第32話「勝負」

「それにしても、隼斗が凜花ちゃんの恋人かー。出世したもんだねー」

「まあな。李一様に会った時点でもうダメかと思ったけど、言ってみるもんだな」

「出世というのであれば、聖女扱いされるようになった私が一番出世……というか、前に比べて高い評価をされているように思いますが……」

 千夏と隼斗の会話に凜花が加わる。

 出世したなどといってはおこがましいが、評価の上がり具合からすれば凜花以上の者はそうそういない。それに自分などの恋人になることが出世と言われては恐縮してしまう。

「少なくとも僕には勝ったんだから、隼斗くんは出世したってことでいいんじゃないかな」

 樹までこんなことを言っている。

 凜花たちは、町を出て旅を再開していた。

 同じ時期に出発した蓮井隊がやや北を回って西に向かうとのだったので、雨宮隊は南から迂回している。

「凜花ちゃんは出世したんじゃなくて、元々の実力がみんなに知られるようになっただけだよ。ああ、もちろん成長してないって意味じゃなくてね」

「そういうものでしょうか」

 千夏の解釈の通り、凜花の能力は追放された時点でも聖女と呼ばれるにふさわしいものだった。それがさらに強化されていっているのだ。

「ところで、私が聖女だといううわさは、隼斗さんのご実家のある地域まで広まっているのでしょうか?」

「もはや大陸中に広まってるみたいだし、俺の家族も会ったら分かるんじゃないかな」

「ということは――」

「俺と凜花が結婚すれば、両親も俺を認めざるをえないってこと。ついでに兄貴もうらやましがるだろうし」

 それが目的で付き合い始めたのではないにしても、隼斗の家族に対する劣等感が解消される一助になったなら幸いだ。

「……!」

 今歩いている森の奥にはいくつか妖気がある。

 戦う態勢は整えていたが、その妖気は近くにあった霊気によって消し飛ばされた。

 どうやら自分たち以外にも討伐隊士がいるようだ。

 といっても数は一つ。単独行動か。

 この森には厄介な妖怪が逃げ込んだという話があったので、合流した方がいいかもしれない。

「この霊気……もしかして……」

 隼斗のつぶやきの理由は、少し進んで単独行動の討伐隊士と出会ったことで判明した。

 その討伐隊士は、一人で戦っていただけあって、霊気も強く、がっしりとした体格で身体能力も高そうだった。

「やっぱり兄貴か……!」

 この人物こそが、先ほども話題に出ていた隼斗の兄らしい。

 よく見ると髪の色や質感が似ている。

「おお、近づいてくる霊気の一部になんとなく覚えがあると思ったが隼斗だったか」

 声からも豪胆さが伝わってくる感じだ。

 ただ、彼が隼斗を見る目は冷たいのか熱いのかよく分からない。

「討伐隊士になれたという話は聞いていたが、ここまで続けられているとは思わなかったぞ。存外やる気はあるようだな」

 口振りから察するに、隼斗が実家を出て赤城隊に入る前から彼は討伐隊士として旅に出ていたものと思われる。

「そりゃあ、やる気はあるさ。ないとでも思ってたのか?」

 隼斗の語気は、仲間と話す時より強い。

「あのっ、隼斗さんが副隊長を務める雨宮隊の隊長・雨宮凜花です。よろしくお願いします」

 やや険悪な空気を取り払うべく頭を下げる凜花。

 千夏と樹も、隼斗の兄にあいさつをした。

 隼斗の兄も、雨宮隊がれっきとした討伐部隊であることは認めているようだ。

「ふむ。俺とケンカする度に泣いていた隼斗が妖怪を退治して人々を守っている――か。分からんものだな」

 そこまで嫌味ではないのだが、隼斗に対しては少々偉そうではある。

「いつまでも子供のままじゃないに決まってるだろ。兄貴の方こそ敵に足をすくわれてるんじゃないかと心配してたとこだよ」

「ふん。言うようになったな。そっちの隊長はうわさの聖女様だろう? 聖女様に負ぶってもらいながら戦ってきたんじゃないのか?」

 これは聞き捨てならない。自分が聖女として持ち上げられるのは構わないが、仲間をけなす理由として使われるとなると話は別だ。

「隼斗さんは――」

「隼斗は立派に副隊長をやってるよ! 凜花ちゃんは確かにすごいけど、隼斗の実力だってよその隊長に負けてないんだから!」

 凜花の声をかき消した千夏の言葉に、隼斗は目を丸くした。

 凜花としても意外には思っている。千夏がここまで隼斗を認めていたとは。

 ケンカするほど仲がいいというので、良き友人であることは知っていたが、これほど素直に隼斗を称賛するところは想像していなかった。

 しかし、晴れて恋人となった自分の出番が奪われてしまったのは複雑な気分だ。

「しかも、隼斗と凜花ちゃんは恋人だから、将来結婚して隼斗が雨宮家の次期当主になるかもしれないし。そしたらお兄さんより隼斗の方が偉くなるよ!」

 聖女の名が知れ渡ったことで、雨宮家の格式はかなり高まったといえる。

 隼斗の実家――神谷家よりも上だろう。

 声は消されてしまったが、自分の存在は役に立っているようで安心した。

「ふっ、ははは! これは一本取られたな。そうなったら確かに俺の負けだ。知らぬ間に追い抜かれていたんだな、俺は」

 豪快に笑う彼は、皮肉を言っている風ではない。

 本気で隼斗を見下している訳ではなかったか。

 今の隼斗が実力者であることは認めた上で、こんな提案をしてきた。

