第10話「仲間の証」
千夏が打ち明けた、彼女が討伐隊士となった理由。
「お父さん、病気でね、今すぐどうこうなる訳じゃないんだけど、治そうと思ったら結構な額の治療費がかかるって。あたしみたいなバカが一番稼げる方法ってやっぱり妖怪退治だから」
予想外に重い事情で、危惧の念が凜花の頭をかすめる。
「でもそれだと、赤城隊を離れた後、私の隊が戦果を上げられなかったら大変なことになるのでは……」
今のところうまくいっているが、もし雨宮隊が没落したら千夏の父親の病気が治せなくなるということだ。
「あたしが自分で赤城隊長より凜花ちゃんの方が頼りになるって判断したんだから、凜花ちゃんが気にすることじゃないよ」
家族の命にも関わるようなことを自分に託してくれたのだと思うと、隊長としての使命感が強まった。
それに、自分を信じてくれている仲間のために、できる限りのことはしたい。
「そういうことでしたら、お父様の治療費が貯まるまで私の分も報酬を受け取ってください」
「え!? そんな訳にはいかないよ!」
凜花の提案に対し、やはり千夏は遠慮した。
自分に都合のいい話に喜んで飛びつくような性格でないことは分かっている。
「もちろん私も生活ができる程度にはいただきますし、千夏さんのお父様が元気になってくだされば私もうれしいです。私たちは仲間でしょう?」
仲間の幸せは自分の幸せ。少なくとも凜花はそう思っている。
隼斗たちも大きく違うということはないだろう。
「気持ちはうれしいけど、ダメだよ。仲間っていうのは助け合うものでしょ? あたしが一方的に助けてもらってるんじゃ、それはもう仲間とは呼べないと思うんだ」
千夏の言うことも分からないではない。立場が逆なら、同じような考えが浮かんで葛藤したかもしれない。
だが、自らが隊長となって見えてきたものがある。
「それは少し違うと思います。助けたことの方が多いとか、助けられたことの方が多いとか、そういうことを気にしなくていいのが仲間なのではないでしょうか」
「――!」
凜花の言葉に千夏はハッと目を見開く。
どちらが多いかは結果でしかない。助け合おうという思いに偽りがなければ、それは仲間だ。
「私が困っている時、千夏さんに助ける力があったら助けてくれますよね? それとも、まだ私が役に立っていなかったら見殺しにしますか?」
「そ、そんなことないよ。……じゃあ、頼ってもいいのかな?」
分かってもらえたようだ。
「はい。今後、たまたま私を助けられる機会があれば助けてくださればいいですし、たまたま機会がなければなにもしなくて構いません」
凜花には、自分を隊長に選んでくれたことがうれしかった。
仮に三人の中からお荷物になる者が出てきても、その者に不満を抱くことはないと断言できる。
「それに……、さっそく助けになっていただく時が来たようです」
襲われた村から続いていた血の気配。それが目の前に固まっている。
「なんだ、てめえらは?」
野営していた集団の中から一人がこちらに歩いてきた。
彼らが村人を殺して略奪をしたに違いない。
「あんたたち野盗でしょ。あたしたちが退治しにきたんだよ!」
千夏が勢いよく宣言する。
「ほー、二人だけでか」
座り込んでいた者も含めて、ぞろぞろと野盗たちがこちらに迫ってくる。
「はい。でも、抵抗をしなければ、それだけ罪は軽くなると思います。大人しく捕まってはくれませんか?」
さほど期待はしていないが、万に一つでも平和的に解決できるならそちらを選ぶべきだ。
「そいつはできねえ相談だなッ!」
野盗の一人が凜花に向かって刀を振るう。
凜花と千夏は、飛び退いて距離を取った。
「こっちには霊力があるんだよ。あんたたちなんて一気に斬り捨てて――」
「待ってください」
太刀を構えて霊気を放とうとする千夏に制止をかける。
「斬らなくていいです。千夏さんは牽制を」
霊力のない人間が、千夏の太刀で斬られればあっという間に死んでしまう。
邪気に侵された妖怪は霊力で滅する以外に救う手立てがないが、人間は無理に殺さなくてもいい。
殺された村人たちの無念を考えると甘い対処だろうが、それでも凜花は今存在している命を大切にしたかった。
「分かった!」
千夏は太刀を振って野盗たちの足元に霊気を撃ち込む。
敵は飛び退いたが、手前にいた一人を凜花が霊気を込めた掌打で気絶させる。
まずは一人。
「死ね!」
今度は敵の方から斬りかかってきたので、凜花も刀を振る。
凜花の刃は空を切った。
「そんなもんが当たるかよ!」
野盗は反撃しようとするが、体勢を崩して膝を突いた。
「な、なんだ、力が入らねえ……?」
今のは当たらなかったのではない。当てなかったのだ。
凜花の刀は『妖喰刀』の異名を持つが、実は吸収する対象は妖力に限らない。普通の人間の気力も奪うことができるのだ。
敵に苦痛を与えずに無力化する手段としてこれ以上のものはない。
先ほど妖喰刀で気力を吸われた野盗は、そのまま倒れた。
そこからも千夏が放った霊気を避ける野盗たちの間を縫うように移動しながら刀を振るい、次々と気力を吸い取っていった。
敵を全滅させるのに大した時間はかからなかった。
どの敵も、気力の吸収か掌打だけで倒したため、血は流れていない。
そのあとは、術で四肢の動きを封じた上で、野盗を荷車に乗せて町まで運ぶことにした。
「それでは、こちらが今回の褒賞金です」
野盗の身柄を引き渡したのち、役所で報酬を受け取った凜花たち。
「どうぞ。お父様の治療費の足しにしてください」
凜花からお金を受け取った千夏は、まだ少し申し訳なさそうにしている。
「ホントにいい? 戦いでも凜花ちゃんの方が断然活躍してたのに」
「もしかしたらこの先、私が千夏さんに命を救われるかもしれないじゃないですか。そうしたら立場は逆転します。どんな未来がやってくるかなんて分かりません。確かなのは、今私たちが仲間だということです」
重要なのは出来事ではなく心の在り方だ。
「この恩は一生忘れないよ! なにもできないかもしれないけど、感謝の気持ちだけはずっと持ってるから!」
千夏からの答えに満足した凜花は自然と笑みをこぼしていた。
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