第15話「妖怪の心」

 凜花を聖女扱いする町の人たちの協力も得て情報を集めつつ妖怪退治に勤しむ日々。

 今朝は、ここのところ町の北にある森で子供が神隠しにあっているという話を耳にした。

 妖怪の仕業と見ていいだろう。

 雨宮隊は、子供を連れ去っている妖怪を討伐すべく町を出た。


 町を出る際、凜花たち同様霊力を持っている一団に出くわした。

 最近、この町に来た妖怪討伐部隊だ。

「君たちは雨宮隊だね?」

 隊長と思われる青年が声をかけてくる。

「はい。私たちのことをご存じなのですか?」

 新しい討伐部隊が来たことはこちらも聞いていたが、顔を合わせるのはこれが初めてのはず。

「ああ。この町にきた途端、今、聖女様が率いる部隊がここに駐在しているって自慢されたからね。霊気の強さからして君のことに違いないだろう?」

「えっと……、そう言われると恐縮なのですが、一応聖女と呼んでいただいています」

 凜花は少々恥ずかしく感じながらも、呼ばれ方については認める。

「結成間もない隊なのに、厄介な妖怪を何体も倒しているとか」

「そうそう、凜花ちゃんはすごいんだよ! 雨宮隊になってから、妖怪に苦戦らしい苦戦はしたことないんだから!」

 向こうの隊長に対して、千夏は誇らしげに話す。

「そういえば、こちらは名乗ってなかったね。真崎まさき隊隊長の真崎弘人ひろとだ。神隠しの件で北に向かうところだが、よかったら一緒に行くかい?」

「あ、こちらこそ申し遅れました。雨宮凜花です。敵の居場所も分からないですし、人手は多い方がいいと思います。ご一緒させてください」

 相手が礼儀正しく自己紹介をしてきたので、凜花も改めて名乗った。

「俺は副隊長の神谷隼斗。そこの騒がしいのが中森千夏で、後ろで大人しくしてるのが篠塚樹ね」

 隼斗が残り全員分まとめて紹介する。

「ちょっと! 騒がしいってなに!?」

 さらに騒ごうとする千夏の相手はせずに、一行は森に向かった。


 道中。

「君たちは元赤城隊なんだっけ? 少し前に俺たちも共闘させてもらったよ」

 真崎弘人が、古巣の話題を出す。

「はい。みなさん元気にしていらっしゃったでしょうか?」

 凜花としては、仲間だった者たちの安否が気にかかっていた。

 妖怪と戦っているからには、ケガをすることは日常茶飯事だし、最悪死ぬこともある。せめて無事でいてくれればいいが。

「元気といえば元気だったかな。大きなケガをした人はいなかったし。ただ、隊全体の動きにはキレがなかった気がする。あと、隊長の機嫌が悪そうだった」

「ああ。それは俺たちが抜けたからだね」

 隼斗は『やっぱり』といった表情だ。

「あたしたち置き手紙だけして勝手に抜けてきたからねー。まあ、凜花ちゃんを勝手に追放した仕返しだけど」

「動きにキレがないのは、それだけ凜花さんの働きが隊を支えていた証拠だね。一緒に戦ってた時は十分な戦果を上げられてたんだし」

 千夏と樹も、今の赤城隊の様子を予想していたようだ。

「それはちょっと申し訳ないことを……」

「だーかーら。凜花ちゃんが悪いんじゃなくて、赤城隊長がバカだったんだって!」

 なにかと自分を責めてしまいがちな凜花を千夏が励ます。

 討伐部隊の隊長がすべての人事権を持つということは、同時に適切な隊の運営をこなす義務があるということでもある。優秀な人材を逃して隊の総力が下がったなら、それは隊長の責任だ。

