第20話「誇り」
異世界のドラゴンが妖怪化した存在を前に死を待つばかりだった赤城隊。それを救う者があった。
「赤城隊長! 助太刀します!」
元赤城隊隊員で、追放されたのち雨宮隊の隊長となった凜花だ。
妖喰刀の異名を持つ霊刀・月影が妖力を吸い取ることで竜の攻撃は防がれた。
凜花は刀を構えて赤城をかばうように竜の前に立つ。
「どういう……つもり……?」
息も切れ切れに問いかける赤城に対し、凜花はなんの打算もなく答えた。
「私は誰も死なせたくありません。もし動けたら隊員のみなさんを連れて逃げてください」
赤城にも部下を思う心はあったようで、法術の力で倒れている隊員を集めると、彼らを引きずりながらこの場を離れた。
「人間が……。たった一人で我に勝てるとでも……?」
おそらく異世界において偉大な生物だったのだろう。竜の言葉からは傲りというよりも誇りのようなものが感じられた。
悪行に及んでいるのは邪気に侵され妖怪化したためだ。
「勝てると思っている訳ではありません。ただ、戦わなければならないと思っているだけです。あなたを邪気から解放するためにも」
元に戻してやることはできない。だが、このままの状態で生きていても苦しむだけだ。
誇り高き竜にこれ以上の生き恥をさらさせないためにも、彼を倒す。
「我を救うと言うのか……。やってみるがいい……!」
竜が口を開くと無数の火球が放たれる。
かつてない妖力だ。
「くっ……」
妖喰刀で防御を試みるが、吸収しきれなかった炎が袖を焼いた。
「面白い刀だ……。我の妖力を吸ったか……。ならば、直接貴様の五体を引き裂くとしよう……」
竜はその爪で襲いかかってくる。
凜花は先ほども使った風の法術で身体を浮かせての高速移動を行い爪の一撃をかわす。
「月影!」
浮遊したまま竜に斬りかかるが、竜の翼が起こした風に吹き飛ばされた。
自分が生み出した風で体勢を整えて着地。
(さっき吸収した炎の妖力がある……。これを使えば――)
刀身に溜め込まれた妖力を自身の霊力に変換する。
「法術・火炎流!」
妖喰刀の刃から炎の渦を放つ。
吸収していた妖力が強大だったため、虫型の妖怪を一掃した時の威力を即座に出すことができた。
しかし、元は敵の妖力だ。再び竜が放った火球を受けて打ち消された。
「人間にしてはよくやった……。かつては我も貴様のような人間を背に乗せて空を駆けたものだ……。しかし、これで終わりにする」
竜の口に光が集まる。
直感的に分かる。炎を撒くより強力な一点への集中攻撃だ。
読み通り、一直線の光線を撃ち出してきた。
読みが当たっていても簡単には防げない。
妖喰刀で受けて光の妖力を吸収するが、光線は際限なく放たれ続ける。
凜花の刀がいかに万能といえども、吸収量には限界がある。
限界を迎えて刃が砕けるのが早いか、あるいは――。
「
「
竜の背後から二つの影が飛び出す。
隼斗と千夏だ。
二人の刃が竜の両翼を斬り裂いた。
完全に斬り落とすとまではいかなかったが、かなりの痛手を負わせた。
「法術・
竜の胴体には樹の術による光の縄が巻きつく。
三人の攻撃を受けて、竜が放ち続けていた光線は途切れた。
「凜花! 今だ!」
隼斗のさけびと同時に、凜花は光をまとった妖喰刀を手に跳躍する。
限界直前まで妖力を溜め込んだ妖喰刀の刃。これ以上の斬れ味を持つ刀は他にない。
(一撃で仕留めるには首を落とすしか――)
竜の頭に接近する凜花だったが、竜はその牙で食らいついてきた。
牙を通して妖力が身体に流れ込んでくる。刀と違って生身では敵の妖力を無効化することはできない。
「凜花ちゃん!」
千夏が悲鳴に似た声を上げる。
竜のアギトだ。このまま食いちぎられてもおかしくない。だが、凜花は死力を尽くして刀を振るった。
霊刀・月影の刃が竜の頭を斬り落とす。
力を失い落下していく竜の口から最期の言葉が発せられた。
