第31話「恋人」

「ちょっとそこの茶店に寄っていかない?」

「いいですね。少しだけなにか食べたいと思っていましたので」

 並んで町を歩いていた隼斗と凜花。

 隼斗の提案で縁台に腰かけて飲み物と茶菓子を注文する。

 まだ戦いは終わっていないが、隼斗との交際が決まった記念に、一日だけ二人で遊んで過ごすことにしたのだった。

 ちなみに、千夏と樹も同様に遊びにいっている。

 樹が大人になった時、本当に千夏との交際を望むのかは不明だが、今は恋人の真似をして手をつないで出かけていった。

 こういうのを異世界では『デート』と呼ぶらしい。

「こちら注文の品です。聖女様のお口に合うほどのものか分かりませんが……」

 茶店の主人は凜花ならもっと高級な料亭に行くべきだと思っているのだろう。

 実際のところ、凜花は堅苦しい食事の場はあまり好きではない。

 礼儀作法は身についているので、恥をかいてしまうことはないのだが、目の前の人が作法に気を使いながら食べているのを見たいとも思わないのだった。そういう点では、千夏のように行儀など気にせず、ひたすらおいしそうに食べてくれる人の方が好印象だ。

 もっとも、これは場の問題であるため、隼斗や李一のように礼儀を弁えている人間を悪く言うつもりはない。

「ありがとうございます。とてもおいしそうです。素敵なお店だと思いますよ」

「もったいないお言葉です、聖女様」

 茶店の主人は深くお辞儀をして奥に戻った。

「じゃあ、食べよっか」

「はい」

 隼斗が頼んだのは定番ともいえる串団子。凜花が頼んだのはようかん。

 凜花は、異世界からもたらされた洋菓子――対になるものとして、この世界に元々あるものは和菓子と呼称されるらしい――を何度か食べたことがあるが、あれは少々甘みが強すぎた。

 このようかんはほどよい甘さですんなり喉を通る。

「うん。好きな人と一緒に食べると普通の団子もすごくおいしく感じる。家にいた頃だったら、誕生日とかに豪華な食事が出たけど、あの家族と食べてもおいしく感じなかったからな」

 自分への好意を伝えてもらえるのはうれしい反面、まだ隼斗の心中には家族への暗い感情が残っているのが分かる。

 人生の伴侶となる以上、いつかは彼の家族とも楽しく食事ができるようになりたい。

 ともあれ、このひと時は楽しんでくれているようで何より。

「私のようかんもおいしいです。隼斗さんが隣にいるおかげですね」

「それは良かった。そういえば、俺、ようかんってあんまり食べたことなかったかも」

「一口お召し上がりになりますか?」

「いいね。もらうよ」

 凜花は何気なくようかんを切り分けて隼斗に差し出す。

 それを口にした隼斗が、『おいしい』の後に付け加えて。

「ちょうど凜花が食べてたところの続きだったよね? これって間接的に口づけをしてるみたいじゃない?」

 そういわれてみるとそうだ。普通の人が相手なら、反対側を切った方がよかった。

 隼斗の表現から急に気恥ずかしさを感じて赤面する凜花。

「い、いえ、そういうつもりがあった訳では……」

「ははっ。もう恋人になったんだし、いいじゃないか」

 それもそうか。この程度のことでいちいち取り乱していては先が思いやられる。

「で、では、直接はすべてが終わった後……ということで」

「おっ。大胆なこと言うね」

「あ! 嫌でしたら、いつになっても構わないですけど……!」

 あわてて両手を振る凜花に、隼斗は笑みをこぼした。

「嫌な訳ないだろ。凜花とそうしたいって気持ちがずっとあったから勇気を出して告白したんだし。邪気の元がどんな風になってるのか知らないけど、それを消したらその場でしようか」

