第27話「蓮井隊」

 強大な妖怪・閃光との戦いで隼斗が重傷を負った後、数日間は彼を寝かせ、三人で簡単な依頼をこなしていた。今日は単なる落とし物探しで町を歩き回っているだけだ。

「隼斗も無茶するなー。あたしのこと言えないじゃん」

「でも、あの状況では、ああでもしないと負けていました。本来なら隊長の私がかみつかれる方の役をやるべきだったのでしょうけれど……」

「それこそ、凜花ちゃんの刀じゃないと妖怪を倒せなかったんだから仕方ないよ」

 千夏の気遣いはありがたいが、必ずしもそうだともいえない。

「いえ、隼斗さんの剣なら妖怪を両断できたはずです。もしかしたら、その方が早かった可能性も……」

 隼斗の霊剣・烈光は、斬鉄剣の異名を持ち、直接刃で触れればあらゆる物質を切断できる。純粋な攻撃能力では凜花の霊刀・月影より上とも考えられる。

「確かに妖怪を倒すだけならそうだったかもしれないけど、囮になる方を治療するには凜花さんの力が必要だったんだし、判断として間違ってはいなかったんじゃないかな」

 樹の言うことももっともか。

 仮に凜花が敵を引きつけて攻撃を受け、その隙に隼斗が敵を斬った場合、敵を倒すのは少し早くなるだろうが、それでも凜花が深手を負うことに違いはない。そうなると、隼斗の法術で凜花の命を助けることはできなかった。

 凜花と隼斗、二人の行動が唯一の正解だったというなら、仲間を危険にさらしてしまった凜花の心にも救いがあるというものだ。

「でも、今後に備えて……もっと力をつけたいと思います」

 凜花が静かに決意を固めていると、樹が横を見て声を上げた。

「あっ! あれじゃない? あの人が言ってた財布って」

 今回の依頼は町で偶然見かけた人が困っている様子だったので引き受けたものだ。

 凜花がいるとまた『聖女様に――』と言われることが目に見えていたので、千夏と樹に話しかけてもらった。

 発見した黒い革の財布を千夏が拾い上げる。

「じゃあ依頼人に確認しにいこう」


「ありがとうございます! この財布です」

 落とし主から報酬として財布の中身の二分を受け取る千夏。

 この手の依頼の相場は一割だが、そこはこちらが控えめに申し出た。

「良かった。――結構入ってたんだね。盗まれたりもしないように気をつけてね」

 凜花は千夏と樹から少し離れて見ていると、声をかけてくる者があった。

「やあ、今日も精が出るね」

「は、隼斗さん?」

 相手は隼斗だった。

「もう起きて平気なんですか?」

「『もう』って、とっくに元気になって退屈してたとこだよ。俺の回復を待ってたんだろ? そろそろ出発しないか?」

「では、確認させてください」

 凜花は隼斗の肩に手を乗せる。

 幅が広くて感触も固い。自分とは違った身体にちょっとした緊張感を覚える。

 隼斗の体内を流れる霊気の具合を見ると、本人の言った通り、ほぼ全快しているようだった。無理をしているのでなくて何よりだ。

「でも、あの時、どうしてあそこまでしてくださったんですか? 腕を食いちぎられるなんて、想像しただけでも恐ろしいのに……」

 隊長の自分が買って出るべき役目だとは思ったが、いざ実行しろといわれたら、できるかどうか分からない。

「自分でも不思議なんだけど、あの時はそんなに恐怖を感じなかったんだ。直前に凜花が言ってくれたことがうれしかったからかな。凜花の気持ちに応える方法があるならって」

 そういうことなら、凜花は口先だけでなく、隼斗の家族との関係修復に尽力しなければならない。想像を絶する痛みに耐えてくれた見返りとしては、どれだけ力を割いても足りないぐらいだ。

