第21話「親の治療費」

 強大な竜の姿をした妖怪を撃破し、町と赤城隊を救った凜花たち。

 今度こそ、邪気の出処探しに出発だ。

 妖怪同士の間にも争いはある。先ほどの竜に怯えて雑魚妖怪はこの地域から去ったらしい。平原を歩いていても敵に遭遇しない。

 なので、何気ない会話をしている余裕もある。

「凜花ちゃんって、ほんと心が広いよねー。追放されてないあたしが赤城隊長叩いちゃったよ」

「千夏さんのやってくれたことはうれしかったです。あれで赤城隊長も考えを変えてくれたようですし」

「本当に赤城隊長があれで改心しているかな? そんな簡単に人は変わらない気がするけど」

 凜花の純粋な心は認めつつも、赤城への評価については疑問を呈する隼斗。

「竜に襲われた時の恐怖は相当なものだったと思います。あと一歩で命を落とすところでしたから。それだけの経験をすれば変わってもおかしくないのではないでしょうか」

 竜と戦った凜花としては、その恐ろしさは分かっているつもりだ。

 単に命を救われたといっても、直前まで大きな恐怖にさらされていたともなると、心への影響は決して小さなものにはならないと思う。

「確かに、凜花さんの扱いを別にしたらそこまで悪い人でもなかったし、これからはちゃんとしてくれるんじゃないかな」

「いや、他にも……、まあいいか」

 隼斗は樹になにか言おうとして途中でやめた。

 その表情は隼斗が時折見せる憂いを帯びたものだった。なにかしら引っかかるものがあるのではないだろうか。

 樹が人間関係で悩んでいたように、優秀な人でも苦悩することはあるものだ。

 隼斗の心を癒せる機会がめぐってきたら、それを逃すことなく力になってあげよう。

「ま、あたしたちが邪気の源を潰せば万事解決なんだよね。あれ? でも、その場合、褒賞金はどのぐらい出るんだろ?」

 千夏が素朴な疑問を発する。

「さすがに、すべての妖怪を退治したのと同じ額はもらえないと思いますが、それでも討伐部隊をやめて別の仕事を見つけるに当たって不自由することはまずないのでは」

 そこまで言ったところで、はたと思い出す。

 千夏は父親のための治療費を稼いでいるのだ。

「――千夏さんのお父様の治療費はいくらぐらいかかるんですか?」

「え? うーんと、二十万円ぐらいって聞いたかな。ものすごく珍しい薬が必要らしくて」

 『円』という通貨単位は異世界にもあるらしいが、そちらでの二十万円はそこまで大層な額ではない。

 しかし、こちらの世界では現在の雨宮隊全体の所持金とほぼ同額だ。

「みなさん、提案なのですが、今あるお金を全部、千夏さんのお父様の治療費に当てるというのはいかがでしょうか?」

 凜花の提案を聞いて声を荒らげたのは、他ならぬ千夏だった。

「いやいやいや! これまでもあたしだけ多く報酬もらってきたんだし、ましてや凜花ちゃんたちのお金まで使いきっちゃったらこの先どうすんの!」

 本人が遠慮するのは予想通り。

 肝心なのは隼斗と樹がどう言ってくれるかだ。

「千夏のお父さんを治すなら、まず千夏の実家に戻らないといけないだろ。宿代とかの資金が集まるまではそこを拠点に活動したらいいんじゃないか?」

「そうだよね。どのみち千夏ちゃんのお父さんのために使うんだから、病気が悪化しないように少しでも早く治療した方がいいよ」

 二人が賛成してくれるのも予想通り。

 あとは、彼らの言葉に千夏が納得してくれるかどうか。

「いやー、でも、さすがにねー。お医者さんも、多分急に悪化するような病気じゃないって言ってたし……」

 ここに凜花も畳みかける。

「『多分』であって『絶対』ではないですよね? 人の命は代えが利くものではありませんし、部下の身内から死者が出たりなんてしたら、聖女の名折れです」

 都合のいい時だけ聖女を名乗る、と思われただろうが、それで構わない。

 自分たちが少々不便な生活をするだけで、千夏の家族が救われる確率を一割でも五分でも上げられるなら本望だ。

 隼斗と樹にまで負担をかけることが申し訳なくはあるが、彼らが不満を持っていないことは確信している。

「よし。じゃあ、こうしよう」

 隼斗が名案を思いついたとばかりに、ぽんと手を打った。

「当分、千夏の食事はもやしだけにするっていうのはどうだ?」

 樹も笑みをこぼす。

「それはいいね。食いしん坊の千夏ちゃんにはかなりつらいんじゃない?」

 これなら千夏にとって大きな借りに見合うだけの負担だ。これに耐えながらであれば、罪悪感を覚えずに済むのではないか。

「うう……ありがとう……」

 涙ぐむ千夏だが、そこに隼斗は再確認をする。

「言っとくけど、本当にもやしだけだからな。覚悟しとけよ」

「うん……」

 後になって食事の貧しさで泣くことになりそうだが、とりあえず今は喜びに震えているようだ。

「まあ、雨宮隊の実力を以ってすればお金なんてまたすぐ稼げるし、僕らも大した苦労はしないよ。もやし生活がんばってね、千夏ちゃん」

 樹の言動は以前より明るくなった気がする。仲間との距離が縮んだおかげか。

「ところで、千夏さんのご実家はどちらに?」

 重要なことを聞き忘れていた。

「もっと南の方だね。ちょっと東に戻らないといけないし」

 千夏は落ち着きを取り戻して答える。

 南南東の方角か。

「せっかく話がまとまったんですし、千夏さんのご実家に寄っていくということでいいですよね?」

 誰も反対しないだろうが、一応尋ねておく。

「よく『親の顔が見たい』っていうし、会いにいくのも面白いだろうね」

 隼斗の冗談混じりの発言に千夏が反応。

「どういう意味だー!」

 千夏の明るさが戻ってくれて良かった。

 なにはともあれ、いったん南東の町に向かって、以前千夏の父を診断したという医者を呼び、そこから五人で南下した。

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