第23話「もやし生活」

 しばらくの間、千夏の実家で生活することになった雨宮隊。

 千夏の父の治療で所持金を使い果たしたが、ここなら宿代も食事代もかからない。

 どのみち時々は足を止めて情報を集めなければならないので、十分な活動資金を得られるまでお世話になろう。

「みんなご飯食べるわよね?」

 居間でくつろいでいる一同に千夏の母が声をかけてくる。

「はい。ごちそうになります」

 隼斗が返事をすると、千夏の母もうれしそうだった。

「それじゃあ、ごちそうを作るわね」

「うちのお母さんの料理おいしいんだよ。久しぶりに――あ」

 母の手料理を楽しみにしている様子だった千夏の声が止まった。

「もやししか食べない約束だったんだ……」

 律儀に覚えていたらしい。残念そうにしている。

「あら、そうなの。考えてみれば、お父さんの治療費を全部出してもらったんだものね。私たちの分も聖女様たちに食べていただかないといけないわね」

 このままでは千夏の両親まで食べられなくなりそうなので、隼斗が説明を付け加える。

「もやしの約束は千夏本人だけですよ。特にお父さんにはたくさん食べて精をつけてもらわないと」

「そういうことなら、お言葉に甘えようかしら。千夏、市場でもやしいっぱい買ってくるからね」

 母から微妙な励ましを受けて、なんともいえない顔になる千夏。

「父さんのためにそこまでしてくれるとは、いい娘を持ったなあ」

 一緒に居間で座っていた千夏の父が娘を褒める。

 外を歩くのは数日控えた方がいいようだが、既に部屋を移動するぐらいはできるようになっていた。

「じゃあ、お父さん、あたしのこと甘やかしてねー」

 千夏は父の肩に両腕を回してくっつく。

「よしよし」

 雨宮家同様、父と娘の仲がかなりいいようだ。かなりベタベタしている。

「俺たちも見てるけど、恥ずかしくないのか?」

 隼斗は千夏に冷めた視線を送っている。

「恥ずかしくないもんねー。優しいお父さんがいてうらやましいんでしょー?」

「ま、確かにうらやましいっちゃうらやましいか……」

 隼斗の顔は、反論されて悔しいというものには見えない。

「家族思いなのはいいことだよ。隼斗くんもあんまりひやかさないであげて」

 樹が間に入ってケンカにならないよう取り計らう。


 夕方になり、食材を買い込んで千夏の母が帰ってきた。

 凜花が手伝いを申し出たが、それは断って夕飯を作ってくれた。

 食卓に並んだのは、旬の野菜や魚を使った料理の数々。

 これらの材料を買う分のお金を討伐部隊としての活動資金にして早く出発するという選択肢もあるが、せっかく千夏の故郷を訪れたのだからゆっくりしていくことにする。

 凜花たちがおいしく食べている中、千夏の箸はあまり進んでいない。

「どうした千夏? 昼間の元気はどうした?」

 隼斗に問いかけられた千夏は、ため息混じりに答える。

「あの時はお父さんを助けられるのがうれしかったのと、みんなに申し訳ないのとがあったから受け入れたけど、正直もやしあんまり好きじゃないんだよね……」

「かなり無理してたんだね……」

 樹も千夏の性格上もやし生活がつらいことは予想していたが、嫌いな食べ物とは思っていなかったのだろう。

「なんか味がしないんだよねー……。お腹いっぱいになる前に飽きちゃうよ」

 嘆いていたかと思うと、凜花に向かってすがるような声をかけた。

「凜花ちゃん、もやしの味を良くする術使えない?」

 そう言われても。

「食材の味を変えるような術は私の知る限り……」

「じゃあ、あたしの舌がもやしに合うようにするとか」

「味覚障害の治療なら多少できるかもしれませんが、好みを変えるのは難しいかと……」

 力になれなくて面目ない。

「味覚障害を治せる術にしたって、教本には全然載ってないんだし、それができるだけでも凜花は天才だよ。千夏には修行だと思って耐えてもらおう」

 隼斗はやはり凜花に優しく、千夏に遠慮がない。どちらとの仲がより良いのかは意見の分かれるところだろうが。

「あれ? でもあたしの力を――むぐ」

 何を言おうとしたのか瞬時に察した隼斗が千夏の口を塞ぐ。

