第14話「治療」

 翌朝。

 まずは町を見て回りつつ情報収集をすることにした。

 凜花の実家があった町よりにぎやかで活気がある印象だ。

 いくつもの露店が並んでおり、ちょっとした食べ物や小物などを売っている。

 なにか食べておこうか、などと考えていると、周りから声が聞こえてきた。

「間違いない。あの人だ」

「ああ。確かに聖女様とお呼びするにふさわしい霊気と美しさだな」

 小声で話しているが、別に悪口を言っている訳ではない。むしろ、この上なく好意的だ。

 霊力が上がり、容姿も以前より華やかになったというなら、実際に戦う姿を見せなくても、今後こういう扱いは増えるだろう。

「凜花ちゃんが聖女なのって、なにか役に立たないかな?」

 千夏が妙なことを言い出した。

「と、言いますと?」

「凜花ちゃんの信者になる人がたくさんいれば、あたしたちの情報収集に使えそうじゃない?」

 意図は理解したが。

「あまり人を使うというのは……」

 気乗りのする話ではない。

 討伐隊士は自分たちが人々の安寧のために尽くす側、というのが凜花の考えだからだ。

「いや、背に腹はかえられない部分もあるんじゃないかな。邪気と妖怪はすべての人にとって死活問題なんだし、凜花を指導者として大勢で邪気の出処を探っていくのも一つの手だと思う」

 隼斗は千夏の意見に賛成のようだ。

「赤城隊長と一緒で邪気の出処が一つだなんて話は信用しない人も多いだろうけど、凜花さんにだったら協力してくれそうだよね。人類が一致団結するのに凜花さんの魅力は役立つと思うよ」

 樹も反対しない。

「そ、そうでしょうか……」

 最終的に人類を救うことにつながるなら、つまらない羞恥心は捨てるべきだろうか。

 そんなことを話し合いながら歩いていると、左腕の肘から先がない男性とすれ違った。

「今の人……」

「ああ……。いくら治癒術が発展してきたとはいえ、完全に失った腕までは治せないからね……」

 元気そうには見えたが、隼斗も痛ましく思ったようだ。

 この場の誰もが仕方のないこととあきらめているようだったが、凜花には異なる思いがあった。

「あ、あの……!」

 来た道を引き返し、先ほどの男性に話しかける。

「その腕、見せてもらえませんか?」

「ん? 隻腕が珍しいかい? 別に減るもんでもないからいいけど」

「いえ、なんとか治すことができないかと」

 凜花の言葉を受けて隻腕の男性は苦笑した。

 機嫌を悪くしたという訳ではなく、哀愁を帯びたような表情だ。

「育ちのいいお嬢様には縁のないことかもしれないが、皮膚が裂けただけの傷と、腕が丸ごと取れてるのじゃ話が違うんだよ」

 この世界の常識ではそうだろう。だが、異世界や妖怪の世界まで見ていくと、必ずしも同じではない。

「必ずうまくいくとはお約束できません。ただ、一度試させていただけませんか?」

「まあ、それこそ減るもんでもなし、やってくれて構わないけど」

 そう言って男性は左腕を差し出してくれる。

 表面はすべて皮膚に覆われていて、普通はこれ以上回復しない。

 凜花は、その常識を打ち破るべく妖喰刀のしのぎ部分を彼の左手に添えた。

 この刀には、極端に高い再生能力を持つ妖怪を倒して得た妖力が溜め込まれている。その妖力を引き出し自身の治癒術に組み合わせる。

 刀身からは淡く優しげな光が放たれた。

 光に触れた腕の断面から肉が盛り上がって伸びていく。やがて、その先端に手が形成される。

「おお……!」

 男性は再生した自らの手を握ったり開いたりしてみる。

 失われたはずの左腕は切断される前の状態に戻っていた。

 良かった。どうやら見立ては間違っていなかったらしい。

「す、すごい……。治ってる……! ここまでのことができるなんて……。そうか、君がうわさの聖女様か!」

 元隻腕の男性は、確信したという様子でさけんだ。

 一連のやり取りを見ていた町の人々からも喚声かんせいが上がる。

「奇跡としか思えない!」

「やはり本物の聖女様だ!」

 その中の数人が駆け寄ってきた。

「うちの母は指が欠けてしまっていて……。治していただけないでしょうか!?」

「うちの子は生まれつき足がないんです」

「祖父は骨が弱っていて……」

 皆、凜花の人間離れした力にすがってくる。凜花もその想いに応えたい。

 勢いに押されながらも、凜花は持てる霊力を使って治療を行うことにした。


 何軒かの家を回って通常の治療では治る見込みのないケガや病気を持った人を治していった。

 中には妖怪との戦いで負傷し、邪気に侵され始めていた者もいた。放っておけば妖怪化の恐れもあったところだ。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 凜花に子供のケガを治してもらった母親が何度も頭を下げてくる。

 これで今日頼まれた分は全部だ。いつの間にか夕方になっていた。

「いえ、みなさんにケガをさせないために戦うのが討伐隊士です。負傷者が出てしまったなら治すのは当然です」

 凜花はあくまで低姿勢を崩さない。

 霊力が目覚めた者の多くは妖怪討伐部隊に入る。一部の入らない者はというと、医者になる場合が多い。霊力を使わなければ治せないケガや病気があるためだ。

 霊力を行使できる医者はこの町にもいる。それでも凜花以外には治せない患者が何人もいたのだった。

 治療を終えて家から出ると、ずっとついてきていた町の人たちに囲まれた。

「なんとお礼を申し上げて良いか。なにか私たちで聖女様のお力になれることはございませんか?」

 もはや聖女と呼ばれるのが当たり前になってきている。

 人々を救済し、この町でも聖女としての地位を確立した凜花。

 礼と言われても、なにをしてもらえばいいか分からず悩んでいると、千夏が人々に向かって声をかけた。

「恩を返せって訳じゃないけど、あたしたちに協力してほしいことがあるんだ」

 千夏の発言でようやく元の目的を思い出した。

 数の力を借りて情報を集めなければならない。

「今後、妖怪を多く見かける地域とか、邪気を強く感じた場所とかを教えてくれないかな? もちろん実際に妖怪と戦う必要はないし、邪気を見つけた場所を教えてくれるだけでいいから」

 凜花に救われた人々は、やる気を見せる。

「聖女様のためなら喜んで!」

「よし! なんとしても聖女様のお役に立つぞー!」

「おお!」

 人助けをして、邪気探しの人員も確保できた。今日の成果は上々といえるだろう。

 凜花の霊力は戦いだけに使うには惜しいものだった。

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