第29話「隼斗の告白」

 蓮井隊と出会い、同じ町を拠点として活動をするようになって数日。

 時折顔を合わせるとあいさつと雑談をするようになっていた。

 お互い任務があるので、長く話してはいられないが、憧れていた人とそれなりの頻度で会えるというのは思わぬ幸運である。

 そうして過ごしている中、宿の部屋から千夏と樹が出ている時に、隼斗から真剣な面持ちで話しかけられた。

「凜花。ちょっと話を聞いてもらってもいいかな?」

「……? はい。構いませんけれど」

 会話など普段からしているのに、今さら改まって言うことがなにかあるだろうかと疑問に思っていると、隼斗は言葉の一部を訂正する。

「いや……、まず先に質問をさせてもらっていいかな? もちろん、答えにくいことだったら答えなくてもいいんだけど」

「はい。別に構いません」

 やましいことはしていないつもりだし、家族同然の仲で隠し事などするつもりもない。

 やや口ごもったのち、隼斗は意を決したという表情で尋ねてきた。

「凜花は、李一様のことが好きなの?」

「え!?」

 予想もしていなかったことを聞かれて驚きの声を上げる。

 実際のところどうなのかというと。

「そ、それはもちろん、好きではあるんですけど、私ごときが李一様と恋仲になどといった恐れ多いことは全く……! あっ、好きというよりは憧れですね」

 いつになく早口で答えてしまった。

 妙にあせってしまったが、これは、凜花に対して告白をした上で交際は求めなかった村人たちと似たようなものだろう。

 千夏が李一に恋人がいるのかを聞いた際にはつい反応してしまったが、手の届かない人であっても、そうした部分は気になるというだけのことだ。

「もし、李一様のことが好きってことだったらあきらめるつもりだったけど……、今のところそうじゃないなら言わせてもらうよ」

 これはもしや。話の筋に、ある程度察しがついたことで、胸の鼓動が速くなる。

「俺は凜花のことが好きだ。よかったら付き合ってほしい」

「あ……」

 今度は予想通りの告白を聞いて硬直することになった。

 隼斗が自分に対して異性としての好意を持っている。うれしいと感じる反面、どう返事をするべきなのかが分からない。

 凜花が固まっている間に、隼斗が付け加える。

「李一様とも付き合えない訳じゃない前提で答えて。俺のことどう思ってる?」

 どう思っているのか。現時点での本音を言葉にするなら。

「よく……分かりません……。好きといえば好きなんですけど、隼斗さんの気持ちに応えられるほどなのかどうか……」

 隼斗に対する感情を改めて意識してみるものの、こんな中途半端な答えになってしまった。

 それを聞いた隼斗は、露骨にではないが落胆した様子を見せる。

「遠回しに振られたってことなのかな……?」

「い、いえ! 本当に分からないんです! ですから、もう少し待っていただければ……」

 隼斗と李一、どちらかを自分が選ぶなどということはないと思っていたのだ。

 しかし、隼斗が自分を好いてくれているのなら、その好意を拒むのはあまりにもったいない気がする。

 この『もったいない』という感情。あまりにも不誠実ではなかろうか。

 元より恋愛沙汰に疎い面はあったが、そのために優柔不断な態度を取ってしまうのでは、それは大きな欠点といえる。

 祭りの日には自分の欠点が見つからず困惑したが、やはり完璧な人間などではないのだ。

 自分のことを、崇高な人物であるかのように称えてくれていた人たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「まだ脈はあるって思っていいの?」

「は、はい。もう一度よく考えてみます」

「じゃあ、俺もちょっと出かけてくるよ。いい返事を期待してるから」

 隼斗ほどの美男子なら相手はいくらでもいる。家柄からすると、縁談などもあろう。

 それでも凜花を見放さずに返事を待ってくれる。

 真剣に自分の心と向き合わなければならない。


(隼斗さんが私のことを……。できれば付き合いたいけれど、李一様より好きなのかどうか……)

