第22話「千夏の帰郷」

「ここがあたしの生まれ育った村だよー」

 凜花たちの前に立って両手を広げる千夏。

 あまり豊かな村ではなさそうだが、歩いている人たちの顔は元気が良さそうに見える。

 上品ではないものの明るく快活な千夏が育った場所だと聞いて、なんとなく納得できる雰囲気だ。

「千夏ちゃんの故郷か。そんな感じがするね」

 樹も似たような感想を持ったようだ。

「こうしてまたこの村に来られてうれしいよ。わしとしても患者を見殺しにしたい訳ではないからの」

 連れてきた医者はしみじみと言う。

 高価な薬が必要だと聞いた。なにもこの医者が強欲で不当に高額な治療費をふっかけたのではない。

「千夏の家はどれだ? 一番ボロいとこか?」

「なんでそういうこと言うかなー」

 隼斗と千夏の憎まれ口は相変わらずだが、恩を施した者と施された者という関係性になってしまっていないのは喜ばしいことではないか。

「千夏さんに案内してもらいましょう。私もご家族にごあいさつしたいですし」

「凜花ちゃんと樹くんは大歓迎だよっ。ついてきて」


 千夏の家は木造の平屋だった。大体同じような家屋が並んでいるが、大きさは中くらいといったところ。

「あら? 聞き覚えのある声だと思ったら千夏じゃない」

 扉をくぐったところで、千夏の母らしき人物が奥の部屋から出てきた。

「お母さん、ただいま。やっとお父さんの手術できるよ」

 千夏の報告に彼女の母は目を見張った。

「え!? もうお金が……。あっ、お医者様!」

「どうも、ご無沙汰しております」

 医者は千夏の母に頭を下げる。

「そちらは赤城隊の隊員の方々?」

 千夏の母が今度は凜花たちの方を見やる。

「ううん。元赤城隊。今は凜花ちゃんが隊長を務める雨宮隊だよ」

 千夏は凜花を手で示す。

「初めまして。雨宮凜花と申します」

 続けて隼斗と樹も名乗る。

「神谷隼斗です。いつも娘さんのお世話になっています」

「篠塚樹です。よろしくお願いします」

 隼斗のあいさつは、普段の様子を知っていると白々しいものだが、千夏の母はそんなことを知るはずもなく、丁寧にお辞儀を返す。

「こちらこそ娘がお世話になっております。これからもよろしくお願いします」

 あいさつが済んだところで、千夏の母は再び千夏に視線を戻した。

「それで千夏、お医者様まで連れてきて、もうお金が貯まったの? 前の手紙では『まだ一年以上かかりそう』って書いてなかった?」

「それがね、隊長が赤城隊長から凜花ちゃんに変わって一気に戦績が良くなったんだよ。人数は減ったのに倒す妖怪は増えたからね。ただ――」

「ただ?」

 首をかしげる母に対し、やや決まりが悪そうに事情を打ち明ける千夏。

「凜花ちゃんたち全員にお金出してもらうことになったんだ。だから、あたしはもうみんなに足を向けて寝られないの」

 事情を知った千夏の母は、息を呑んだように口元を手で覆った。

「そんな! 私たち家族のためにそこまでさせる訳には!」

 そのセリフは千夏からさんざん聞いた。凜花はそうでもないが、隼斗などは説得を面倒に感じ始めているのではないか。

「私が隊長の権限で決めました。討伐部隊において隊長の決定は絶対です」

 これはかなりウソが入っている。隊長の一存で決められるのは人事に関することぐらいだ。報酬の分配方法も隊員の賛成が一定数なければ認められない。

「隊長の凜花の命令に千夏が逆らうことはできません。ご家族も一緒に従ってください」

 隼斗も話を合わせてくれた。

「私たちが命令に従うのは構わないけれど、全員が納得しているの?」

 これには樹が答える。

「はい。僕らは隊長の凜花さんを絶対的に信頼しています。凜花さんの判断が討伐部隊として最善です」

 あくまで、情けをかけているのではなく討伐部隊としての合理的な決定であるという主張だ。

「雨宮隊は千夏さんの戦力を重要視しています。彼女が他のことに心を囚われずに柔軟に動けるようにすることで、邪気の根源を絶つという最終目標を達することができると考えました」