 成果を上げられなくなったのは自業自得。ひとまず無事でいるなら十分といえよう。



 森に着いて、まずは皆で辺りの気配を探ってみた。

「妖気があるのは間違いないけど、分散してて妖怪の本体がどこか分かりにくいね。二手に分かれるか」

 弘人の提案に凜花たちも同意する。

「では、これを」

 凜花は弘人に小さい筒状の道具を渡す。

「これは?」

「私が霊気を込めたもので、さらに霊気を加えると上に飛んで爆発します。妖怪を見つけたら、これで合図を送ってくだされば」

「ほう。聖女様は戦いだけでなく、邪気の浄化やケガの治療までなんでもできるって聞いたけど、こんなものも作れるのか」

 言われてみると、自分は器用な方なのだろうか。どちらかというと不器用な人間のつもりでいたが。


 真崎隊と別れて森の中を探索。

「こうなってくると、あたしたちも凜花ちゃんのこと聖女様って呼んだ方がいいのかなー?」

 辺りを見回しながら千夏が冗談っぽく言う。

「いえ、せめてみなさんだけは普通に呼んでほしいです……」

 もちろん自分に敬意を持ってくれている人を悪く言うつもりはないのだが、自然体で接してくれる仲間はいてほしい。

「でも、今は隊長になったんだし、雨宮隊長って呼ぶのが普通のような気もするね」

 隼斗の言う通り、多くの隊で隊長は苗字に隊長をつけて呼ぶのが通例となっている。

「赤城隊にいた時は私の方が後輩でしたし、それと相殺するということで……」

 妙な相殺の仕方だが、樹は分かってくれたようだった。

「うん。僕としては凜花さんのこと、名前で呼ばせてもらえた方がうれしいかな」

 あとの二人もさほど違った考えを持っている訳ではなかった。

「あたしそもそも、他人行儀なのは好きじゃないし、さっきのは冗談だよ」

「他の隊よりも隊長と隊員の距離が近いってのは面白いかな。俺たちだけ特別って感じがするし」

 などと、凜花に対する呼び名をなんだかんだ言っていると、東の空が赤く照らされた。

 太陽の光ではない。

 凜花が作った霊道具れいどうぐの爆発だ。

「向こうに出たか!」

「行ってみましょう!」

 隼斗が真っ先に駆け出したので、凜花たちも続いた。


「くっ……、攻撃が当たらん!」

 真崎隊と妖怪が交戦している現場に着くと、弘人たちは劣勢のようだった。

 敵の妖怪は白い布のような姿をしており、ヒラヒラと宙を舞っている。

 確かに剣で斬るのは難しそうだ。

「あの妖怪は……」

一反木綿いったんもめんですね。雲外鏡と同様、無生物が妖怪化したものだと思います」

 太刀を構える千夏に答えて、凜花自身も抜刀する。

 千夏と隼斗は、真崎隊の隊員と同じように霊気の刃を飛ばすが、当たったように見えても布を押しのけるだけで切断するには至らない。

「法術・炎弾えんだん

 樹は術による火の玉を上空に飛ばしてみる。

 これに当たるのは危険と判断したのか、一反木綿は加速して地上に近づいてきた。

「よし! 剣を直接当てれば斬れるはずだ!」

 隼斗の剣は『斬鉄剣』の異名を持つ。霊気の刃を放つだけでも相当な威力だが、刀身で直接触れるときに真価を発揮する。

 接近しようとする隼斗だったが、一反木綿はその横を通り抜けていった。

「えっ!? こっちに――」

 こちらの不意を突いた一反木綿は千夏の顔に巻きつく。

 妖力を飛ばすような攻撃をしてこないようだったが、これが攻撃方法か。

「んー! んー!」

 苦しそうな声を漏らしながら顔を必死にかきむしる千夏。

「まずい! このままでは窒息死するぞ!」

「顔も切れるかもしれんがやむを得ん!」

 真崎隊の隊員は刀を手に千夏の方へ向かうが、凜花はそれを制止する。

「待ってください! ここは私がなんとか……!」

 味方を制止した以上、自分が千夏を救わなければならない。

 凜花は自らの得物、『妖喰刀』の異名を持つ霊刀・月影のみねを、一反木綿が巻きついた千夏の顔に押し当てる。

 白い布から妖しい光の粒が出てきて刀身に吸収されていく。

 妖力を吸い尽くされそうになった一反木綿は千夏を解放して飛び去ろうとするが――。

「法術・風陣ふうじん!」

 樹の術による風で押し戻される。

「これで終わりだ!」

 動きの鈍った一反木綿を、今度こそ隼斗の刃が斬り捨てる。

 妖怪としての邪気を失った一反木綿は、正真正銘ただの布になった。

「はあ……、死ぬかと思った……」

 九死に一生を得た千夏は、新鮮な森の空気を思う存分吸い込んでいる。

 真崎隊の隊員たちは、雨宮隊の戦いを見て感心している。

「これが聖女を頭とした雨宮隊か。大したものだ」

「ああ。太刀使いの女はなにもしてなかったが……」

「ちょっと、聞こえてるよ!?」

 一人だけ役立たず扱いされて腹を立てている千夏。おとりとして役立ってくれたということにしておこう。

「さらわれた子供たちは――」

 隼斗が周囲を見回す。

 近くにある洞窟から人の気配がした。

 中に入ってみると、数人の子供が眠っている。

 誰も死んではいないようだ。

「良かった。間に合ったんですね」

 子供たちが無事で、胸をなで下ろす凜花。

「でも、なんで一反木綿はすぐに子供たちを食べたり魂を奪ったりしなかったんだろう?」

 千夏は頭に疑問符を浮かべている。

 妖怪の性質を考えたら当然の疑問だ。

「邪気に侵された妖怪は悪しき心を持ってしまいますが、その行動は一律ではありません。一反木綿は子供をそばに置くことで空虚な心を埋めていたのではないでしょうか」

「せっかく心を持っても、妖怪としてじゃ空虚なままか……。悲しいね……」

 妖怪を倒し子供を救い出したが、凜花も千夏も浮かない顔をしている。

 道具が心を持つというのは夢のある話のようだが、与えられるのが悪心だけとは皮肉なことだ。

「人間が大事に使い続けた道具なら、人間を愛する心を持っても良さそうなのに……」

 樹もやはり同じことを考えている。皆、気持ちは同じなのだろう。

「そうですね。ただ、一反木綿が子供たちを殺さなかったのは邪気に対するささやかな抵抗だったのかもしれません」

 邪気に侵されたことで生まれた心に善良な部分があるかは分からない。しかし、凜花としては、少しは前向きに捉えたいという思いもあった。

 隼斗もそれを否定しない。

「そういう考え方もあるか。だったらこれ以上邪気に侵される人や道具が生まれないよう、早く発生源を叩かないと」

 妖怪と和解する手段が存在しないことは、今までの歴史からほぼ間違いのない事実として分かってしまっている。殺さずに邪気だけ取り除くことはできないのだ。

 戦いを終えた凜花たちは、真崎隊と共に子供たちを抱きかかえて町へ戻った。

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