 悶々としながら町を歩き回る凜花。

 隼斗は『李一とも付き合えない訳じゃない前提で』と言った。李一には手が届かないから、手の届く隼斗と付き合うというのでは、隼斗に対して無礼だ。

 彼が求めているのは、あくまで李一に対する以上の愛情。それがあるかないかが問題だ。

「凜花様?」

 周りをよく見ずに歩いていたら、目の前に李一がいた。

「り、李一様……!」

「どうしたのですか? そんなに驚いて」

「い、いえ、よそ見をしていて気付かなかったもので」

「あなたほどの方でも不注意になることがあるのですね」

 そう言って李一は柔らかく笑う。

 その表情が魅力的であることは間違いない。

 本来目下であるはずの凜花に敬意を払うその性格も立派なものだ。

 では、隼斗より李一の方が好きなのか。

 ふと、李一の袖に赤い染みがあるのが目についた。

「……! おケガをなさっているのですか!?」

「え? ああ、汚れが残っていましたか。いえ、野盗と戦った際に手心を加えていたら軽く斬られまして。霊力もない人間の刀でしたので、大した傷ではありません。その場ですぐ治しました」

 野盗といえども人間を殺すのははばかられる。それは李一も同じのようだ。

 妖力も霊力も注ぎ込まれていないただの傷なら、法術で瞬時に治せるので心配することはないだろう。

「そ、そうでしたか」

「凜花様の方こそなにかありましたか? 先ほどから私と目を合わせていないように思えますが」

 後ろめたい気持ちがあることに気付かれたか。

 こうした洞察力は『光』の能力を持つ李一にはあって当然のものだ。

「なにもない……ということはないのですが、私が自分で解決しなければならないことですので、李一様はお気になさらず」

「どのような悩みかは存じませんが、そのように強い意志をお持ちなら私が出しゃばることではありませんね」

 李一は一礼して去っていった。

 『強い意志』などと言ってくれたが、今の自分にそんなものは全くない。洞察力には優れているはずの李一だが、凜花を買いかぶっているのは他の者と変わらないか。

 凜花は自身の胸に手を当ててみる。

 やはり普通よりは鼓動が速くなっている。

 これは隼斗のことも李一のことも好きということなのか。二股をかけるのが自分の望みだとでもいうのだろうか。

 同時に二人の男性に対して魅力を感じてしまっていることに罪悪感を覚える。

 仮に片方と交際を始めたら、もう片方への感情は消えてなくなるのだろうか。

「んー? 凜花ちゃん、どうしたの? そんなところに突っ立って」

 次は千夏に声をかけられた。

「あ、えっと、少し考え事を……」

「なんか深刻な悩みっぽい? あたしでよかったら相談に乗るよ?」

 一人で抱え込むのにも疲れていたところだ。

 現在の状況を千夏に打ち明けることにした。

「あー。隼斗の奴、とうとう告白したんだ。李一様に勝てる訳ないのに」

 凜花の話を聞き、千夏は呆れたような反応をした。どうも隼斗の恋心は知っていたらしい。

「いえ、隼斗さんのことがどうでもいい訳ではないんです。むしろ甲乙つけがたいといいますか……」

「へー、隼斗も結構やるんじゃん。どっちと付き合うの? あっ、李一様だったら、こっちから告白しないといけないのか」

 千夏は軽い調子で言ってのける。

「それが……どうしたらいいのか分からないんです……。私はどちらを選べばいいのでしょうか……?」

 こんなことを人に聞くのも情けないが、今はわらにもすがりたい気持ちだった。

「凜花ちゃんが弱気になってるのも珍しいね。まあ、一番大切な人でいいんじゃない?」

「それがなかなか分からなくて……」

「んー、あたしだったら直感的にいいと思った方を選ぶけど、凜花ちゃんの場合、大切の基準って何かな?」

「大切さの基準……」

 なにか手がかりになりそうな言葉をもらえた気はする。

「もう一度、深く考えてみることにします」

「深く考えすぎない方がいいと思うよ。隼斗の方から告白してきたんだから、自由にしたらいいんだし」

 千夏とも別れた凜花は町を散策しながら頭の整理をすることにした。

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