第12話「邪気の出処」
邪気の出処を探るため新たな旅に出た一行は野道を進んでいく。
「具体的な場所は全然分かってないんだよね? 大陸を一周することになるのかな?」
「僕が聞いた情報の中に具体的な場所はなかったけど、普通に考えたら邪気が濃くて妖怪が多く現れる地域を重点的に探るべきじゃないかな」
千夏と樹が話している前を、隼斗と凜花が並んで歩いている。
「討伐隊士としての本分を全うするにはちょうどいいけど、目標に近づけば近づくほど厄介な妖怪と戦うことになりそうだね」
「はい。道中でできるだけ私の刀を――」
凜花の言葉の途中で、地面が割れて巨大な鬼が姿を現した。
地中に潜んで妖気を隠していたらしい。
「グググ……。旨そうな女だ」
凜花を見て笑うその鬼からは、妖怪化によって得たものではない人間の心が感じられた。
この鬼は、おそらく人間が邪気に侵されたものだ。
凜花を『旨そうな女』などと言ったが、邪気に侵されるという不運さえなければ、凜花を人として慕っていたかもしれない。
魅力的な女性を捕食の対象とする化物になってしまったのはなんとも悲しいことだ。
「あなたたちのように邪気に苦しめられる人がいなくなるよう尽力します。安らかに眠ってください」
凜花が抜刀して鬼に斬りかかる。
狙いは頭だ。中途半端に斬って苦しめたくはない。
「凜花ちゃん、危ない!」
鬼の腕が横から迫ってくる。
「法術・
凜花は術で石の柱を作り、それを蹴って加速。
鬼の頭と同じ高さまできた凜花は、刀を縦に振るって鬼の脳天を斬り裂いた。
凜花の着地と同時に鬼は浄化されていくが、その姿は人間の男性のものとなった。
しかし、もう息はない。殺さずに元の姿に戻せるものならそうしたかった。妖怪化は死によってしか解かれない――それもまた討伐隊士の常識なのだ。
「凜花ちゃん。隊長がそんな前に出なくても」
結果的に後ろで見ているだけになった千夏が声をかけてくる。
「せめて術の補助ぐらい僕にさせてくれても……」
樹も続く。
「いえ、私は隊長になったからこそ、前に立ってみなさんを守りたいと思うんです」
物静かな口調でありつつも、凜花ははっきりと意思表明した。
確かに隊長が死ねば部隊の士気は下がるだろう。だが、隊長以外なら死んでいい訳ではない。
既に妖怪化している者の命を救えない代わり、他の誰も死なせないというのが凜花の意志だった。
「凜花がそこまで言うなら、俺たちが口出しできることじゃないな。俺は副隊長として隊長の一歩後ろを守らせてもらうよ」
隼斗はこちらの想いを理解してくれた。
千夏と樹も不服はないようだ。
「うんうん。女の子でも前に立って戦うっていうのは立派だと思うよ」
千夏は武闘派なので共感する部分があるのだろう。
「そうだね。男性隊員を盾にしてた赤城隊長とは大違いだね」
樹はさすがに幼いので盾扱いされてはいなかったが、他の隊員を見て思うところがあったに違いない。
「そう言ってもらえるとうれしいです。私なりに、赤城隊長とは違う『女性の地位向上』を考えた結果でもあるので」
命の重みに性別は関係ない。守るだけの力があるなら弱い者を守るべきだ。
古来、男性は女性や子供を外敵から守ることで地位を確立してきた。ならば、男性と肩を並べて戦う、時には守る側にも回るということが、本当の意味での『地位向上』につながるといえよう。
隼斗たちが、凜花を
「でも、あたしと樹くんも頼ってよ? あたしたちだって人を守るための討伐隊士なんだから」
「そうですね。この先、私一人ではどうにもならないことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
結束を強くした凜花たちは、再び歩き出す。
凜花の実家があったのは大陸のかなり東の方。そこより東には妖怪の被害は少ないと聞いた。野盗退治で北と南に向かった際に邪気が濃くなったという感覚はなかった。