「隼斗さん……」

「ほら、出発しよう。邪気が完全になくなれば、誰もあんな思いはしなくて済むようになるんだから」

 千夏たちと合流して、隼斗の状態を伝えたのち、一行は再び旅に出た。


 町を出てしばらくは、比較的整った道が続いていた。

 その先で、十人ほどで進んでいく集団を見つける。

「あっ……、あの方は……!」

 中心に立っている人物の顔が目に入ったところで、彼らが何者か気付くことになった。

「ん? 知ってる人?」

 千夏は、ことの重大さに気付いていないらしい。

蓮井はすい隊の方々です!」

「蓮井隊……、最強の討伐部隊として知られてる人たちじゃないか」

 隼斗はちゃんと知っていたようだ。

「確か、将軍家に近い血筋の方が隊長を務められているんだよね?」

 樹もそれなりに詳しいことを聞かされていたのだと思われる。

 将軍というのは、実質的にこの世界を治める役職。凜花たちも最初の旅立ちの前に書状で討伐部隊結成の届けを出した。

「蓮井隊かー。なんか聞いたことあるかなー」

 千夏はまだのんきにしている。

 凜花は蓮井隊の人たちにあいさつするべく、駆け寄っていった。

「あっ、あの……!」

「ん?」

 隊長の蓮井李一りいちが凜花の声に反応する。

 李一は線の細い美男子だ。実年齢は凜花よりいくつか上だが、霊力の作用によってか、美少年と表現してもいいような容姿をしている。

 服装は切り袴の着物に異世界から持ち込まれたブーツという履物。

 彼は以前、凜花の実家がある町を救ってくれて、その時からずっと憧れていたのだ。

 凜花が討伐隊士を志した理由の一つでもある。

「よ、妖怪討伐部隊・雨宮隊の隊長を務めております雨宮凜花と申します……! 蓮井李一様でいらっしゃいますでしょうか……!」

 近づいてから、話す内容について決めていないことに気付いて少しあせる。

 そんな凜花を見て、李一は一瞬驚いた様子になったが、やがて表情を微笑みに変えた。

「はい。私が蓮井隊の蓮井李一です。あなたが聖女として名高い雨宮凜花様ですね。お会いできて光栄です」

 恐れ多くも、こちらが大層な名で知られてしまっていた。

「い、いえ、私ごときが聖女などとは……。李一様の前では下賤の身同然です」

 たまに聖女の名を利用することがあったが、李一に対して名乗るのは不敬極まりない。

 李一は高貴な身分だけに礼儀も心得ているのだろうが、それにしても凜花を上に見すぎだ。

「ちょっと、凜花ちゃん。一人で先行かないでよー」

 千夏を先頭に三人も走ってくる。

「ち、千夏さん……! もっと丁寧に……!」

 凜花は千夏の所作に不安を覚える。身内が貴人に無礼を働いては、隊長として申し訳ない。

「雨宮隊の神谷隼斗です」

「同隊、篠塚樹です」

 隼斗と樹はきっちり腰を折ってあいさつをしてくれた。

「あー。あたしは中森千夏です」

 敬語を使ってくれて、ひとまず安心ではあるが、こういうときの一人称は『私』にしてほしい。

「ご丁寧にどうも。改めまして、蓮井隊隊長・蓮井李一と申します。雨宮隊のみなさん、どうぞよろしくお願いします」

 李一もまた深くお辞儀をする。

「あ、頭を上げてください……! 李一様に頭を下げさせるなんて、かえって私たちにとって不名誉です……!」

「凜花ちゃんがこんなに緊張してるなんて珍しいよね。そこまで偉い人なの?」

 千夏の言動は心臓に悪い。本人の前でそれを聞くか。

「別に偉くはありませんよ。私自身は将軍でもなんでもないのですから。凜花様もそうかしこまらず」

 あくまで柔和な態度を崩さない李一。

 そうは言われても、明らかに目上の人が敬語で話しているというのに、こちらが失礼なことをする訳にはいかない。

 周りにいる蓮井隊の隊員はというと、李一の権力を笠に着ない性格を分かっているからか、穏やかに見守っている。

「李一様の実力は存じ上げております……! 血筋を別としても、私にとって尊敬すべきお方です……!」

 実をいうと凜花としては、自分が貴族の家に生まれたせいもあって、血筋そのものが尊いという考え方にはどちらかというと否定的なのだ。血筋や家柄ではなく、自分自身を見てもらいたいと。

 しかし、李一はこの通り身分の高さを鼻にかけることもせず、最強と称されるほどの討伐部隊を率いて大勢の人々を救っている。

 なんなら凜花は、将軍よりも、自分たちの町を救ってくれた李一にこそ敬意を持っているぐらいだ。

「実力というのであれば、あなたの方が上ではないでしょうか。少なくとも私の目にはそう映ります」

 謙遜したいところだが、李一の眼力を否定する訳にもいかず、返答に困ってしまう。

 憧れの人に大人物と認識されていて、うれしいやら恐縮するやら。

「李一様の言う通り、凜花ちゃんは控えめだけどすごく強いんですよ。なかなか認めたがらないんですけど」

「千夏さん……! 私のことは呼び捨てで……!」

 敬意を払うべき他人と話す際、身内は呼び捨てにする――というのは常識だと思うのだが。それから、『言う』ではなく『おっしゃる』だ。

「俺……いや、私も千夏と同じように思っております。今は固くなっていますが、凜花も李一様に認めていただけて誇らしいでしょう」

 隼斗も、言葉遣いを変えるのに少々戸惑っているようだ。

「みなさん、普段通りの話し方をされてください。その方が私としても親しみが感じられてうれしいですから」

 李一の発言から、凜花は自分が聖女扱いされた時のことを思い出した。

 そういえば、自分ももっと砕けた話し方をしてもらいたいと感じたものだ。

「李一様こそ、私たちなどに丁寧な口調で話されて……」

「私のこれは単なる癖というか、これが普段のしゃべり方になってしまっているだけです」

 樹に対して李一が答えると、隼斗たちもそれに納得したようだった。

「じゃあ、俺は丁寧語だけ使わせてもらいます」

「僕も隼斗くんにならうことにします」

 隼斗と樹は問題ないとして。

「あたし、敬語自体使いたくないんだけど、凜花ちゃん怒る?」

「いえ、怒るという訳ではないのですが……」

 どう表現していいか分からない気分だ。

「千夏様はどうぞ自然のままで。私は私で一番話しやすい話し方をしていますから」

「じゃー、よろしくね! 李一様!」

 本人たちが同意しているなら仕方ないか。

「ところで、みなさん、西へ向かうところのようですね。よろしければ、この先同道させていただいてもよろしいでしょうか?」

「いーよー」

 李一と千夏は、妙に気が合っているようであった。

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