 凜花の意思表明で、千夏の母も首を縦に振った。

「そういうことでしたら、ありがたくご厚意を受けさせていただきます」

 治療を始めるために一行は部屋に上がる。

 そこで千夏の母は娘に釘を刺す。

「ここまで言ってもらってるんだから、必ず隊の役に立つのよ! いいわね!」

「うん。もちろん」

 千夏の目に迷いはなかった。


 千夏の父の寝室に入り、容態を見る。

 今は眠っているようだが、うなされている。急いで来たのは正解だったか。

「よく考えたら凜花ちゃんの霊力でも治せるんじゃないの? 腕が丸ごとなくなってた人まで治せたんだし」

 希望通りであれば、医者には無駄足を踏ませたことになるが治療費はかからずに済む。しかし、そううまくはいかない。

「私の知っている病原体ではなさそうです……。生命力の強化はできますが、根本的な治療は知識のある方でないと……」

 千夏の父の身体に手を添えた凜花は、体内の状態を探って答える。

「軽く触れただけで病原体の有無が分かるだけでもすごいことだけどね」

 樹も近いことはできそうだが、さすがに敵わないと思ったらしく感心していた。

「治癒術は使えるのだね? では手術の補助をお願いしていいかな? 麻酔を全身にかけるので呼吸を維持する必要がある。もちろん私にもできるが、そちらに専念してくれる人がいたら助かる」

 医者に頼まれ引き受ける。

「分かりました。念のため樹さんにも協力してもらっていいですか?」

「僕は大丈夫だよ」

 子供に手術の様子を見せるのもどうかと思ったが、万全を態勢で臨みたい。


 準備を整え、施術開始。

 治療費が高くついた理由の一つでもある高価な薬を点滴で投与しながら、医者が身体に切り込みを入れる。

 凜花の術で呼吸を維持し、樹の術で出血を抑える。

 三人で役割分担ができたため、順調に手術は進んだ。

 問題は発生していなくても、離れて見ている千夏とその母は気が気でないといった面持ち。

 医者が感染部位を切除し終え、樹が傷口を塞ぐ。

 凜花は、千夏の父の麻酔が切れるまで呼吸維持の術をかけ続けた。

 主要な感染部位が取り除かれ、全身に薬の効果も行き渡ったことで千夏の父は回復し始める。

「う……」

 目を覚ましたようだ。

「手は握れますか? まばたきはできますか?」

 医者の確認に対し、千夏の父は細い声で答える。

「はい……。まだ起き上がれそうにはないですが……」

「無理はされなくて構いません。ゆっくり休んでください」

 医者の指示通り、安静にしている千夏の父に凜花が改めて治癒術をかける。

 凜花のずば抜けた霊力により、傷跡まで綺麗さっぱり消えた。

 医者は千夏たちに結果を報告する。

「手術は成功しました。二人が協力してくれたこともあり、後遺症もなく数日で出歩けるようになると思います」

 千夏はかすかに涙を浮かべて歓喜した。

「やった! お父さん元気になるんだね!」

「千夏がしっかり働いてきてくれたおかげよ。ありがとうね」

 無事に千夏の親孝行は実現した。

 雨宮隊の活動としても明確な成果が表れた日だ。

「今頃聞くのもなんだが、君は最近うわさになっている聖女様ではないかね?」

 手術道具を片付け終えた医者。彼のところにも聖女の名は届いていたか。

「えっと、本当に聖女だといえるかは分かりませんが、最近のうわさでしたらおそらく私のことだと」

 肯定するのもおこがましいように思えるが、かといって否定できる材料もない。

 聖女という言葉を聞いて千夏の母が目の色を変えた。

「ちょっと、千夏! あんた、そんなすごい人と旅してたの!?」

「う、うん。この村までうわさ広がってたんだ」

「人格も能力も容姿もすべてが完璧なこの世のものと思えない女性がいるって聞いてたのよ。美しい方だとは思ったけど、まさかあの聖女様だったなんて」

「あの……。うわさに尾ひれがついてませんか……?」

 おずおずと尋ねる凜花だが、千夏の母は首を横に振る。

「いいえ! 美しさは一目で分かりましたし、手術中に使っていらした霊気もうわさに違わぬ強さと神聖さでした。わざわざ私たち家族を救ってくださるお心も聖女様のものとしか思えません。むしろすぐに気付かず大変失礼いたしました!」

 千夏の母が深々と頭を下げてくる。

 口調がより丁寧になっている。千夏の母なら、もう少し気兼ねなく接してほしいのだが。

 見かねてという訳でもないだろうが、隼斗が口を開く。

「凜花にお礼がしたいってことでしたら、しばらく俺たちをこの家に置いてもらえますか? 活動する拠点が欲しいので」

「ええ、もちろん。精一杯おもてなしさせていただきます!」

「あ、敬語は凜花にだけでいいですよ」

 妙なことを押しつけられた。

 なんにせよ、千夏の家族が救われた幸運には凜花も感謝している。

 千夏たちの一家団欒を傍らで眺めさせてもらうのも悪くないだろう。

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