「は、隼斗さんが望むなら……」

 ひょっとしたら、いくつもの討伐部隊が集結している状況かもしれないが、それでも拒んだりはしない。自分も彼と同じ気持ちだと気付いたのだから。

「俺の団子も食べる?」

「はい。いただきます」

 隼斗が持っている串の団子に顔を近づけてそのまま食べる。こういうのも恋人らしくていいのではないか。

 その後は、お茶を飲んで一服。

 菓子の甘さが控えめなのとは裏腹に、二人で過ごす時はなかなかに甘い。

 道行く人がこちらを見てひそひそと話しているのが断片的に聞こえてくる。

「聖女様――相手は――」

「副隊長の――美男美女で――」

 どうやらお似合いだと思われているようで安心した。

 自分が隼斗に釣り合わないと言われてもつらいし、逆に隼斗が聖女にふさわしくないと見られても申し訳ない。

 小さな村に滞在していた時からそうだが、一般人は凜花を手の届かない聖女と考えている節があった。それ故に、雨宮隊の副隊長である隼斗に嫉妬するということもないのだろう。

「そ、そろそろ行きましょうか」

「そうだね」

 ずっとこうしていてもいいが、せっかくなので他の場所も回ろう。

「すみません。お勘定をお願いします」

 隼斗に呼ばれて店主が顔を見せる。

 隼斗が財布を取り出して支払いを済ませようとするが、凜花がそれを制した。

「ここは私に払わせてください。仮にも隊長ですから」

 凜花の言葉に隼斗は反対する。

「今日は隊長と副隊長じゃなくて恋人だろ? 俺に払わせてよ」

 凜花もすぐには引き下がらない。

「いえ、単なる副隊長でないからこそです」

「単なるもなにも、上下関係は一切なしで――」

「上下がないなら――」

 二人は、ふと互いに顔を見合わせて笑い出した。

「じゃあ、自分の食べた分は自分で払うってことで」

「そうですね。対等の立場の恋人ですから」

 隼斗と凜花の意見が一致したので、店主を少々待たせることにはなるものの、それぞれの代金を自分で支払った。

 千夏に対して言ったように、どちらかが経済的に苦しい時があれば助ければいい。

 余裕がある今は、貸し借りなしとしておく。そのうち、どちらが払ったかを気にすることもなくなるだろう。


 それから町のあちこちを歩いて回ったが、隣に恋人がいるというだけで景色が違って見えた。

 明るいというか、晴れ晴れとしているというか。

「ん? あれって千夏と樹か?」

 隼斗が向いた方を凜花も見てみると。

「ん~。もやしじゃないけど、あたし食べていいのかな~?」

 千夏が露店の前でうなっている。視線の先には串に刺さった焼き鳥。

 後ろでは樹が苦笑を浮かべている。

「そろそろ食べていいと思うよ。後で隼斗くんになにか言われたら、僕に勧められたって言えばいいし」

 千夏はいまだ律儀に『もやししか食べない約束』を守っているようだ。

 千夏の父親を治療してからしばらく経ち、今では十分活動資金が貯まっているので、気にすることもないと思うのだが。

「やあ、そっちはそっちで楽しんでるか?」

 隼斗が千夏に声をかける。

「あー、隼斗か。この焼き鳥食べていい?」

 ずいぶんお腹を空かせた様子だ。

「まあ、いいんじゃないか。隣でひもじそうにされてたら樹も遊びにくいだろうしな」

「やった! おっちゃん、この焼き鳥十本お願い」

 さっそく注文する千夏。

「そんなに食べるのか……」

 久々の肉に千夏は胸をおどらせている。

(樹さんが落ち込んだままにならずに済んだのは千夏さんのおかげだし、これでいいよね)

 元より仲間につらい思いをさせるのは本意ではない。千夏自身が負い目を感じないようになったなら十分だ。


 その日の夜は、以前のように凜花を三人が囲むのではなく、凜花と隼斗、千夏と樹がそれぞれくっついて寝ることにした。

 戦いも終わらないうちから性的な関係を持つようなことはしようとも思わないので、いわゆる添い寝という奴だ。

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