凜花の中には一つの仮説が出来上がった。

「生物の魂は、死んだあとバラバラになって別の魂の素になります。ですが、新しく生まれる魂が澄みきっているのに対し、死んだ魂はそれまで生きてきた中で穢れを帯びています。転生のためには魂の負の部分を取り除かなければなりません」

「それじゃあ、空から降ってきているのは……」

 隼斗には話の筋が見えてきたようだ。

「天界に昇る魂から負の部分が切り離されて、ここに落ちてきているのだと思います」

 新生児が穢れを持たずに産まれてくるようにするためには、このような魂も産み落とさざるをえない。

「千夏さんの村で見た黒い光は、いったんここに集まった邪悪な魂魄が再度分離されて飛ばされてきたもので、ムカデと魂が融合したことであの妖怪が生まれたのではないかと」

 妖怪化は、おそらく単なる邪気に侵食されただけで起こるのではなく、邪悪な魂魄の一欠片が生物や道具に宿って起こるのだろう。

 妖怪に襲われて妖怪化するのも、爪や牙を通して邪悪な魂が流れ込んでくるためだ。

「凜花ちゃんは、転生の仕組みが分かるの?」

「それに……、これを見ただけで妖怪化の原因まで突き止めるなんて……」

 千夏と樹は凜花の慧眼けいがんに感服している。

「キサマラ……ワレヲウツキカ……!」

 邪悪な魂魄――便宜的に邪魂じゃこんと呼ぶ――がこちらを敵と見なした。

 邪魂は怒りや憎しみといった人間の醜い感情だけに支配されており、それを世界中にまき散らして絶望に染めようとしている。それだけは止めなければならない。

 大地に邪気が染み込んで、黒い岩の刃が無数に形成される。

 一斉に飛ばされてきた刃を四人が打ち払うと同時に、凜花が邪魂に急接近した。

「凜花! いきなり近づいたら……!」

 隼斗の危惧は当然のものだが、大丈夫だ。準備は整っている。

妖霊月喰刃ようれいげっしょくじん!」

 敵が撃ち出してきた邪気の塊を、妖喰刀がまとった極大の霊気の刃で一刀両断。

 これは、いざという時のために隠し持っていた奥の手だ。

 隼斗が閃光との戦いで重傷を負って以降、二度と悲劇を繰り返さないために編み出した技でもある。

 今までに溜め込んだ妖力のすべてを己の霊力に変えて最高の切れ味を実現している。

 凜花の奥義『妖霊月喰刃』は、邪魂を真っ二つに斬り裂いた。

「やったの!?」

「いや……、そう簡単には……」

 千夏の楽観視を否定しかけた樹だが、邪気は急速に薄れていく。

 凜花が使ったのは、妖力だけではなく魂魄そのものを吸収し滅却する能力。

 文字通り最強の必殺技を受けて、邪魂は滅びた。

「あれ……? こんなあっさり片付いちゃっていいのか……?」

 拍子抜けした様子の隼斗。他二人も同様。

「これなら、今までの敵ももっと楽に倒せたんじゃ……」

「後が楽になる方がいいかと思って温存していたのですが、まずかったでしょうか……?」

 千夏に対しておずおずと答える凜花に、三人は笑い出した。

「いや、いいよ! 大変なことを後に回さないのは真面目な凜花らしいんじゃないかな」

「うんうん。凜花ちゃんの計画性には恐れ入ったよ!」

「技っていうのは、出した時点で敵に性質を知られて通じにくくなるからね。最後まで取っておいたのは正解だと思うよ」

 皆、納得してくれたようで良かった。

 こうして邪気の根源は絶たれたのだった。

 帰り道、洞穴から出ると蓮井隊は既に妖怪を全滅させていた。さすがは最強の討伐部隊である。



 邪魂を滅した功績で、雨宮隊は将軍から恩賞をもらえた。

 妖怪の動きも沈静化したことから、しばらくは休暇を取ることになっている。

 しかし、邪魂の生まれ方からすると、いずれまた新しいものが生まれてくるだろう。その時には、再び雨宮隊の活躍が見られるはずだ。

 凜花が帰宅してからほどなく、赤城が正式に謝罪したいと雨宮家を訪ねてきた。追放処分は完全に不当であり、凜花こそ最高の討伐隊士であったと。

 李一の調査によって、のちに判明したことだが、凜花は邪魂と対になる神聖な魂の持ち主であり、邪魂を滅するために生まれた存在だったとのこと。

 魂には負の部分がある一方、徳を積んだことによる正の部分もある。凜花の魂は、その正の部分が集まって作られたものだったのだ。

 運命などというと陳腐に聞こえるが、凜花が妖怪から人類を救うことは初めから決まっていたのかもしれない。

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妖喰の聖女 平井昂太 @hirai57

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