第28話「李一の実力」

「へえ、李一様も邪気の出処を探していたんですか」

「はい。かなり信憑性のあるうわさでしたから」

 次の町に向かう道中、隼斗と李一が邪気に関する情報を交換している。

「俺たちはかなり東の方から来たので、うわさが真実なら場所は西部で間違いはないかと」

「それにしても黒い光……ですか。実は私たちも見かけたことはあるのです。空から落ちていき、その近辺で妖怪の動きが活性化したこともありまして。遠目だったので、他の隊員には光っているのかどうか分からなかったようですが、私には霧状の邪気とは明確に違うように見えました」

「それも方角としては西からでしたか?」

「はい」

 いよいよ目標に近づいていると確信できるようになってきた。

「そういう話もいいけどさー。ちょっと聞いていい?」

「どうされましたか? 千夏様」

「李一様って恋人とかいるの?」

「――ッ!」

 聞かれた本人ではなく、凜花がビクッとしてしまった。

 自分が候補になるとは思っていないが、誰か相手がいるのかどうかは気になる。

「特にいませんね。もっぱら妖怪と戦っているので、これといって出会いもありませんし」

 李一は気を悪くした風でもなく、笑って答える。

「じゃあさ、じゃあさ――」

「ただ、いずれ父が決めるとは思います。私が自分で決めるということにはならないかと」

 千夏がなにかを言いかけたところで、李一の事情は大体分かってしまった。

 庶民はともかく、一定以上の家格を持つ人間は、その格を保てる相手と婚姻することを求められる。

 もし今の千夏が言おうとしたのが『あたしと付き合ってくれない?』だったとしたら残念なことだ。凜花ならともかく、千夏の家柄では李一の両親に猛反対されるに違いない。

 異世界の中には、身分制度らしいものがほぼ撤廃され、ほとんどの家の人間が自由恋愛をできるというところもあるようだが、この世界には良くも悪くも身分を重んじる風潮が残っている。

「そっかー。身分の高い人も大変なんだねー。あたしの家なんか、誰連れていっても親は喜んでくれるだろうからね」

「富の配分を考えれば、そのぐらいのことは我慢するのが筋といえるでしょう。その日の食料にも不自由している民がいるというのに、恋人を選べない程度のことを嘆いてはいられません」

 李一は自身の境遇を受け入れていた。きっと、最強と称される討伐部隊を作り上げるだけの努力も当然のことと考えているのだろう。

 この中で最も恵まれているのは自分かもしれない。生活に不自由することはなく、交友関係に口出しされることもないのだから。

「みなさん……戦いの準備を」

 李一が腰の刀に手をかける。

 凜花も気付いた。無数の妖気が近づいている。

 一行が立ち止まり、武器を構えたところで、魑魅魍魎に取り囲まれた。

 蛇・カマキリ・ハチ・狼・鬼。様々な姿をした妖怪が、こちらに敵意を向けている。

「ちょっと、ちょっと! まずくない!? さすがにこの数は……」

 うろたえる千夏だが、凜花と李一は落ち着いていた。

「李一様の――」

「凜花様の――」

 二人の声が重なる。

「お力があれば、造作ないことかと」

 李一が刀を一振りすると、全方位に光の線が駆け巡り多数の妖怪を斬り裂いた。

 凜花が刀を振り下ろすと、前方にいた妖怪は一気に消し飛んだ。

「我らも隊長と凜花様に続け!」

 蓮井隊の面々も、それぞれ妖怪と戦い始める。

「俺たちも負けてられないな」

「うん! これならいけそう!」

「僕らも足は引っ張らないようにしないとね」

 隼斗・千夏・樹も順調に敵の頭数を減らしていく。

 並みの討伐部隊なら危機的状況だが、雨宮隊と蓮井隊の共闘ともなれば、敵の妖怪が哀れなほど一方的な戦いとなった。

 李一の能力は光。霊気というものは大抵光って見えるものだが、光の力を帯びたものは特に速力に優れる。それだけに殲滅力は相当なものだ。

 また、光の力は眼力ともなる。傑出した眼力の持ち主だからこそ、李一からの評価は正しいものとせざるをえないのだ。

 敵の動きをすべて見極め、的確かつ迅速な攻撃で斬る李一と、妖力を吸収する刀で、強くなりながら斬っていく凜花。二人の前に敵はなかった。

 妖怪を全滅されるのにかかったのは、ものの数十秒だった。

「李一様はもちろんですが、隊員の方たちの練度も相当なものでしたね」

 隼斗は蓮井隊の実力に感嘆している。

「そちらこそ、全員の連携が取れていて、見習うべき点が多かったと思います」

 李一もまた、雨宮隊の隊員の結束力を認めている。

 単なる上下関係ではなく、家族のように親しくなったことが功を奏しているようだ。

(他の人に褒められてもうれしいけど、やっぱり李一様に認めてもらえるのが一番……。……? あれ……一番かな……?)

 普通に喜べばいい状況なのだが、自分の感情に違和感を覚えた。

 違和感の正体には気付かないまま、再度出発することになった。


 町に着くと、例によって大歓迎された。

「いらっしゃいませ! 李一様! 凜花様!」

 今回は高貴な人物が二人のため、人々の熱気も二倍だ。

 宿に案内されて、いったん蓮井隊とは別れることになる。

 またしばらく、ここを拠点に妖怪退治をすることになるが、蓮井隊との共闘は何度もないと思われる。

 よほど強大な――それこそ竜や閃光のような――妖怪でも出ない限り、凜花と李一という実力者は別々に行動した方が効率よく任務をこなせる。

「すごかったね、李一様」

「うん。僕も大人になる頃にはあんな風に……っていうのは無理かな?」

「樹くんならなれるよ。別に李一様だって血筋がいいから強いって訳じゃないだろうし」

 千夏と樹が李一の力に対する感想を言い合う。

 身分が高い者は、高度な教育を受けられる。それ故に貴族から優秀な討伐隊士が現れることが多いが、霊力の高さは本人の才能による部分も大きい。

「なんたって樹くんは天才だから。隼斗もそう思うでしょ?」

「……李一様……か……」

「隼斗?」

 千夏に声をかけられてもすぐ反応せず、隼斗はなにかを考え込んでいる様子だった。

「ん? ああ。なんだっけ?」

「樹くんの才能なら、将来、李一様みたいな討伐隊士にもなれるって話」

「そうだな。なれるんじゃないかな」

 上の空というほどではないが、なにか別のことが気がかりなようだ。

 もしも、李一に怪しい部分があり、敵になる可能性があるなどということだとしたら大事だが、まさかそんなことはあるまい。

 樹と違って歳が近いのに実力差があることで劣等感を抱いているといったところだろうか。

 千夏も金銭面で仲間に負い目を感じてしまっていたし、樹も人との距離を測るのに苦労していたようだが、敵対してもいない相手との関係にそう悩まなくていいのでは、と思ったりもする。凜花も人のことを言えるほど楽天的な性格ではないが。

 なにはともあれ、邪気の根源を絶つことを目標とする頼もしい味方ができた。

 どちらが先になるかは分からないが、雨宮隊と蓮井隊のどちらかが世界から邪気を取り払う日は近いだろう。

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