第33話「西端へ」

「俺の完敗だな」

 隼斗の兄は、森に逃げ込んだ狼の姿をした妖怪と戦ったが、不意を突かれて危機に陥った。

 結果的には、凜花によって隼斗の兄は命を救われ、妖怪は隼斗が斬り捨てた。

 これを以って兄は弟に負けを認めたようだ。

「どうやら雨宮家の跡を継ぐかどうか以前に、お前は俺より強くなっていたみたいだな」

「先に妖怪を見つけたのは兄貴だったし、まあ今回は俺の辛勝だったってとこか」

 自らの勝ちとしつつも、謙虚な姿勢を見せる隼斗。

 勝利を収めたことで隼斗の心にあったわだかまりも消えたのではないだろうか。

「『今回は』……か。ならば俺も次は勝てるよう精進するとしよう。まずは信頼のできる仲間を見つけるところからか。背中を預けられるような友に出会えたなら、今度はお前たち夫婦めおとに手合わせを願おうか」

「めっ……」

 付き合い始めたばかりだというのに、夫婦扱いされてしまい思わず声が漏れた。

 隼斗もかすかに頬を赤くしている。

「隼斗だけじゃなくて凜花ちゃんにも勝とうってんなら、相当強い相棒を見つけないといけないよー?」

「そうだね。この二人を凌ぐ討伐隊士の組なんて他にないからね」

 千夏も樹も、凜花と隼斗の結束を高く評価している。

 樹の口調から、隼斗に対する嫉妬が感じられなかったのは良かった。きっと自分たちを祝福してくれているのだろう。

「じゃあ、俺は行くぜ」

「どちらへ向かいますか?」

 凜花の問いに、隼斗の兄は空を見上げながら答えた。

「西の方は邪気が強い。己を鍛え直すためにも、まずは東の方で修行をしてくるかな」

「気付いていらっしゃったんですか」

 多くの者が感知できるほど、西の方面の邪気は強まっている。

 既に大陸西端は近い。いよいよ決戦の時か。

「これ以上西に進むなら気をつけておけ。健闘を祈る」

「はい。無事帰って、お兄様を義兄と呼ばせていただきます」

 深く頭を下げて隼斗の兄を見送る。

「さて、俺たちも行こうか」

 隼斗が歩き出す。方角は西だ。

「おー。待ち構えてるのは最強の妖怪とかなんだろうけど、今の雨宮隊の敵じゃないよ!」

「うん。僕も不思議と怖くない」

 隼斗に続く千夏と樹を追い越して凜花が先頭に立つ。

「行きましょう!」


 森を抜けてさらに西に向かうと、そこは荒野だった。

 ここから先に町や村はなさそうだ。

 もうゆっくり休んだり遊んだりはできない。

「凜花さんのお父さんも千夏ちゃんのご両親もいい人だったし、隼斗くんのお兄さんも根は悪い人じゃなさそうだったし、やっぱり家族っていいね」

 樹が、今まで出会った人のことを感慨深そうに話す。

 今のところ妖怪と遭遇していないので、雑談をするぐらいの余裕はある。

「樹さんのご家族はどんな方たちなんですか?」

 凜花が尋ねると、樹は明るい表情のまま答えた。

「ああ。僕の親はかなり前に死んじゃって、よく覚えてないんだ。お寺で面倒は見てもらえたけど、いつまでもお世話になってる訳にいかないから急いで討伐隊士になるための勉強をして赤城隊に入ったし、家族らしい家族はいないかな」

 不用意に立ち入ったことを聞いてしまった。

 そういえば同年代の子供たちに馴染めなかったと言っていたが、同じように寺で引き取られていた子供を指していたのか。

 気丈に振る舞っているが、当時は苦しい思いもしただろうし、今でも内心つらい気持ちは抱えているかもしれない。

「すみません、余計なことを聞いてしまって……」

「いや、家族の話題を出したのは僕なんだから問題ないよ。今は吹っ切れてるし」

 この手の『吹っ切れている』をどこまで信用していいものかが分からない。積極的に自分のつらさを主張してくるような人ではないだけに。

「あ、でも、今よりさらに幼かった僕を隊に入れてくれたって点では赤城隊長に感謝してるんだ。そこが隼斗くんたちと違うかもね」

 雨宮隊の面々は基本的に、凜花を追放した赤城に冷たいが、樹は恩義も感じていると。

 それでも、こちらを優先して赤城隊から抜けてきてくれたのは、ありがたいやら申し訳ないやら。

「そっかー。赤城隊長もいいとこあったんだね。でも、お父さんもお母さんももういないのか……。病気でも生きててくれたあたしの家は恵まれてたんだ。ましてや、その病気を治すのに樹くんにまで負担をかけてたなんて、ちょっと恥ずかしいかも……」

