第16話「友達」

 今のところ拠点の町は移さずに活動を続けている。

 まずは最低限、邪気が濃くなっている方角が分かってから出発するつもりだ。

 妖怪退治の他、町の人々の困りごとに対処することも仕事にしているのだが、今日は変わった依頼を受けることになった。

「妖怪ではなく動物の捕獲ですか」

 依頼主の男性に凜花が聞き返す。

「はい。飼っていた馬が逃げ出してしまいまして。私たちの足ではなかなか追いつけませんので、不躾ながら聖女様のお力をお借りしたいと考えた次第でございます」

 相変わらず町の人の凜花に対する態度は恭しい。

 聖女という呼び名にもそろそろ慣れてきた。

「逃げた方角は分かってるの?」

 千夏の問いに、男性はうなずく。

「北の方へ行ったのは間違いありません」

「方角さえ分かってるなら、凜花の探知能力で見つけるのはそう難しくないね。さっそく行こうか?」

 隼斗に尋ねられて、凜花は少々思案してから答える。

「普通の動物が対象なら四人がかりで向かうほどではないような気がします。妖怪のように斬る訳にはいきませんし、私と樹さんだけでいいのではないでしょうか?」

「確かにそうだね。特に千夏なんて生け捕りにはなんの役にも立たないだろうし」

 納得した様子の隼斗に千夏も言い返す。

「今回は隼斗もいらないって言われてるんだからね! 隼斗もあたしと同類だよ!」

 自分が役立たずだという点は否定しなくていいのか、と内心でつっこみつつ樹にも尋ねる。

「樹さんも大丈夫でしょうか? 樹さんの法術なら馬を傷つけずに捕えられると思うのですが」

「う、うん。できると思う。僕でも役に立てるなら一緒に行くよ」

 これで大体の役割分担は決まった。

「じゃあ、俺と千夏が普通に妖怪退治にいくってことでいいよな」

「この隊で器用なのは凜花ちゃんと樹くんだけだもんねー」

「俺だけ巻き添えにできればそれでいいのか」

 軽口を叩き合う隼斗と千夏と別れて、樹と共に町を出る。


 野道を歩きながら樹と話す。

「そういえば、樹さんと二人だけで行動するのって初めてでしょうか?」

「そんな気がするね。……一緒にいるのが僕だけじゃ退屈かな?」

 急に自虐的なことを言われて戸惑った。

「え? いえ、そんなことはないですけど」

 考えてみれば、凜花は彼のことをよく知らない。

 樹は凜花より早く赤城隊に所属していた。聞くところによると、最年少で討伐隊士となった天才少年だということだった。

 しかし、趣味や食べ物の好みなど、能力と無関係なことは聞いていなかったはずだ。

「僕は神谷さんや中森さんみたいに面白い話もできないし、みんなから見たらただの子供だろうし……。僕なんかじゃ……」

 使える者の限られる霊力を発現させることができ、幼くして妖怪と戦えている彼がただの子供というのは無理があるが、本人にはなにか悩みがあるのだろう。

 むしろ、この歳で討伐部隊に入ってなにも悩まずにいられる方がおかしいともいえる。

 樹の心に対する配慮が欠けていたことを今になって恥じることになった。

「樹さんは、自分が天才少年と呼ばれてることは知ってますよね?」

「……ん。まあ、聞いたことはあるかな……。でも、実際はそんな大したものじゃないよ」

「私も聖女って呼ばれますけど正直実感はないです。私たち似た者同士なんじゃないでしょうか?」

 自分と似ていることがどこまで救いになるか分からないが、仲間たちに対して引け目を感じなくていいということは伝わるのではないだろうか。

「僕が凜花さんと……」

 樹は一瞬ハッと目を見開いたが、また伏せてしまった。

「僕はさ……、天才って言ってもらえることはあっても、友達はいなかったんだ……。同年代の子供とはなんだか話が合わないし、討伐部隊に入っても大人からは対等に見てもらえないし」

