第18話「祭り」

「あたし猫好きなんだけどなー」

 本日の討伐対象の妖怪は猫又。

 形は猫だが、図体が異常に大きい。

 今までに何人もの人間を食い殺してきたとのことだ。

「戦いにくくはありますね……」

 千夏同様、凜花も動物は好きなので、原形を留めていると斬るのがつらくなる。

 もっとも、人間が変化した鬼を斬って、元の姿に戻ったのを見ることが一番つらいが。

「これが終わったら祭りに行ける。苦しくても乗り越えよう」

 こういう時に隼斗はリーダーシップ――異世界語なので凜花以外には通じない――があって副隊長らしいと思う。

 巨大化しても失われていない俊敏さで凜花たちを翻弄する猫又だが、こちらも徐々に敵の動きを読めるようになってきた。

「いくぞ千夏!」

「了解!」

 隼斗と千夏が猫又を挟撃する。

 後方へ跳ぼうとした猫又だが、樹が作った光の壁に弾かれる。

 猫又は即座に体勢を立て直し凜花に飛びかかってくるが、真正面から来てくれれば問題ない。

「月影」

 猫又の牙を妖喰刀で受ける。

 じかに触れたことで、猫又の妖力は刀に吸い込まれていく。

 猫又が小型化していき、やがて普通の猫と変わらぬ大きさになって倒れた。

「倒せた!?」

 千夏が猫又の死体に駆け寄る。

「妖怪化が解けたって訳じゃないんだよね……」

 無残な姿にならなかったのはせめてもの救いだが、一匹の猫が死んでしまったことに変わりはない。

「一度妖怪化したら、妖力を失っても正常な動物に戻るんじゃなくて死ぬだけだからね……」

 樹も悲しげに目を伏せている。

 生物ではなく道具の場合などは再び使えないこともないが、やはり品質が劣化しており捨てられることが多い。

 邪気を根源から絶つのが最善の対処法だ。

「この猫を埋めてやったら町に戻ろう。帰る頃には祭りが始まってるかもしれない」

 隼斗がちょうどいい場所を見つけてくれたので、猫を埋葬してから来た道を戻っていった。


「おー、やってるねー」

 町の広場に着くと、その活気に千夏が声を上げる

 踊っている者もいるし、屋台の数も増えている。提灯などの明かりもつき、華やかに彩られている。

「これはなんの祭りですか?」

 隼斗が通りがかりの男性に尋ねてみる。

「別になにのって訳でもない。妖怪に食い殺されずに生きてこられたことを祝ってるんだよ。聖女様みたいな討伐隊士に感謝するって意味はあるか」

 男性の他にも凜花に気付いて何人かが近づいてきた。

「俺たちが平和に暮らせるのは聖女様のおかげです。どうぞ楽しんでいってください」

「大したことはできませんが、皆、心の中では聖女様へ感謝を捧げています。この祭りの主役は聖女様ですよ」

 またも特別扱いされそうになったので、先手を打っておく。

「私は隊のみなさんと一緒にこのお祭りを楽しみたいので、私への感謝ということでしたら今日は一般人と同じように扱っていただければ」

「聖女様――いえ、凜花様がそう望まれるのでしたら、お時間を取らせる訳にはまいりません。ご自由に見て回ってください」

 町の人たちは凜花の意思を尊重して立ち去っていった。

「それじゃあ、さっそく屋台を見て回ろうか」

 真っ先に千夏が歩き出し、凜花たちも後に続く。

「結構人が並んでるな。食べ物一つ買うにも時間がかかりそうだ。いっそのこと聖女の特権で優先的に買わせてもらった方がいいぐらいじゃないか?」

「そういう訳にはいきませんよ。並ぶことも含めて楽しみましょう」

 凜花は隼斗に答えた上で、樹に声をかける。

「樹さんはなにか食べたいものってありますか?」

 ちょうどこの前、仲を深めると決めたところだ。互いのことを知るいい機会だろう。

「んー。こういうお祭りだと、りんご飴とか食べたいかも」

「でしたら私が買ってきます」

「え? 悪いよそんな」

 自分に気を許してくれた樹のためになにかしてあげたいと思ったが遠慮されてしまった。

「それなら千夏に行かせよう。千夏なら使いっ走りにしても――あ」

「はいはい。行ってきますよー」

 隼斗と千夏。口ゲンカがさすがに多いという指摘を二人共思い出したらしく、今回は言い争わなかった。

