第30話「凜花の答え」

 隼斗に対する告白の返事を引き延ばして三日。

 明確な答えを出せないまま、四人バラバラで妖怪退治に出かけることになった。

 各々が対処する妖怪の力は大したものではないので、一人で十分という判断だ。

 凜花はいち早く任務を終わらせ、宿の部屋の寝台で横になり、物思いに耽っている。

(大切な人……。私にとっての大切ってなんだろう……? 大切じゃない人なんているのかな……?)

 大切であるか否かだけをいうなら、同性の千夏も大切だし、町や村の人々も大切だ。

 その中から、特別な一人を選ぶ。そんな権利が自分にあるのだろうか。

 考えていると胸が苦しくなるので、今日もこのまま寝てしまおうかなどと布団を被るが。

「ちょっと隼斗、傷だらけじゃん!」

「見た目が派手なだけで深い傷じゃない……。樹、治療を頼む」

「分かった。すぐ治すから」

 宿の入口辺りから声が聞こえてきた。

 会話の内容からすると、隼斗がケガをして千夏と樹が心配しているという状況だ。

 凜花も飛び起きて部屋を出る。


「隼斗さん……!」

「ああ、凜花。もう帰ってたか。さすがに仕事が速いな」

 言いながらも、隼斗は少し苦しそうにしている。

 樹の術で傷は順調に回復しているが、体内に妖力が残っているのだろう。

「私も治療に加わります」

 二人がかりともなると、あっさりケガは治ったのだが、彼が傷ついたという事実に胸がざわつく。閃光との戦いの後、もう二度と傷つけさせないと決意したはずなのに、と。

「珍しいよね、隼斗が敵に不覚を取るなんて。大した妖気でもなかったし」

 千夏は不思議そうにしているが、凜花は理由に察しがついていた。

「私のせい……ですよね……。私が態度をはっきりさせないでいたから……」

「――確かに凜花のせいだ」

 てっきり、ウソでも『凜花のせいじゃない』と言ってくれるかと思っていたので少々面食らった。もちろん、責められても文句は言えないが。

「凜花からの答えが気になって、全然戦いに集中できなかった。それぐらい凜花のことが気になって仕方ないんだ。だから早く聞きたい。凜花の本当の気持ち」

 隼斗が自分をこんなにも想ってくれている。そう分かったら胸が熱くなった。

 やはり隼斗が最も大切な人で間違いないのではないだろうか。

 人に限らず、大切なものには傷ついてほしくないものだ。自分自身の想いにも気付くことができた。誰かが傷つくとき、それが隼斗だと一番つらい。

 これは、李一がケガをしたと知った際の感情と今の感情を照らし合わせたら明らかになったことだ。

「隼斗さんが閃光に傷つけられた時、自分のことのように苦しいと感じました。今もそうです。私は隼斗さんを守りたい――これが私にとっての『好き』なんだと思います」

「それじゃあ――」

 凜花の言葉を受けて、隼斗は頬を紅潮させながら目を見開いた。

「改めてこちらからお願いします。私とお付き合いしてください、隼斗さん」

 返事を待たせていた分、正式な告白は自分の方からすることにした。

 先ほどまでのケガがウソのように元気になった隼斗が凜花の目をまっすぐ見据える。

「喜んで。これからよろしく、凜花」

 ついに凜花と隼斗が恋人となった。

 この前まで恋愛について深く考えたことすらなかったのに、長年の夢が叶ったような気分だ。

 だが、その一方で、暗い声も聞こえた。

「そっか……。凜花さんは隼斗くんと付き合うことになるんだね……」

 樹だ。なにか彼の気に障ることがあっただろうか。

「どしたの? 樹くん。なんか落ち込んでる?」

 千夏の問いかけに、樹は自身の心を打ち明けた。

「僕も凜花さんのこと好きだったんだけど、やっぱり僕みたいな子供には最初から脈はなかったよね……」

「……!」

 樹からの告白に凜花は衝撃を受けた。

 彼は大人びているし、自分を慕ってくれているということも分かっていたが、まさか恋愛感情を抱いているなどとは思いもしなかったのだ。

「すみません、樹さん……。樹さんの気持ちも知らずに舞い上がってしまって……」

「ううん。僕が勝手に横恋慕してただけだから、凜花さんが気にすることじゃないよ」

 悲しげにしている樹を見て胸が痛む。

 無条件に彼を受け入れてあげるという宣言をしておきながら恋愛対象としては選ばなかったのだから、ひどい裏切りだ。

 まだ子供だから、というのは言い訳にならない。本人の精神年齢は高く、十分大人の仲間入りしていたのだから。

 本物の聖女であれば、すべての人を慈しみ、すべての人に救いを与えるはず。仲間の一人すら傷つけてしまった自分はやはり聖女などと呼ばれる器ではないのだ。

 樹にかける言葉を見つけられない自分に無力感を覚えていると、千夏が樹の頭をなでた。

「よしよし。凜花ちゃんのことは残念だったけど、樹くんが大人になったら、あたしがもらってあげるからね」

「千夏……ちゃん……」

 樹は瞳を潤ませている。

 千夏はお調子者にも見えるが、実のところ誠実な人柄だ。その場限りの取り繕いではあるまい。少なくとも樹と交際することを前向きに考えてはいる。

「行き遅れることになるって自覚はあるんだな」

「今は樹くんをなぐさめてるんだから茶々入れないでよ」

 珍しく隼斗に対して千夏が正論を語っている。

「ありがとう……千夏ちゃん……」

 涙をこらえることをやめた樹は、千夏の腕に抱かれた。

 凜花に振られはしたが、他に自分を受け入れてくれる女性がいるということが救いとなっているようだ。この場において、聖女は凜花ではなく千夏だった。

 樹と千夏の関係がこの先どうなっていくのかは分からないが、凜花と隼斗の関係には決着がついた。

 一つの決着はついたが、これからが二人にとっての始まりでもある。

 邪気の件が片付いたら一緒に遊びにいくこともできよう。

 戦いが終わる日がますます楽しみになるのだった。

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