第24話「畑作とムカデ妖怪」

 千夏の故郷に来て数日。

 千夏の父の治療は無事成功し、今では畑仕事ができるほどにまで回復している。

 凜花たちはというと、村人たちになにか変わったことがないか尋ねて回ったり、村周辺に現れる妖怪を退治したりしていた。

 今日は妖怪も現れていないし、村人の話も大体聞き終わったので、たまにはということで畑仕事に加わることにした。

「聖女様にこんな仕事をさせるのは気が引けるんだがなぁ」

 村人の反応はどこに行っても大抵同じだ。

「凜花ちゃんは偉いけど、お高くとまってるような人じゃないから。みんなも気さくに話しかけてあげた方が喜ぶと思うよ」

 自らの出身地だけに、千夏も助言がしやすいのだろう。

 村人たちも『千夏が言うなら』といった感じで、敬語は使いつつも少し遠慮をなくして凜花に接するようになった。

「こういう作業をするのは初めてなので、新鮮ですね」

 皆と一緒に、クワを持って畑を耕していく。

「俺もほとんど初めてみたいなもんだな」

「僕もかな。討伐部隊に入る前は部屋で勉強をしてることが多かったから」

 隼斗と樹もそうなのか。

「ひょっとして、あたしだけ田舎者!?」

 なにかと仲間に劣等感を抱いてしまいがちな千夏。育った環境も一人だけ違うらしい。

「そういえば凜花ちゃんの家は貴族だし、隼斗もなんか身なりがいいし、樹くんもいいとこのお坊ちゃんっぽいし……」

「俺の家も一応貴族だけど、あんまりいいもんでもないぞ? 千夏の家の方が和やかでいいんじゃないか?」

「やっぱり貴族じゃん!」

 今の千夏には隼斗の発言は嫌味に聞こえたようだ。

「僕は貴族でもなんでもないよ? 討伐部隊に入る前は結構貧しい暮らしだったし」

「樹くん、大好き!」

 千夏はクワを放り投げて樹に抱きついた。

「貧しい家の出身同士仲良くしようね!」

「う、うん……」

 勝手に同類にされては樹も迷惑ではなかろうかと思うが、彼も友達を欲しがっていたぐらいだから仲良くなれるという意味では悪いことでもないかもしれない。

 それはさておき、引き続き畑作に精を出す。

 一通り耕し終わったところで、村人の一人が畑の一部を見て言った。

「凜花様が耕したところだけ、やけに潤ってないか?」

 いわれてみれば、土の質感が違う気がする。

「凜花さんの霊力がクワを通して伝わったんだね。霊刀とか霊剣とかも元は普通の武器なんだから、畑作の道具が一時的に似たような役割を果たしてもおかしくはないんじゃないかな」

 樹の考えは妥当なところだ。

 しかし、凜花にしてみると複雑な気分。

「私の霊力ってそんなに普通の人と違うんでしょうか? 霊力で土壌が良くなるという話は聞いたことがありませんが……」

「霊力って未解明の部分が多いし、才能があれば既存の常識から外れたことも実現できるんじゃないか?」

 隼斗は、凜花の才能によるものとしている。

 生まれ持った才能でこうも差が出てしまうものだろうか。自分より長く討伐隊士として戦い続けている者がいくらでもいるというのに。

 恵まれている側ならせめて恵まれていることを喜んだ方が、才能に恵まれなかった人に対してまだ失礼がないか、などと考えていると、空に不穏な気配が漂ってきた。

「……! これは、邪気……?」

 暗雲の中から黒い光が降ってきて畑に飛び込んだ。

 すると、地中から巨大化したムカデが這い出てくる。

「ムカデが妖怪化したのか!?」

「じゃあ、やっぱり今のは邪気の塊!?」

 隼斗と千夏がそれぞれの得物に手をかける。

 生物が妖怪化する瞬間を目にする機会は意外に少ない。このように突発的に起こるならその場に居合わせた人間が少ないのもうなずける。もしくは、いてもすぐ食い殺されているか。

「あたしの村を襲う奴はあたしが斬る!」

 太刀を構えた千夏は一人前に進み出た。

「凜花ちゃんたちは、妖力が周りに飛び散らないように守ってて!」

「分かりました!」

 戦い方次第で、村の建物が破壊される可能性もあるし、あるいは戦った者がケガをする可能性もある。

 千夏の気持ちを汲むなら、彼女自身が多少傷を負うとしても、村に被害が出ないようにするべきだ。

 凜花・隼斗・樹は散開して畑を囲む。

 その中心で千夏がムカデ妖怪と対峙。

「さあ、かかってこい!」

 全長が人体の数倍にまでなったムカデが千夏の頭上から毒液を放つ。

「こんなもん!」

 千夏は太刀で受けて斬り払うが、刀身が少し溶けた。身体に触れていれば危ないところだ。

 加勢できればいいのだが、今の毒が気化して飛んできている。凜花たちはこれを浄化しなければならない。

 ムカデには強力な顎肢がくし――毒牙とも呼ばれるもの――がある。妖怪化してさらに鋭利になったそれで、千夏に食らいつこうとしてきた。

「ふっ、あたしに接近したのが運の尽きだよ!」

 頭から突っ込んでくるムカデ妖怪に対し、跳躍して太刀で向かう千夏。その刃は頭部に食い込み、そのまま身体を縦に斬り裂いていく。

「どうだ!」

 千夏の着地と同時にムカデ妖怪は両断されていた。

「おー。綺麗に真っ二つだ」

「さすが千夏。この村で最強を名乗ってただけのことはある」

 離れた場所から眺めていた村人も感心している。

 この手の節の分かれた妖怪は横に斬ると、残った部位が動いて反撃してきたりする。なかなかの英断だった。

「みんなの方は無事!?」

「はい。誰も傷一つ負っていませんし、毒も吸い込んでません」

 今回は珍しく千夏が一人で問題なく妖怪を倒した。やはり生まれ故郷にいるとなにかが違ってくるのか。

 千夏の少し溶けた太刀は凜花の治癒術で直す。

 通常、霊力による治癒術で無生物は直せない。これは治癒術が、対象に元々備わっている自然治癒力を強化するものだからだ。

 しかし、討伐隊士の武器は、使い手の霊気が通っており、自己修繕の機能を持つ。そのため例外となっている。

「さっきのって邪気だったんだよね? なんか光ってて、霊気にも似てたような気がするけど……」

 千夏と同じ疑問を凜花も持っていた。

 邪気というのは、大抵モヤモヤとしており暗いものだ。

 先ほどのものも邪気なのであれば、邪気にも別の種類があるということか。

「多くの妖怪がまとっている邪気とは見た目が違いましたね。邪気の根源となっている『なにか』と関係があるのかもしれません」

 黒い光が飛んできたのは北西からだった。

 いったん寄り道をしてはいたが、目指していた方向が見当外れということはなさそうだ。

「この畑はもう使えないかなぁ」

 はたから畑を見渡す村人。

「いえ、浄化すればなんとかなると思います。もう一度耕してきましょう」

 凜花の言葉を聞き、落ち込みかけていた村人たちにも活気が戻る。

 気を取り直して畑作を再開した。

 こうして千夏の故郷を訪れたことは、千夏以外にとっても有意義なことだったように思う。

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