「どうだ、この先の妖怪をどちらが早く倒せるか勝負しないか? 本当に俺を超えているか見せてもらいたい」

 隼斗の兄は、件の『厄介な妖怪』を追ってこの森に来たようだ。

「ああ、やってやるさ。昔ほど簡単に俺に勝てると思うなよ?」

 隼斗も受けて立つ姿勢だ。

 隊同士の勝負とするのであれば――。

「お兄様の部隊の方たちはどちらに?」

 少なくとも向こうにも三人連れてきてもらわなければ。

「俺の隊に部下はいねえのさ。正確に言や隊じゃないってことだが、隊長しかいない討伐部隊ってことで届けを出してる」

 なんと常に一人で戦っていたというのか。

「じゃあ、僕らは手を出さない方がいいかな?」

「そうだな、樹。凜花と千夏も今回は俺一人に任せてくれ」

 隼斗は、自信があるというよりも、誇りをかけて戦う意気込みだといった調子だ。

「分かりました。でも、危なくなりましたら、隼斗さんにもお兄様にも加勢しますので」

 凜花の申し出に両者うなずいた。

「条件は対等でなければ意味がないからな。聖女様に助けられたら、二人揃って負けだ」

「ふっ、兄貴も家にいた頃より大人になってるな」

 中身が子供なら、意地を張って加勢を拒みそうだが、討伐隊士としての使命は忘れていないようだ。わざわざ妖怪を仕留め損なって死ぬほど愚かではない。

「では始めるか」

「ああ!」

 二人の声を合図に、隼斗の兄とは別れて森の探索を開始した。


「とりあえず、あたしたちは隼斗のあとについていけばいいのかな?」

「そうだな。でも妖怪を見つけて、それが森を出ていきそうになったら俺と兄貴の勝負に構わず倒してくれ。万一、人里に被害が出たら大変だからな」

 隼斗は千夏に答えつつ辺りを見回す。

 木々の間には薄い邪気が漂っている。凜花たちはそれを浄化しながら歩みを進めていった。

「…………」

「どうかしましたか、樹さん?」

「あ、いや、一瞬妖気を感じた気がして」

 樹は小声で凜花に話す。隼斗の手助けになってしまわないようにするためだろう。

「私もなんとなく感じました。ひょっとしたら相当動きが速い妖怪かもしれません」

 厄介な妖怪とは聞いたが、何が厄介なのかまでは知らされていない。

 隼斗の剣は、対象を硬度に関係なく斬り裂くものだ。硬さが特徴の妖怪なら有利なのだが。

「この辺の木全部バッサリ斬っちゃったら早くない?」

「お前は自然環境をなんだと思ってるんだ。本当に田舎育ちか?」

 千夏と隼斗が以前の調子に戻っている。

 かばってくれた千夏に隼斗が感謝し続けたり、千夏が隼斗に気を使い続けていたりしても気持ちが悪いからこれでいいだろう。

「……‼」

 今度は全員が分かるほどの勢いで妖気と霊気がぶつかり合った。

「ちっ、先を越されたか!」

 悔しそうに舌打ちしながらも、隼斗は妖気を見つけた方向へ走り出した。


「はぁっ、はぁっ……。くそッ!」

 隼斗の兄と妖怪の元に着くと、隼斗の兄は霊気を消耗して息を切らしていた。

「まだ倒されてないんだね。隼斗が横取りしちゃえば?」

 千夏は軽い語調で勧める。

「苦戦してるみたいだし、それでもいいかもね。『どちらが早く倒せるか』って言っただけだから、横から手出ししてもいいんだろうし」

 樹も千夏に同調する。

「手柄を取る……というよりはお兄様を助けて差し上げた方がいいのではないでしょうか?」

 敵の妖怪は巨大な狼だ。やはり動きが素早く、隼斗の兄が持つ大剣では捉えきれていない。

 凜花の声が聞こえたらしく、隼斗の兄はこちらにさけぶ。

「まだだ! まだ俺はいける! 手出しは俺が死にかけてからにしろ!」

 競争に負けるどころか下に見ていた弟に助けられるのは癪なのだろう。

 『死んでから』と言わなかっただけ良しとするべきか。

 隼斗の兄が放った霊気が巨大狼の足元を崩す。

「もらった!」

 敵にできた隙を見逃すまいと斬りかかる隼斗の兄。

「待ってください!」

 凜花の制止は間に合わず、彼は巨大狼に接近した。

 突如、巨大狼の姿が消える。

「――!?」

 隼斗の兄が目を見開いた時には、巨大狼は背後に回っていた。

「法術・氷盾!」

 凜花の術で生み出された氷が、隼斗の兄の後ろ首を覆う。

 巨大狼の牙は、その氷に食い込んだ。

 あと一歩遅ければ、その牙は首を引き裂いてしたところだ。

 九死に一生を得た隼斗の兄は、地面を蹴って巨大狼から離れる。

「い、今のはヤバかった……」

 自信家に見えた彼も、冷や汗を流している。

「その妖怪、体内の妖力を操って加速できるようです! おそらく空中での移動も……」

 霊力の場合も同じことが可能だが、体内に流れる妖力を操れば、足場がなくても高速で移動できる。

 足場をわざと崩させたのだとしたら、かなりの知能を持った獣だ。

「まったく、世話の焼ける!」

 隼斗は剣を抜いて巨大狼に斬りかかる。

 巨大狼は妖力による高速移動で周囲を駆け巡るが、隼斗はその動きを見切って一振り。

 刃は敵の身体の中心を捉えて両断することに成功した。

 おそらく閃光との戦いを経て成長した眼力があったからこそだ。

 勝負は隼斗の勝ちと考えていいだろう。

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