 千夏の両親には、『千夏が心置きなく戦えるようにするため、父親の治療費を全員で負担する』と説明した。そうでもしなければ、好意を受け取ってもらえないと判断して。

 この理由を前提にしたら、栄養が足りなくて千夏の力が十分出なかったら本末転倒ということになってしまう。

 しかし、実際には雨宮隊の要は凜花の力だ。

 千夏の父を救ったのは、あくまで温情によってといえる。

 千夏も経緯を思い出して黙ったので、隼斗は手をどけた。

 その一連の動作を見ていた千夏の母が微笑ましいといった表情で尋ねてくる。

「ひょっとして隼斗君は千夏とお付き合いしてくれてるの? だったらお母さんとしてはうれしいんだけど」

「げほっ、げほっ」

 再びもやしを口に運んでいた千夏がせき込む。

「すみません。そういう関係ではないです」

 否定する隼斗だが、その内心で千夏をどう思っているのかは凜花も気になった。

 まだ交際していないだけで両思いなのか、それとも本当にただの友達なのか。

「ごほっ……。『そんな訳ないだろ』みたいな言い方をしなかったことは褒めてあげよう」

 落ち着きを取り戻した千夏が尊大な物言いをする。

「千夏、調子に乗らないの。そんなことだからモテないのよ」

 母に叱られて肩を落とす千夏。

 次に千夏の母が目をやったのは、凜花の方だ。

「やっぱり千夏じゃなくて、こちらの聖女様よね。なんといっても美しさが違うもの」

 今度は、凜花と隼斗が恋仲だと勘違いしたらしい。

「あ、いえ……」

 二人揃って、微妙に口ごもりながらの否定になってしまった。

 隼斗は恋人にしたとして不満のない男性だが、凜花の中にそうするだけの愛情があるのかが自分で分からないのだ。

 加えて、向こうからどう思われているのかも分からない。

 今すぐ誰かを恋人にしなければならないとなったら、迷わず隼斗に打診するが、少なくとも邪気の根源を絶つまでそんな話にはならないだろう。

 雨宮家の跡取りが必要になる時もいつかやってくると思われるが、父が縁談を用意する可能性もあり、凜花が自分で見つけなければならないとも限らない。

 隼斗でも構わないし、父が選んだ相手でも不服はない。そうなると、自分の意思はどうなのだろうか。

 誰でも良いなどというほど節操なしではないつもりだが、恋というものがいまひとつ理解できていないのだった。

「しかし、討伐部隊に入ってそこでいい相手を見つけるかと思ったが、四人だけの隊で活動しているとなると千夏の結婚相手はちゃんと見つかるのだろうか」

 千夏の父は千夏の将来を心配している。

「お父さん、昔あたしが『お父さんのお嫁さんになる』って言ったら喜んでくれてたじゃん!」

「お前、それ本気にしてたのか……?」

 隼斗が千夏を冷ややかな目で見る。

「父さんとしても、その気持ちはうれしいが、千夏ももう大人なんだからな」

「うう……。まあ、どっかで誰か見つけるよ……」

 『寵愛昂じて尼になす』という言葉が生まれたように、世の中には娘を愛しすぎて嫁にやりたがらない父親というのもいるが、千夏の父はそういうことはないようだ。

 おそらく凜花の父も大丈夫だと思われる。

「うーん……」

 なにやら先ほどから樹がうなっている。

「どうかされましたか、樹さん?」

 凜花が話しかけるとハッとした様子で顔を上げた。

「あ、ううん。別になんでもないよ。ちょっと会話に入れないなーって思ってただけで」

「すみません。私たちだけで盛り上がってしまって。隼斗さんと千夏さんは楽しそうにしているので、私と樹さんで話しましょうか」

「えっ、いいの?」

 特別なことを言った訳ではないが、樹はうれしそうだ。

「私などで良ければ」

 そのあとは、樹とは法術の組み立て方の工夫などについて話しているうちに日が暮れた。

 寝る部屋をどうするかについてだが、これはもう四人一緒に寝るというのが決まりごとになっていたのでさほど揉めなかった。

 千夏たち各人の部屋は広くないので、一番広い居間に布団を四人分敷いていつもと変わらない寝方をする。

 千夏の両親は意外そうな顔をしたが、これが雨宮隊の普段の姿だ。

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