第25話「妖怪の生まれ方」
千夏の故郷を後にして、一行は西へ西へと進んでいた。
「ちょっとずつ邪気は濃くなってるけど、明らかにってほどでもないな。樹が持ってた情報を疑う訳じゃないけど、実際どうだと思う?」
隼斗が皆に問いかけ、凜花が答える。
「黒い光が西から飛んできたことが気になります。仮に邪気の根源はこの先にあるとしても、一息に遠方まで邪気を飛ばせるなら、東の方に何体も妖怪がいることに納得がいきます」
「確かに、根源がどこにあるにせよ、徐々に広がっていくなら、妖怪の数は段階的に増えていかないとおかしいよな。それこそ東端では見かけないぐらいじゃないと」
隼斗の見解に他の者も賛同する。
東の端でも妖怪は出没しているし、西方にも町や村は作られているのだ。
「根源となっている場所から、大陸の各地へ空から邪気を送っていると見るべきでしょうか……。あるいは、地中を移動させている可能性もありますね……」
凜花が考え込む一方で、千夏はあっけらかんとしている。
「どんな風に邪気が出てようが、根元を絶ってしまえばおんなじでしょ。邪魔な妖怪を倒しながらさっさと進んじゃおう」
「千夏ちゃん、お父さんが治ったから元気いっぱいだね」
樹は千夏の前向きさに感心している。悩んでしまいがちな自分と比較して嫉妬したりしていないのは樹のいいところだ。
「二度と妖怪が現れないようになんてできたら、協会からたんまり報酬をもらえるだろうからな。それで一刻も早くもやし生活から脱却したいんだろ」
「その通りなんだけど、隼斗に言われるとなんかむかつくなー」
「俺の金も使ったんだから、俺も恩人だろ? 足を向けて寝られないんじゃなかったのか?」
「はいはい。感謝してますよー」
喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよくいったもので、父親が助かったあとは千夏が卑屈な態度を取ることはなくなり、もやししか食べられないことについて不満をこぼすようになった。
凜花としてはその方がありがたい。いつまでも強い感謝の念を抱き続けられてはこちらが萎縮してしまう。
「凜花さんが言ってたことで思い出したけど、妖怪って空から降ってきたり、地面から出てきたりすることが多いよね。邪気が空か地中を移動してる可能性は高いと思うよ」
樹が話を戻したので、凜花も考えを述べる。
「この前はたまたま黒い光が畑に入っていくのが見えましたけど、妖怪化自体は地中で行われましたし、ひょっとしたら妖怪化という現象そのものを正確に観測した人はまだいないのではないでしょうか?」
「言われてみれば……。生物でもなかった鏡や布がどうやって妖怪になったのか想像もできないかも……」
千夏もこちらの話に加わる。
雲外鏡や一反木綿――そもそも心自体なかったはずの無生物に、なぜ邪悪な心が宿ったのか。生物であっても獣が言葉を話すようになるなど、知能が上がる場合があるのも謎だ。
「妖怪化は人目を避けて行われてる……か。人間も家で過ごしてる時に妖怪化したって話は聞かないな。行方不明になっていた人が妖怪になって現れたとかはよく聞くけど」
凜花の記憶も隼斗とほぼ同じではある。
「……ただ、妖怪にかみつかれて妖怪化した人間の話はありますね。既に妖怪になっている個体から妖力が流れ込んできて妖怪化するという……」
これは近くで見ていて生還した者がいる。
「ゼロから妖怪が生まれるところだけ不明といったところですね……」
現状ある情報をまとめる凜花に対し、千夏が疑問の声を発した。
「ん? ゼロって?」
また彼女らが知らない言葉を使ってしまった。
「えっと、一より手前の全くないことを表す数字です。こちらの世界では零ですね。算術では結構重要な概念でして」
「あっ、詳しい解説はいいよ。算術とか頭痛くなるだけだから」
この世界でも零と言えば通じる者には通じるのだが、千夏にとっては聞きたくない言葉のようだ。
「頭痛いんじゃなくて、頭悪いんじゃないか?」
横から茶々を入れてくる隼斗。
「いいもんねー。どうせ隼斗だって、凜花ちゃんにも樹くんにも敵わないんだから、下から二番目だよ」
「いや、僕のこと買い被りすぎだよ。大人ほどの知識がある訳じゃないから」
謙遜する樹。彼に大人ほどの知識や経験がないのは事実だろう。だが、知能の高さは大人顔負けともいえる。
真面目な話とふざけた話を繰り返しながら次に拠点とすべき町に到着。
すると――。
「聖女様だ! うわさ通り聖女様がやってきてくださったぞ!」
凜花たちに気付いた人たちが歓声を上げる。
どうやら凜花たちが大陸の西に向かっているという情報は流れていたらしい。
歓迎の準備が整っているといわんばかりだ。
「ささ、こちらへ。最高級の宿をご紹介します」
案内された宿には当然四人分の部屋が確保されていたのだが、ここは雨宮隊には『結束力を高めるため、隊員は一つの部屋で寝泊まりすべし』という規則があるとして三人分は断った。
規則の文面は単なる思いつきなので、今後説明する際にはところどころ変わるかもしれない。
ここは前に訪れた町以上に発展しているらしく、部屋には凜花の家にあるような寝台があった。
これも例によって凜花のものを囲むように配置する。
「それにしても邪気が濃くなってるはずの西で栄えてる町があるんだな」
「やはり濃い邪気にさらされているだけで妖怪化するのではないということでしょうか」
隼斗と凜花は道中での会話を振り返る。
妖怪化を発症する引き金となるのは、千夏の故郷で見たような黒い光なのか。
「あの時の光が飛んできた方角は西だった訳だから、目的地は結局西の果てになりそうだね」
樹の言った通り、ここよりさらに西へ行くと地域としては最西部ということになる。
「霧状の邪気と黒い光の関係――それが分かればいいのですが」
「分かんなくても両方なくなれば問題なしでしょ。凜花ちゃんの霊力があれば余裕だよ!」
深刻に考えてしまいがちな凜花に、千夏は明るく声をかける。
「では、これからしばらくこの周辺の妖怪を退治して、数が減ったらまた西へ出発ということで――」
今後の方針について話していると、コンコンと軽く戸が叩かれる音がした。
「お食事の準備ができました」
「あっ、はーい」
これには千夏が答える。
町の人たちがあらかじめ用意してくれた料理なら、無理やり千夏の分だけもやしにする訳にもいかない。久々にまともなものが食べられるのでうれしいのだろう。
案内されて食堂に行くと、千夏の家で食べたもの以上に豪勢な料理が並べられていた。
赤城隊から追放されてからというもの、どんどん扱いが良くなっているが、人々を守るための努力もしているつもりなので、ありがたくいただくことにした。
こうしてもてなしてくれる人たちの思いに応えるためにも、今日は英気を養うことにする。
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