第17話「雨宮隊の朝」

 日が昇り始めた頃。

 そろそろ起きなければならないのだが、やはり布団の中は心地良い。

 今日はなんだかいつも以上に温かい気がする。

 特に左半身などは湯たんぽでも置いているかのような感覚だ。

「う……ん……」

(……?)

 すぐ隣から声が聞こえた。

 大人の男性の声ではない。女性の声とも少し違う。声変わりする前の少年の声か。

(えっ……!?)

 一人で寝ていたのに隣に人がいる不自然さに驚いて飛び起きる凜花。

 めくれた掛け布団の中からは丸くなった樹の姿が。

「い、樹さん?」

 いつの間にか樹が凜花の布団にもぐり込んでいた。

「ふあ……。おはよう」

 樹も目を覚ましたようだ。

「どうしたんですか? なにかありましたか?」

 樹が自分の布団で寝ていられない事態が発生したのかと心配したが、そうではなかった。

「なにもないよ? ただ一緒に寝たかったから」

「あ……」

 昨日、凜花が言ったことをさっそく実行してくれたのだ。

 なんの遠慮もなく勝手に布団に入ってきたというのは、凜花の約束を信じてくれたからこそだろう。

 部屋が明るくなってきたこともあり、隼斗と千夏も起き出した。

「んー、あれ? 樹くん、凜花ちゃんと寝てたの?」

「うん」

「なんでまた。樹の上、雨漏りでもした?」

「そんなことはないけど、凜花さんのそばって安心するから……」

 千夏と隼斗の疑問に答えてはにかむ樹。

「そっかー。なんだかんだいって、樹くんもまだ子供なんだね」

 千夏は霊力の高さで樹に負けている。樹の子供らしい一面を見て気が楽になったようだ。

「子供はいいよなー。俺だって凜花と一緒に寝たいのに」

 軽くすねたような口調の隼斗に凜花は平然と返す。

「私などで良ければ構いませんけど」

 凜花の落ち着きっぷりに、隼斗の方が呆れた様子になる。

「いや、もっと警戒しようよ。何されるか分からないんだよ?」

 ここまで共に戦ってきた気心の知れている仲間だ。なにも不安な要素は感じない。

 それに。

「今の私は隊長ですから。隊員を信じることより自分の保身を優先するようではいけないと思うんです」

 千夏は大丈夫なのに自分だけ心配されていた理由はよく分かっていなかったが、凜花もいい歳。性的な問題が起こる危険について言っていることぐらいは理解している。

 女性であれば最優先で警戒する問題であることも。

 しかし、凜花は自身が女性である前に、隊員を預かる隊長であると認識していた。

 部下の安全に比べれば、自分の安全など二の次だ。

 しいていえば、千夏が襲われないかの心配をすべきだろうが、彼女もまた自身より凜花の方を優先するに違いない。

 何より大人の男性が隼斗しかいない状況を危険視する必要性を全く感じない。

「さすが聖女様の心は穢れを知らないな」

 隼斗は嫌味を言うような性格ではない。本心から褒めてくれているのだろう。

 清らかな心の持ち主と評価されて悪い気はしない。

「いーなー凜花ちゃんばっかりモテて」

 今度は千夏が不平のらしきものをこぼす。これも本気で嫉妬している訳ではないだろうが。

「千夏はそういうタチじゃないだろ? 多分昔から男友達の中に混ざってたんじゃないか?」

「なーんーだーとー」

 千夏は隼斗とにらみ合いながらも否定はしない。

 確かに、子供の頃の千夏が男友達と同じ部屋で雑魚寝している様は容易に想像できる。

「じゃーいいもん。あたしも凜花ちゃんと寝るから」

 千夏が抱きついてきた。

「ちょっ、中森さん。間に僕もいるんだけど……」

「ああ、ごめんごめん」

 二人に挟まれて苦しそうにしていた樹を解放する千夏。

「三人同じ布団には入れないか。じゃあ、寝る位置を変えよう。凜花ちゃんが真ん中で左右にあたしと樹くん」

「俺は?」

 千夏の提案に隼斗が疑問を投げる。

「適当に端っこの方にいれば?」

 先ほどの発言を根に持っているのか、冷たい物言いだ。

「そういうことでしたら」

 凜花は布団の配置を変えて、三つ並べた布団の頭側にくっつくよう残り一枚の布団を敷いた。

「頭の上で良ければ隼斗さんもそばで寝ていただければ」

「凜花は優しいなぁ」

 さすがに泣いてはいないと思うが隼斗は目頭の辺りに手を添えている。

 隊長というだけあって、寝る時も凜花が皆の中心にいることとなった。

「そういえば樹くんはなんで急に凜花ちゃんと寝ることにしたの?」

 千夏は樹に尋ねたようだが、凜花が代わりに昨日の出来事をかいつまんで話した。

 自分が樹を無条件に受け入れる存在になると決めたと。

「樹くんも色々悩んでたんだ。頭のいい子って余計悩みやすいから大変だよね」

「千夏は頭悪くて良かったな」

「うらやましいんだ? 残念だったね、中途半端に頭良くて」

 千夏は隼斗の憎まれ口に対する返しを少し変えたようだ。

 隼斗は千夏との口ゲンカを続ける気はないらしく、樹の方へ顔を向けた。

「それにしても、距離を縮めたいなら、俺のことは『隼斗くん』とかでいいよ。『神谷さん』ってなんかよそよそしいし」

「だったら、あたしは『千夏ちゃん』でいいよー」

「『ちゃん』なんて柄か?」

「うっさいなー」

 今日は特に隼斗と千夏の口ゲンカが多い気がする。

 これが樹にはうらやましく思えたのだろうが、わざわざ真似することでもない。

「そっか……。じゃあ、よろしくね、隼斗くん、千夏ちゃん」

 名前の呼び方一つでも親近感が違う。樹はうれしそうだ。

「ふっ……、千夏……ちゃん……か……」

 隼斗は笑いを堪えている。

「あたしが名前呼ばれる度に笑ってたら、笑いすぎて死ぬよ?」

「あの、隼斗さんと千夏さん、このやり取り少し減らせませんか……?」

 本気でケンカをしているのではないことは分かっているが、だんだん多すぎる気がしてきた。

「ごめんごめん。見てる方からしたら気分悪いよね。あたしと隼斗、仲が悪い訳じゃないから」

「俺もちょっと自重するよ」

 分かってくれて良かった。

 千夏は話を樹のことに戻す。

「よく考えたら、樹くんも凜花ちゃんのことは最初から下の名前で呼んでたよね? やっぱり聖女様らしい包容力があるからかな?」

「言われてみれば……。うん。初めて会った時から凜花さんは特別だったみたい」

 特別優れた女性として扱われるのは苦手だが、誰かにとっての特別な人になれるのは喜ばしいことだ。

「それで、今日はどうする? 確か、聞いた話では今日の夜に祭りがあるってことだったけど」

 隼斗に言われて、宿の部屋がここしか空いていなかった理由を思い出す。

 どんな祭りかは知らないが、息抜きにはちょうどいいだろう。

「では、昼のうちに仕事を終えて、お祭りにも参加してみましょう」

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