第26話「閃光」

「千夏さんと樹さんの方は大丈夫でしょうか……」

「樹の法術の腕は折り紙付きだし、千夏も久しぶりにいいもの食べてやる気満々だったし大丈夫だろう。妖気もこっちほど大きくないしな」

 凜花は今、隼斗と二人である妖怪を追っている。

 千夏と樹とは別行動。厄介な妖怪の目撃情報が続けて入ったからだ。

 特に片方は『閃光せんこう』の名を持ち、数多の討伐隊士を退けてきた強敵だということで、雨宮隊の隊長・副隊長が組んで向かうことにした。

 隼斗は凜花の補佐を務める副隊長なのだが、彼には聞いておきたいことがある。

「赤城隊を抜けて私を隊長に、というのは隼斗さんが最初に言い出したことなんですよね? もし私が隊長にならなかったらどうされるつもりだったんですか?」

 発案したのが隼斗、赤城隊の全員に声をかけて千夏と樹の二人が賛同したということだったはずだ。

「そのときは俺が隊を作ってたかな。どのみち、凜花を追い出した赤城隊長の下で働く気はなくなってたから」

 当然ながら、連れてきた千夏と樹に対する責任感はあったようだ。

 このあと、やや間を置いてから隼斗がつぶやく。

「……いや、凜花の件がなくてもか」

 その声は微妙に暗いようにも思えた。

「……? そうでしたか。隼斗さんなら十分隊長を務められますよね。なんなら私より向いているような気もしますし」

 元来、凜花は他人を引っ張っていくようなタチではない。

 自分の霊力が自分で思っていた以上に強大なものだったため、こうしてやっていけているが、気心の知れた仲間だけでなく大勢の隊員を率いるとなったら話は別だ。

 一方、隼斗は気質としても人々を導くのが得意といえる。

 最後のつぶやきは気になったが、万一自分がいなくなっても、神谷隊を結成してやっていけそうで安心した。もちろん死ぬつもりなどは全くないが。

「千夏も求心力はあるんだけど、さすがに思慮が浅すぎるし、樹はいくらしっかりしてるっていってもまだ子供だから、三人の中では俺しかいないか」

「そこまで思慮が浅いかどうか分かりませんけど、求心力は確かにありますよね、千夏さん」

 本人のいないところで悪口を言いたくないので、彼女の求心力について話すことに。

「ご両親とも仲が良さそうでしたし、村の人たちもみなさん千夏さんのことが好きなようでしたし。きっと村から討伐隊士になれる人が出たというのは誇らしいんでしょうね」

 討伐隊士をやっている自分が言うのもなんだが、医者も含めて霊力の使い手は人々の羨望の的となる。

 皆、普通の家族や友人のように接していたが、内心では尊敬の念を抱いているに違いない。

「そういえば、隼斗さんのご家族はどんな方なんですか?」

「あー。いつかその話題になるとは思ってたよ」

 隼斗は微妙に具合が悪そうな反応をする。

「あっ、話したくないことでしたら、無理にとは言いません。いきなり不躾なことを聞いてしまってすみません」

 自分は恵まれていたが、すべての討伐隊士が家族に愛されているとは限らない。才能に嫉妬した兄弟から疎まれている場合だってある。

 興味本位で立ち入っては傷つけることにもなりかねない。

「いや、いいんだよ。話した方がすっきりするかもしれないし。むしろ、凜花が嫌な気分にならないかが心配だけど」

「いえ! 私は大丈夫です。隼斗さんが話したいことでしたら話していただければいいですし、話したくないことでしたら話さなくて構いません」

 こちらから尋ねたのだ。気持ちのいい内容でなくても最後まで聞くのが道理だろう。

「じゃあ話すかな。俺って家族からあんまり良く思われてないんだよ。俺が家族を良く思ってないせいかもしれないけど」

 予想通りかと思ったが。

「俺の家は二人兄弟で、俺が次男でさ。親は長男の兄貴の教育にばっかり力を入れて、俺の相手はしてくれなかったんだ。長男が家を継ぐ以上そうなるのは当たり前なんだけど、俺にはそれが受け入れられなくて……。なんで同じ家に生まれたのに、同じように扱ってもらえないんだろうって不満に思ってたんだ」

 続きを聞いてみると、予想とは逆だと気付かされた。

 隼斗ほど優秀だと、親からの扱いが良くて、他の兄弟に妬まれるという方がありそうに思えたのだが。

「それはつらいですね……。私は一人っ子でそういう悩みと無縁でしたから、十分理解できていると言うことはできませんけれど……」

 凜花の父は、仮に子供が二人いても差別的な扱いをすることはないと思う。しかし、二人いれば相手をしてもらえる時間が減ることは間違いない。自分はそれに耐えられるだろうか。

「俺の教育には金をかけてくれないから、俺は独学で霊力の使い方を身につけて、この力でいつか家族を見返してやろうって思ってた。討伐隊士として霊力を使うのは同じでも、俺は凜花と違って動機が歪んでるんだよ」