 報酬面で優遇してもらっている引け目もあるからか、千夏は隼斗が言いかけたことに従うことにしたようだ。

 千夏と別れたあと、三人で祭りを見て回る。

「あっ」

「どうかした? 樹」

 樹の視線の先には『金魚すくい』の文字が。

「ああ。あれやってみたいのか」

「いやまあ、興味はあるけど、この歳になってやるものでもないかな」

「いやいや。樹ぐらいの歳でやるもんだろ。大人びてるのはいいけど、そんなに恥ずかしがらなくていいんじゃないか?」

 隼斗の意見には凜花も賛成だ。背伸びをしているというより、本当に精神年齢が高いのだろうが、樹はもっと子供らしい遊びに興じてもいいと思う。

 しばらく並んで順番が回ってきた。

「よっと……。あれ? こんなに簡単に破れちゃうんだ」

 なんでも器用にこなす樹のことだから、上手くすくえるかと思ったが意外と苦戦している。

「くっ……、難しいな……。千夏だったらこういうのは得意なんだろうけど」

 隼斗は負け惜しみのように千夏の名前を出す。本人がいないのをいいことに子供扱いしている。

「水圧を考えると斜めに入れた方がいいですね。あっ、一匹すくえました」

 やはりというべきか、凜花が一番に成果を上げた。

「すごいね凜花さん。水圧とかまで考えてやってるんだ」

「いえ、たまたまそういうのを習ったことがあっただけです。父が教育に力を入れてくれてましたから」

 樹も学がある方だが、年齢分程度には凜花がまさっていたか。

 このような遊びなら自慢になってしまう心配もないということで、凜花はその実力を存分に発揮することにした。

 結果、凜花が十匹、樹が二匹すくった。隼斗はというと一匹もすくえなかった。

「ま、まあ、俺は初めてだったからな。仕方ない」

 言い訳をしている隼斗は、どこか子供っぽくて可愛らしい。

「千夏には言わないでくれよ。あいつの性格からするとバカにするだろうし」

 そもそも千夏の金魚すくいの腕は分からないのだが、勝手に上手いことにされている。その方がかえってバカにされているようにも思えるが。

「んー? 呼んだー?」

 千夏が戻ってきた。

「なんだ、聞いてたのか?」

「いや? 名前が聞こえた気がしただけだけど?」

 本当に断片的にしか聞こえていなかったようで凜花も安心した。

「はい。りんご飴買ってきたよ。樹くん」

 千夏が樹にりんご飴を手渡す。

「ありがとう、千夏ちゃん」

 樹の千夏に対する呼び方がまだ面白いらしく、隼斗は隠れて笑いをかみ殺している。

「待ってる間はなにしてたの?」

「金魚すくいやってた。僕は上手くいかなかったんだけど、凜花さんが結構すくえてたよ」

「えー、金魚すくいなら、あたし得意だったのに」

 隼斗の予想通りだったようだ。

「ん? すくった金魚は?」

「旅に連れていく訳にもいかないので返してきました」

「ああ、そりゃそっか。あたしバカだから、一人だったら大量の金魚抱えて帰るとこだったよ」

 凜花の前で自嘲する千夏に隼斗がつっこむ。

「自分で認めてるんじゃないか」

「自分で言うのは良くても人に言われたら腹が立つの」

 それも道理か。

「それで、次はどこに行きましょう?」

 ケンカが始まらないうちにどこへ行きたいか尋ねることに。

「さっき千夏ちゃんがいない間に遊んでたし、千夏ちゃんの希望で決めていいんじゃないかな」

 りんご飴を舐める合間に樹の意見。

「よーし。じゃあ、輪投げ行こう」

 隼斗ではないが、凜花も千夏の趣味は子供っぽいと感じてしまう。樹と足して二で割ったらちょうど良さそうだ。

 親子連れの中に混ざって今度は輪投げ。

 千夏は自分が提案しただけあって好成績。凜花も千夏に次ぐ。樹は普通。

 隼斗はまたしてもダメだった。

「あれ? 俺、ひょっとしてこういうの向いてない?」

「へへーん。あたしが隼斗に勝ってることもあるんだからね!」

 案の定千夏は自慢げだが、隼斗を貶めるような言い方はしないでくれてホッとした。

 むしろ、勝っていること『も』あるというぐらいだから、普段隼斗の方が優秀なのは認めているのだろう。

「次はどうするー? なんでもいいなら射的行くよ」

 誰も反対しなかったので千夏の希望通り射的へ。