 千夏が自ら恥を認識しているのは珍しいことだが、樹の事情を知ってしまっては無理もない。

「千夏ちゃんが気に病むことじゃないよ。むしろ孤立しがちだった僕と友達になってくれたんだからお礼を言いたいぐらい」

「両親が亡くなった原因はやっぱり妖怪?」

 隼斗がこう尋ねたのは、樹がこの歳でわざわざ討伐隊士になる道を選んだからだろう。

「うん。もし病気だったら医者を目指してたかも」

 樹は補助系の術を多数使える。医療方面で活躍できる才能があるのは間違いない。

 家族のいない樹に一同が憐れみを抱いている中、千夏は名案が浮かんだとばかりに手を打った。

「樹くん、うちの婿養子になりなよ。大した財産はないけど、新しい家族ができるよ」

「え……」

 驚いたように目をパチパチさせる樹。

「あたしが樹くんのこともらってあげるって言ったのは冗談じゃないよ? 樹くんさえその気なら本当に結婚するから」

「樹が大人になる頃には、普通に同年代の恋人ができてるだろ」

 隼斗がつっこむが千夏は引かない。

「だから今のうちにつばをつけとくんだよ。他の女の子が遊んでる間に、あたしたちは一緒に危険を乗り越えて愛を育むってね」

「千夏が愛とか言ったら気持ち悪いな」

「なーにー」

 いつものごとく言い合いを始める二人。

「ふふっ」

 それを見ていた樹の口からは自然と笑い声が漏れていた。

「凜花さんに振られてからずっと考えてたんだけど、千夏ちゃんと付き合えたら楽しそう。大人になるのなんて待たずに、戦いが終わったらお付き合いしてほしいな」

「おお! いいね! 結婚は年齢的に無理でも、まずはあたしの家で一緒に暮らそう。お父さんたちも歓迎してくれるから」

 大人びていて賢いが思い悩んでしまいがちな樹と、頭は良くないが明るく楽観的な千夏。いい具合に釣り合いが取れるかもしれない。

「同年代の子供に馴染めなかったという話でしたし、千夏さんのような年上の女性というのはちょうどいいのではないでしょうか」

 凜花も思ったことを述べてみる。

 何も子供は子供同士、大人は大人同士で交際しなければならないということもない。現に討伐隊士として大人の仲間入りしている樹なら今さら子供の中に戻る必要はないだろう。

 性的な関係を持つとなると倫理的な問題が発生するが、そこは千夏も弁えているはず。

 その問題というのも二、三年待てば解消される。異世界の中には十八歳辺りで線引きがされるところもあるようだが、この世界では十二歳ぐらいで成人だ。

「千夏も中身は子供だろ」

 相変わらず千夏に容赦ない隼斗。

「本物の子供よりはよっぽど大人だよ! 樹くんと同年代の子供なんて大抵、わーわー騒いでて何言ってるか分かんないじゃん!」

 これは千夏の言い分が正しい。いくら子供っぽいと言われていても、千夏は大人としての分別を持っている。

「千夏も大概騒いで――」

 隼斗の言いかけたところで、妖気が近づいてきた。

 そこまでの数ではないし、閃光や竜に比べれば大したことはなさそうだが、一行に緊張感が走る。

 大蛇の姿をした妖怪が飛行して接近してきた。

「気合を入れ直すか!」

 隼斗に続いて、全員が臨戦態勢に入る。

 飛びかかってきた大蛇を凜花が斬ろうとした時、一筋の光が大蛇の頭を撃ち抜いた。

「……! 李一様」

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