 そう言って自嘲する隼斗。

 時折見せていた憂い顔は、こうした思いによるものだったのだ。

 家族に対する劣等感。純粋な気持ちで戦う仲間への劣等感。それらが彼の心に影を落としている。

 前に『自分は凜花と釣り合うような人間じゃない』と言っていたが、そういう意味だったのか。聖女と対等の仲間になるには聖人でなければならないと。

「でも、こうして立派な討伐隊士になれたなら、ご両親も隼斗さんを高く評価してくれるのではないでしょうか?」

 少なくとも、今の彼が自分たちに劣るとは思えない。家族に対する不満が原動力になったにせよ、それで成功したなら問題ないはずだ。逆境をバネにするのは決して悪いことではない。

「どうだろうね。家にはほとんど顔を出してないから。それに兄貴も討伐隊士だから、結局立場が覆ることはないよ」

 ここで隼斗は少し話を変える。

「俺が赤城隊に入った理由を話したことってなかったよね? 赤城隊長は、表向き『男女平等』を掲げてるから、不公平な扱いを嫌う俺の気持ちも分かってもらえるんじゃないかって期待してたんだ」

「それは……」

「見事に裏切られたけどね。女を男と同等に扱うというより、男の扱いを悪くしてるだけだったし、誰より立派に働いていた凜花を追放したし」

 樹が赤城を『そこまで悪い人じゃない』と評価した時に、なにか言いたそうだったのは、隊員の扱いに不平等があったからか。

 あの隊において、女性の千夏や子供の樹に比べると隼斗は肩身が狭かったことだろう。そこに気付いてやれなかったのは、自分の不徳だ。

 赤城隊とは袂を分かったが、家族の縁はそう簡単に切れない。そちらの関係修復に力を貸すべきだろうか。

「あの、私が聖女だっていううわさは隼斗さんのご実家まで広まっていると思いますか?」

「ん? まあ、最近はどの町や村に行ってもそうだったから、俺の家族も知ってると思うけど」

「でしたら、邪気の根源を絶った後で、ごあいさつに行かせてください」

「え!?」

 話の途中だが、この時点で妙に驚いた顔をされた。かすかに頬が紅潮しているようでもある。

 よく分からないが話を続ける。

「聖女である私が、隼斗さんの戦いぶりをしっかり伝えれば、ご家族も隼斗さんのことを認めざるをえないと思うんです。隼斗さんも本当は、見返すよりご家族から愛情を注いでもらいたかったんですよね? 私にもそのためのお手伝いをさせていただけないでしょうか?」