 言わんとしていることは分かる。

 樹の頭脳を考えれば、普通の子供の遊びは幼稚すぎるだろうし、かといって本物の大人からすれば子供には違いない。

「でも、隼斗さんと千夏さんと一緒に私の家に来てくれましたよね? 歳は離れていても友達はいるといってもいいんじゃないですか?」

「確かに神谷さんも中森さんもよくしてくれてるけど、あの二人に比べると僕だけ距離があるような……」

「隼斗さんと千夏さんはお互いを雑に扱うぐらい距離は近いですね。ただ、大切に扱っていてかつ仲もいいっていう例はいくらでもあると思いますよ」

 凜花自身、聖女などと呼ばれたら親近感は持ってもらえていない気分になっていたが、改めて自分たちを客観視したら丁重な扱いを悪いものと見なす必要もないように思える。

「そう……だね。壁を作ってたのは僕の方かも。そう分かってても人付き合いに苦手意識があって、自分の性格ってなかなか変えられないし……」

 同年代の子供と打ち解けられない気持ちは分かる。自分は別に天才と呼ばれてなどいなかったが、他の子供が興味を持つ遊びについていけない部分はあった。

 かといって大人となら話が弾んだということもない。

 自分が恵まれていた点といえば、無条件に愛情を注いでくれる父の存在。

「そういうことでしたら、私は樹さんからなにをされても嫌がらないと宣言します。微妙な距離を測ったりしなくても、私に対してはなんの遠慮も必要ありません」

 逆の立場を考えてみた。

 もしも、相手がここまで明言してくれていたら、安心して接することができるのではないだろうかと。それこそ凜花にとっての父のように。

「本当になにも……?」

「はい。約束します。今後どんな理由であれ私が樹さんに怒ったりしたら、それは約束を破った私の非です」

 凜花の宣言を聞いた樹は、目を丸くしながらもおずおずと尋ねてきた。

「僕のこと信用して言ってくれてるんだろうけど、僕がそんなにまともな人間じゃない可能性だってあるよ?」

「言い出したのは私です。責任は私が持ちます。樹さんの好きな形で距離を詰めてください」

 なにか不都合があったとき、信じていたのに裏切られたと言うのは容易い。しかし、そう口にすることこそが本当の裏切りではないか。

 信じると誓ったなら、それを覆すべきではない。

「僕が凜花さんからお金を盗むみたいな明らかに悪いことをしたらどうするの?」

「それでも樹さんを責めることはしません。他の方から盗んだとしても私が謝罪にいきます」

「そ、そこまで言ってくれるなら……」

 凜花が本気だと理解してくれたらしく、樹は顔をほころばせた。

 少しでも彼の心の支えになれたなら何よりだ。

「私一人では物足りないかもしれませんが……」

 むしろ凜花はこの心配をしている。

「とんでもないよ! 凜花さんからそこまでしてもらえるなら十分すぎるほどだし、それに凜花さんとうまくやれたら神谷さんと中森さんとももっと仲良くなれる気がする」

「なら大丈夫ですね」

 凜花は樹に微笑みかけた。

 自分では意識していないことだが、これが世間の人々から聖女の微笑みと称されるものだ。


「依頼されていたのはあれですね」

 樹の悩みに解決策を提示して話がまとまった後、さらにしばらく歩いたら三頭の馬が見つかった。

 依頼主から聞いた数と一致している。バラバラの場所にいなくて助かった。これならすぐに仕事が終わる。

「一度に三頭とも捕まえられるかな? 僕と凜花さんで一頭ずつ捕まえたとしたら、残りの一頭が逃げ出しそうだけど……」

 樹の懸念ももっともだが、捕獲対象が三頭に対し、二人だけでやってきたのはなにも考えていなかったからではない。

「樹さんは普通に一頭の動きを封じてください。私が二頭捕まえます」

「えっ、そんなことできるの?」

「はい」

 凜花が己の力を過信しているはずはないと知っている樹は、指示に従い術を発動した。

「法術・光輪縛こうりんばく

 馬の胴体が光の輪に締めつけられる。

 直接脚には術をかけていないが、これで全身の動きを奪える。高度な術式だからこその効果だ。

「法術・封輪枷ほうりんか

 凜花が発動したのは、通常人間の両手首と両足首の霊気の輪をつけて拘束する術。輪の数は四つである――大半の術者が使う場合は。

 残り二頭の馬は、すべての脚に枷をつけられ動きを止めた。

 凜花の術では、八つの輪が発生したのだ。

「すごい……、こんな術どうやって……」

 本人も一流の術者だけに驚きを隠せない様子の樹に、凜花は自身の能力を解説する。

「刀の能力と法術はある程度並行して発動できますよね。あらかじめ刀に術の霊気を吸収させておいたんです」

 樹にはこれだけ言えば分かるだろう。

 同じ術ではあるが、刀から放つものと自身が直接放つもので二倍の効力を発揮させたのだ。

 つくづく便利な刀だと思う。

 馬たちをなだめた凜花たちは、術を少しだけ緩めてゆっくり歩かせながら町まで戻った。


「あっ、凜花ちゃんたち無事に仕事終わったんだ」

 町の厩舎に馬を戻して出てくると、千夏が声をかけてきた。隼斗も一緒だ。

 彼らの妖怪退治も終わっていたらしい。

「馬三頭に術者二人じゃ足りないんじゃないかって心配してたんだけど、さすが凜花ちゃんたちだね」

「それは俺が言って初めて気付いたんだろ。それまでなんの心配もしてなかったじゃないか」

「別に自分で気付いたなんて言ってないもんねー」

 こうした千夏と隼斗のやり取りは、確かに気が置けない仲だと感じさせる。樹がうらやむのも無理はない。

 しかし、これからは樹にも単なる友達ではなく気が置けない友達ができる予定だ。

「あれ? 樹くん、なにかいいことあった?」

「ん、ちょっとね。分かる?」

 千夏に対して照れながら答える樹。

「千夏にも分かるぐらいだから相当うれしそうだよ」

「そうそう、あたしにも分かるぐらい――って、あたしは鈍感ってこと!?」

 ケンカするほど仲がいいとはいうが、凜花は自分と樹がどういう仲になれるか楽しみにしていた。

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