目指すべきは西だ。
日も傾いてきた。そろそろ町も近いので、宿で休んでいくか。
「情報収集もしたいですし、しばらく次の町を拠点に活動しましょうか?」
「うん。移動しっぱなしじゃ疲れるし、邪気の出処も四人だけでやみくもに探しても時間がかかりすぎるだろうしね」
隼斗の返答に千夏と樹もうなずいている。
前まで拠点にしていた村に比べると人の出入りが多そうだ。きっと各地での妖怪の目撃情報を集めるのに適しているだろう。
「――! 妖気がすごいスピードで近づいてきます!」
「すぴ……?」
千夏が反応するより早く、飛行する細かい虫型の妖怪に取り囲まれた。
どうやら、まだ休めないようだ。
「数が多い上に一匹一匹が小さい……。刃で直接は斬れないな」
隼斗は剣を抜きながら戦い方を思案している。
「霊気をぶっ放せばいけるんじゃない?」
「かなり広い範囲を攻撃しなくちゃいけないね……。神谷さんと中森さんの剣圧だと厳しいんじゃないかな」
千夏は楽観的だが、樹は危機感を呈している。
剣が効かない相手には法術を使うのが定石だ。
しかし、仲間を傷つけさせずに勝つ方法となると――。
「斬れなくてもいいです。敵を散らしてください。樹さんは接近してきた敵の前に防壁を」
「え、でも……」
迷いを見せる千夏に対し、樹が確認する。
「凜花さんを信じるって決めたでしょ? 言われた通りにしよう」
「……! そうだったね!」
その言葉を受けて、千夏は持ち前の元気を取り戻した。
「来るぞ!」
隼斗がさけび、各々、臨戦態勢に入る。
三人がそれぞれ別方向の虫妖怪を押し止めている中心で、凜花は地面に刀を突き立てた。
(炎の妖力はある……術の効果範囲を広げる能力もある……地中を移動する能力も……)
凜花が刀に溜め込まれた力を練り上げている間、隼斗たちは上手く敵をさばいてくれた。
おかげで集中することができた。
数十秒、これだけかければ十分だ。
「法術・
凜花たちを囲むように無数の火柱が上がった。
そして、その炎は旋回して虫妖怪たちを燃やしていく。
「す、すごい……」
千夏が驚くのも無理はない。発動に時間はかかるものの、法術としての威力は最高峰だ。
数多の妖力を吸い取って集め、自身も霊力の扱い方を磨き続けてきた凜花だからこそ、これだけの術を放てる。
炎の渦が消えた時、妖怪たちも全滅していた。
「やったな、凜花。さすが聖女様の霊力だよ」
「いえ、そこまででは」
隼斗にまで聖女扱いされては、余計にこそばゆい。
なんにせよ、敵が片付いたので町に入れる。
「そういえば、さっき凜花ちゃん、なんて言った? す……なんとか」
千夏は聞きなれない言葉について尋ねてくる。
「あっ、『スピード』は『速さ』のことです。異世界語を習ったことがあって、その時覚えたのがとっさに出てしまいました」
「凜花ちゃん、異世界語分かるんだ! やっぱり見た目通り教養あるんだなー」
千夏には教養を褒められて、これまたこそばゆい。
同時に、知識をひけらかしてしまったようで心苦しくもある。
「父が私の教育に力を入れてくれていたおかげです。教われば誰でも覚えられますよ」
なんとか自慢にならないよう言い訳をしておく。
「優しくて教養があって霊力も高い。これぞまさに聖女様じゃないかな」
「樹さんまで……」
いい加減この呼ばれ方にも慣れなければならないか。
ふと、隼斗の方を見ると、つい先ほどまでうれしそうに凜花を称えていたのに、複雑そうな顔をしている。
「隼斗さん?」
「あ、いや、なんでもないよ。みんな霊気を消耗したし、早く宿で休もう」
薬草摘みの時の様子といい、なにか悩みでもありそうな感じだが、今の凜花に彼を傷つけることなく事情を聞き出す手段はない。
いつか、
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