「ちょっと、お嬢ちゃん。そんなに身を乗り出されちゃ……」

 今回はそれほど自信がなかったのか、無理やり景品に近づこうとしておじさんから注意されてしまう千夏。

 そういえば千夏は戦闘でも太刀で直接斬るのが中心で、遠距離へ霊気を飛ばすのは得意ではなさそうだった。

 ここで使われている銃というのは、異世界から伝わった武器――ここにあるのはおもちゃ――だ。霊気ではなく鉛の弾を撃ち出して遠距離に攻撃できる。

 その弾はかなりの速度で飛ぶので、一見刀剣などより強そうだが、さほど普及していない。

 理由は、単なる鉛の弾は霊気で張った結界に阻まれれば簡単に消滅してしまうから。

 弾丸に霊気を込めれば強そうだが、そうすると弾速が落ちて総合力で刀とあまり変わらない性能になってしまう。

 結局、この世界の住人が使い続けてきた刀や剣が威力を発揮している。凜花の妖喰刀のような能力があるものは特に。

 逆に、異世界のうち霊力を持たない人間ばかりが暮らしているところでは主要な武器として使われているらしい。

「子供はこの線まで近づいていいよ」

 千夏とは対照的なことを言われている樹は首を横に振った。

「僕はこれでも討伐隊士です。一般の子供のように甘やかしていただく必要はありません」

 気を悪くしたというよりは、討伐隊士としての矜持を示しているようだ。

 それは凜花が一般の女性として守られることを良しとしないのと似ている。

 隼斗と千夏も志はきっと同じだ。

 結果、樹は成人と同じ距離から撃っても一つお菓子の箱を倒すことができた。

 金魚と違い、お菓子なら食べてから出発すればいいのでもらっておく。

 成績は凜花・樹・隼斗・千夏の順位になった。凜花は一発も外していない。

「はー。やっぱり聖女様は何をやってもすごいんだねー」

 店番の人も目を丸くしている。

「凜花って苦手なことはないの?」

 隼斗の問いかけにすぐ答えようとするが。

「はい。いくらでも――」

 具体例を挙げようとしたところで言葉に詰まる。

「凜花ちゃん?」

 千夏も顔を見つめてくる。

「苦手なことは……確か……」

 よくよく思い返してみると、能力が足りずに困った記憶が出てこない。

 家事は一通りこなせた。刀で妖怪も斬れる。遠距離へ霊気を放つ精度も高い。邪気を浄化することもできる。遊戯の類いも輪投げで千夏に負けた程度。聖女と呼ばれるだけに人望もある。おまけに妖力を吸い取る特殊能力まで持っている。

「凜花さんって欠点ないよね?」

「人として完璧じゃないか」

 樹と隼斗の称賛はありがたいが、そこまでのものだろうか。

「でも、私は赤城隊長に追放されて……」

 そう。所詮追放された者だ。完璧であるはずはない。

「どー考えても赤城隊長に見る目がなかっただけだと思うけどなー」

 千夏も他の二人と同意見だった。

「あ、明日までに考えておきます」

「考えなくていいから」

 隼斗につっこまれてしまった。

 そんな話をしていると、ドンという音と共に空が明るく照らされた。

 花火が打ち上げられたようだ。

 祭りも終わりが近い。

「綺麗ですね……」

 気付いたら月並みな感想がこぼれていた。

「ああ。俺たちが町を守れてるからこそ見られるんだよな」

「そうだね。邪気を完全に消すことができたら、もっと盛大にやってくれるよね」

「うん。そう思ったら、これからもがんばろうって気力が湧いてくるよ」

 隼斗も千夏も樹も凜花と同じ気持ちでいてくれている。

 元より皆、固い意志を持っていたが、それを再確認できるという点でもこのような祭りは有意義なものだ。『妖怪から守ってくれている討伐隊士に感謝する』という趣旨はきっちり果たされている。


 久々に心の休まる時間を過ごせた。普段から皆に良い扱いをしてもらっているので、さほど苦しい思いはしていなかったが、戦いではなく遊びに熱中するのは楽しいものだ。

 祭りの翌日以降は宿に空き部屋ができたが、新たに部屋を取ることはしなかった。

 雨宮隊は、妖怪討伐部隊であると同時に、もはや家族のようなものという認識だ。

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