「ようやく解放された……。感謝……するぞ……」
竜の身体が朽ちていくのと共に凜花の身体は地面に叩きつけられそうになったが、樹の術で霊気の台が作られそれが緩衝材となる。
固められた霊気は徐々に拡散していき、凜花の身体はゆっくりと地上に降りた。
傷を押さえながらもなんとか立つことはできる。
「凜花さん! 大丈夫!?」
自分の霊力は使い果たした凜花に樹が治癒術をかけてくれる。
「はい……。彼が生前から持っていた誇りに救われました……。彼自身が邪気に抗ってくれなければ、こんな傷では済まなかったはずです……」
牙から流れてきた妖力は邪気に染まりきっていなかった。
もし竜を妖怪化させるほどの邪気をすべて受けていれば、死ななかったとしても妖怪化以外の結果はなかったところだ。
最期の言葉といい、妖怪にも良心が全くないという訳ではないらしい。勝ち目がないにも関わらず邪悪な心と懸命に戦っているということか。
元よりなにかを憎むということはしない凜花だが、やはり妖怪という存在も憎むべきものではないのだと悟った。
誰かが悪いのではない。悪を懲らしめるのではなく、不幸な者を救うために刀を振るうのが討伐隊士の使命だ。
宿の一室にて。
脅威が去ったのち、赤城隊も戻ってきて傷の手当てを受けていた。
手当てといっても、樹が応急処置をして、凜花の霊力が回復したら一斉に治すという流れだ。
多くの住民は建物の修繕などをしている。
隊員の治療が終わった後、一番傷が軽かった赤城の番が回ってきた。
「ふん……。良かったわね、アタシに恩を売ることができて……。自分を追放した女を見返せるのは、さぞ気分がいいでしょうね……」
傷が治った赤城は吐き捨てるように言う。
「私は――」
恨んではいないと告げる前に、千夏が赤城に平手打ちをした。
「ふざけないで! 凜花ちゃんはあんたたちを助けにきたんだよ!?」
「…………」
赤城は頬を押さえながらうつむく。
屈辱を感じているようではある。かといって、恩を仇で返そうというほどこちらに敵意を向けている風でもない。
討伐隊士は、大なり小なり人々の救いとなりたいという志を持っているものだ。そうした心がなければ、そもそも霊力を発現させることすらできないだろう。
もしかしたら、敵を殺す力を追い求めた末に霊力を生み出す人間もいるかもしれないが、赤城がそんな人間でないことは知っている。長くはないなりに、部下として共に戦ってきたのだから。
「赤城隊長。今さら凜花を赤城隊に戻らせる気はありませんが、追放処分が間違いだったことぐらいは認めたらどうです?」
隼斗も赤城に反省を求めている。
「赤城隊長は言っていましたよね。『これからは女性も自ら道を切り開いていく時代だ』って。凜花さんこそ、それができている人だと思いませんか?」
樹も考えは同じのようだ。
赤城はしばし逡巡したのち、口を開く。
「確かに……、雨宮が役立たずということはなかったわ……」
「そんな程度!? 命の恩人に対して!?」
千夏はまだ不満があるようだが、つかみかかろうとするのを凜花が手で制した。
「いいんです。気持ちはもう伝わりましたから」
過ちを認めるのは誰しも恥ずかしいものだ。なにかしら言い訳をしたくなるのも分かる。
凜花は自分に頭を下げさせるつもりはない。これからの行動を改めてくれればそれで十分。
「今ので? 土下座して謝るとこでしょ」
「いずれにせよ、私たちは別の道を進むことになります。私に対するわだかまりを捨てる必要はありません。彼女は赤城隊、私は雨宮隊の隊長ですから」
凜花の居場所が他になかったら話は違った。
しかし、別々の隊を率いる身となったことは一つのめぐり合わせだろう。
部屋を後にする赤城に、短い激励の言葉を送る。
「ご武運を」
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