 出過ぎた真似かもしれないが、雨宮隊の隊長と隊員は、単なる上司と部下ではない。

 千夏の父を救ったように、隊員のあらゆる悩みを解決するのが隊長の務めだと凜花は考えている。

「あ……そういうことか。言われてみれば、俺は愛情に飢えてたのかもな……。家を継ぐとか継がないとかじゃなくて、親に自分を見てもらいたかっただけか」

 隼斗は、今、自身の感情に気付いた様子。

 どこまで役に立てるか分からないが、こちらの思いが伝わったなら幸いだ。

 こうして話しているうちに、森の奥深くまで来ていた。

「……妖気がだいぶ近づいてるな……」

「ええ……。やはり上でしょうか……」

 上空には暗雲が立ち込めている。

 警戒を強めていると、薄暗い森の闇が一瞬だけ取り払われた。

 落雷だ。自分たちの目の前に突如雷が落ちた。

 雷光が消えると、焼け焦げた地面の上で金色の獣がうなりを上げていた。

「こいつが『閃光』か……!」

 毛先にピリピリとした電光をまとうその姿は、隼斗が口にした名前に似つかわしいものだ。

 大きさは虎の二倍から三倍ほど。

 凜花と隼斗が得物を構えると、閃光は目にも留まらぬ速さで二人の間を駆け抜けた。

「うっ」

「くっ」

 凜花たちは、身体にしびれを感じながらも、防御の態勢を取る。

 今のは閃光がまとっている分の妖力に触れただけ。それでこの威力。攻撃として繰り出したものをモロに食らったらかなり危険だ。

 早く仕留めなければまずい。凜花と隼斗は霊気の刃を放つが――。

「ふん……。わしにそんなものが当たると思うか」

 言葉を発したかと思うと、閃光は戦域を超高速で跳び回り始めた。

 閃光の動きは目で追うのがやっと。刀を振っても霊気を撃っても当たらない。

 閃光が蹴った木々は次々と倒れていく。

 人語を話すだけの知能とすさまじい膂力。前に戦った竜と同等の存在か。

 竜は隼斗たち三人の不意打ちがあってようやく倒せたのだ。二人だけで戦うのは分が悪い。

 かといって、ここで逃げれば多くの人が命を奪われる。

「邪悪な妖怪がなぜこれほどの力を持つのかと問いたいか……?」

「なに……?」

 閃光の爪を剣で受けて後方に跳ぶ隼斗。

「わしも皮肉に思っておる。ある日突然知恵を得たかと思えば、腹を満たすのに不要なほどの獲物を狩りたいという欲求に心を囚われることとなった」

「あなたはその衝動を止めたいと……?」

 凜花が法術で石の柱を無数に形成して閃光を取り囲ませるが、俊敏な動きで脱出される。

「止められるものならな。だが、どうやら妖怪とはそういう生き物らしい。『閃光』の名がつけられた頃にはあきらめたよ」

 やはり強大な妖怪は、それ相応の高潔さを持っている。

 斬らなければならないのが心苦しいが、今は自分の身の心配をするしかない。

「月影!」

 霊気をまとわせた刀で斬りかかるも、あっさりかわされた。

「その刀……、妖力を吸うことができるな? 直接触れるのはやめておこう」

 こちらの能力を看破された。ますます形勢が不利になる。

 凜花の背後に回った閃光が尾を使ってこちらの背を打つ。

 悲鳴を上げることもできずに地面を転がる凜花。

「くそッ」

 隼斗は必死に剣を振るうが、かすりもしない。

「貴様の剣は……硬度に関係なく物質を切断する能力か」

 触れることなく、そこまで見抜くか。

 聞いたことがある。光の能力の持ち主は、優れた眼力も持つと。

 このままでは埒が明かないどころか徐々に追い詰められていく。

「どちらも接近するのは危険だな。撃ち殺してから食らうとしよう」

 閃光の口に電撃が発生する。

 敵は隼斗を狙っている。閃光の妖力をまともに受ければ隼斗の命はない。

「仕方ない……!」

 閃光が電撃を撃ち出すと同時に、隼斗は剣を投げた。

 斬鉄剣の異名を持つ霊剣・烈光は、電撃を斬り裂き閃光に迫る。

「くッ」

 剣は閃光の脚を浅く斬ったが致命傷には程遠い。

「浅慮だな。これで貴様を守るものはなくなった」

 閃光は隼斗に飛びかかる。

 隼斗は逃げることもなく左手を突き出した。

「法術――」

「遅い」

 術が発動するより早く、閃光の牙が隼斗の腕に食らいつく。

「隼斗さん!!」

 凜花はあわてて閃光に斬りかかる。

 一刻も早く閃光を倒さなければ、隼斗は死ぬ。

「法術・封輪枷……!」

 隼斗はかみつかれた腕に、あらかじめ法術を仕込んでいた。

 隼斗の腕から術の霊気が伝わっていき、閃光の脚をすべて縛る。

 これで一時的にでも動きは封じた。今すぐ斬ることができれば――。

 凜花が妖喰刀で閃光の背を斬りつける。

 しかし、皮膚の硬度は予想以上に高く、刃は少ししか食い込まない。

 両断できないなら妖力を吸いきるしかないが、それには時間がかかる。隼斗の身体は持ってくれるのか。

「グググ……」

 閃光があごに力を入れる。

 結果、閃光の妖力が尽きる前に隼斗の腕は食いちぎられた。

「う、あああああッ!」

 激痛にさけびを上げる隼斗。

(間に……合わなかった……!)

 凜花は刀を握る手に力を入れる。

 隼斗の仇だ。なんとしてもこの妖怪を倒す。

 凜花に妖力を吸われながらも閃光は隼斗の腕を咀嚼していた。

 隼斗は地に伏し、うめきながら血をどんどん流している。

 聖女などと呼ばれていても、自分は仲間一人守ることができないのか。

「不覚を取ったか……」

 隼斗の腕を飲み込んだ閃光がつぶやく。

 そして、ゆっくりと倒れ込んだ。まとっていた電光も消えていく。

 妖喰刀が閃光の妖力を吸い尽くしたのだ。

 妖怪としての本能が、一度口に含んだ人間の腕を食うことを優先させ、凜花への反撃が遅れたのだった。

 どうにか妖怪は倒したが。

「は、隼斗さん!」

 急いで隼斗の治療を始めるものの、隼斗は既に衰弱している。

 治癒の術をかけても出血が治まらない。

「閃光の……妖力を……」

 隼斗がしぼり出すような声でなにかを伝えようとしている。

 その意図に気付いた凜花は、刀に込めていた閃光の妖力を霊力に変換して隼斗の身体に流し込む。

 同様の性質・同等の強度を持つ妖力と霊力であれば、互いに中和することができるはずだ。

 体内から閃光の妖力が消えた隼斗は、呼吸が安定していく。

 次は腕を治さなければならない。妖喰刀から妖怪の再生能力と治癒術の霊力を融合させたものを放ち、隼斗の傷口に当てる。

 まずは傷が皮膚に覆われて出血が止まり、少しずつ新しい腕が形成されていった。

「隼斗さん、大丈夫ですか……?」

「あ、ああ……。さすがに無理をしすぎたかな。帰りは肩を貸してくれると助かるよ……」

「いえ、今の隼斗さんを歩かせる訳にはいきません。私が抱えて帰ります」

「それは、うれしいな……」

 そこまで言ったところで、隼斗は気を失った。穏やかな寝息を立てているので、もう苦しんではいないだろう。

 隼斗による捨て身の戦法のおかげで、どうにか勝つことができた。

 一番危険かつ苦しい役目を負ってくれた彼を丁重に抱きかかえて、町へと戻ることにした。

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