第19話「再会」

 祭りがあってから数日、情報収集と町周辺の妖怪退治に明け暮れた。

 精を出した甲斐あって、近辺の邪気は薄くなったし、有益な情報も得られた。

「やっぱり邪気が濃いのは西の方なんだな」

 隼斗が得られた情報を再確認。

 今は四人で先のことについて話し合っている。

「ここよりは西だけど、西の果てとも限らない……。これまで通り、少しずつ進んで情報を集めないといけないかな」

「方角が分かったなら十分でしょ。そのうち本丸に行き着くよ」

 やや難しい顔をしている樹に対し、千夏は楽観的。

 しかし、どちらの意見ももっともだ。

「ゆっくりと、でも確実に進んでいきましょう」

 こうなると、そろそろこの町ともお別れとなる。

 聖女が離れてしまうことを不安に思う人が現れるのは容易に想像できるが、こればかりは仕方ない。

 討伐部隊はいくつもあり、それぞれが各地を転々としているため、他に守ってくれる隊もあるだろう。


 宿を引き払い町から出る際、通りがかりの人から声をかけられた。

「聖女様! もう行ってしまわれるのですか?」

「はい。ですが安心してください。私たちは邪気の根源を絶つために進みます。いずれ妖怪がいない世界にしてみせますので、それまでお待ちいただければ」

「残念ではありますが、私たちごときが聖女様を引き留める訳にもいきませんよね……。聖女様たちなら必ず成功なさると信じております。どうかお元気で」

 思ったよりも明るく送り出してくれて良かった。

 彼らに頭を下げて町を後にした――が。

「あら? あなた――」

「あっ……!」

 町を出てすぐのところで見知った顔に出会う。

 凜花を追放した赤城隊だ。

 隊長の赤城は凜花を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに嫌みな表情を浮かべた。

「雨宮じゃない。うわさに聞いたけど、性懲りもなく討伐隊士をやっているそうね」

 赤城は、凜花に討伐隊士としての適性がないと判断したのだ。今も続けていると知って、あまりいい気はしまい。

「それにあなたたち、勝手に隊を抜けてどこへ行ったかと思えば、雨宮についていったの?」

 隼斗たちを見た赤城はさらに気色ばんだ様子。

 責めるような口調で言われたが、隼斗も反論する。

「赤城隊長も凜花を勝手に追放したでしょう。俺たちが抜けるのだって俺たちの勝手ですよ」

 千夏も続く。

「それに今の凜花ちゃんは隊長だからね! もう赤城隊長の下じゃないんだよ!」

 凜花に対する『隊長』という言葉を聞いて、赤城は笑い出した。

「あなたが隊長? やっていける訳ないでしょ。すぐ壊滅して妖怪のエサになるだけよ。悪いことは言わないから解散しなさい」

 これには樹も珍しくムッとした反応。

「雨宮隊は順調に戦果を上げています。そちらこそ凜花さんが抜けたあと前ほど戦果を上げられなくなっていると聞きましたけど」

 図星を突かれた赤城とその部下たちはこちらをきつくにらみつけてくるが、隼斗たちは怯まない。

 凜花は少し気後れしているが、雨宮隊は今の自分にとっての誇りだ。赤城たちに屈するつもりはない。

「ふん。そう言っていられるのも今のうちだけよ。ちょうど北西で他の隊が取り逃がした大物がこちらに向かってるって情報があるわ。アタシたちはそれを倒す。あなたたちがいなくてもこの隊には十分な戦力があるって証明してあげる」

 自慢げに語る赤城。

 好きにすればいい。妖怪を退治してくれてこちらが困ることはない。

「では、私たちは行きます」

 話していてもお互い気分が悪いだけなので、さっさと切り上げて旅立つことにした。



「いっそ赤城隊こそ壊滅すればいいのになー」

 西へと進む道中、千夏が空を見上げながら願い事のように言った。

「不謹慎なこと言うなよ。赤城隊長はともかく、部下にそこまでの罪はないだろ」

 隼斗も、凜花を追放した赤城本人は許していない。

 部下たちも凜花の追放に反対しなかった者たちなので、『そこまでの罪はない』という表現になっている。

「一番まずいのは赤城隊が負けて、民間人が妖怪の被害に遭うことだよね」

 心根の優しい樹にすら、彼女らは悪く言われており、少し哀れに思う。

 ただ、民間人の安全が第一だというのは同感だ。

 いくら主力の一部が抜けたとはいえ赤城隊はそれなりの経験を積んだ部隊。そうそう危険な事態にはならないだろうが――。

「……!」

「どしたの? 凜花ちゃん」

 町の辺りで急に妖気が出現した。北西から逃げた大物とやらは警戒しながら歩いてきたのだが、妖気を隠す――というよりほとんど消してしまえるような能力を持っているのか。

 あわてて町の方の気配を探る。

 幸い赤城隊は町にいるようだ。

「町のすぐそばに妖怪が現れたみたいです。おそらく赤城隊長が言っていた大物ではないでしょうか」

「ええ!? 町の近くで戦って大丈夫!?」

 千夏と同じ危惧を隼斗と樹も持っているようだ。

「大物ってのがどの程度か分からないけど、今の赤城隊が上手く町を守りながら戦えるかどうかは疑問だな」

「うん。戻った方がいいかも」

 既に町からはかなり離れてしまった。

 赤城隊の練度が隼斗たちの考えるほど低くないことを祈りながら道を引き返した。


「凜花ちゃん、戦況は!?」

 千夏の探知能力では、まだ町の様子は分からないらしい。

「赤城隊の霊気がどんどん弱まってます! 私たちが着くまで持つかどうか……」

 うかつだった。前に交戦した隊が取り逃がした理由を聞いておくべきだった。ここまでの妖力の持ち主が近づいているなら町に残ったものを。

 このままでは死者が出るかもしれない。真っ先に死ぬのは交戦している赤城隊の面々――。

「すみません! 私だけ先に行きます!」

 凜花は法術による風をまとって加速し一人で町へと飛んでいった。



「くっ……。妖怪風情がアタシに傷を……」

 部下が倒れた中、自身も深手を負ってフラフラの赤城。

 敵は竜の姿をしている。

 元々この世界に神のように存在している龍ではなく、異世界でドラゴンと呼ばれている生物が妖怪化したもののようだ。

 羽ばたいた際の風だけでも人を吹き飛ばしそうなほどの力を持っている。

 町の人々は外へ逃げているが、赤城隊にはもはや逃げる余裕すらない。

「愚かな人間が……」

 竜が赤城を見下ろしながら、口に炎の妖力を集め始める。

 火球として撃ち出された妖力を受け止めようと刀を構える赤城だが、力の差は歴然。

 赤城の命は風前の灯火だったが。

「――!」

 火球の弾道は逸れた。

 竜が狙いを外したのではない。

 妖力を吸収する能力が発動したのだ。

「あなた……」

「赤城隊長! 助太刀します!」

 雨宮凜花――妖喰刀の使い手だ。

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