第9話「凜花と千夏」
「野盗?」
村長宅――他の家より少し広い――に集まった凜花たち。
「はい、隼斗様。近くの村が襲われたようなのです」
村長の話によると、北と南で同時期に襲撃された村があるそうだ。
野盗というのは基本的に人間だが、妖怪討伐部隊が対処に当たることも少なくない。
この村にも迫ってくるかもしれないし、他の村も当然守るべきだ。
ここは雨宮隊が一肌脱ぐべきだろう。
「私たちが捕縛するということでいいのでしょうが……、問題は全く別の方向に二つの勢力が現れたという点ですね……」
凜花は少しうつむいて考え込む。
「村長さん。同じ頭目の下、連携して動いているって可能性は?」
隼斗の問いに、村長は首を横に振った。
「そういう訳ではないようです。運が悪かったとしか……」
雨宮隊の全員が片方の勢力を叩きにいけば、この村の守備がなくなる。
かといって、この村だけを守っていれば他の村が襲われる。
(人間の野盗が相手か……。二人ずつで勝てるかな……)
部下を預かる隊長としては、三人のうち二人から目を離すのは心苦しいが仕方ない。
「隊を二つに分けましょう。霊力も妖力も使えない人間が相手ならなんとかなると思います」
「それが妥当だろうね」
隼斗も同じことを考えていたようだ。
問題はどう分けるかだが。
「樹さんは敵の動きを封じるような術も使えますよね?」
「うん」
「なら、私と樹さんは別行動の方がいいですね。人間を殺すのは気が引けますから、拘束して役人に引き渡すことにしましょう」
凜花の案に皆がうなずく。
「あとは、俺と千夏のどっちが凜花と行くかだけど」
「なら、あたしが凜花ちゃんと行くよ。この中で一番霊力が強いのは凜花ちゃんで、一番弱いのがあたしだと思うから……」
千夏は、雲外鏡戦で足を引っ張ったことを、まだ気にしているようだ。
「千夏が弱いかはともかく、ちょうど俺は副隊長に任命されてるしね。樹のことは俺が守るよ」
凜花と千夏、隼斗と樹に分かれて行動することに決定した。
善は急げ。さっそく出発だ。
「凜花ちゃんって肌綺麗だよねー」
北の方面に出没している野盗の根城を探す道中、千夏は急に美容の話を始めた。
血の気配を追っていけば場所の特定は難しくなさそうだし、雑談に興じても問題ないだろう。
「そうでしょうか?」
「うん、そうだよ。なにか特別なことやってるの?」
「いえ、普通の保湿ぐらいで、特別なことは……」
凜花は貴族の家の娘なので、庶民が使えないような高級な化粧水などを使ってはいたが、さほど時間はかけていなかったし、今の村で生活するようになってからは最低限の手入れしかしていない。
「じゃあ、元がいいんだね。うらやましいなー」
「千夏さんも綺麗だと思いますけど」
別にお世辞でもなく、凜花の目には千夏の容姿が自分に劣っているようには見えなかった。
凜花を聖女と呼ぶ人たちは、凜花が最も美しいと評価するのだろうが。
「なんていうか、女の子らしさが違うっていうか。凜花ちゃんっておしとやかだし、儚げな雰囲気もあっていかにも美少女って感じがするでしょ? あたしはほら、がさつだから……」
千夏は、気性の違いから女性としての価値の格差を感じているようだ。
「がさつだなんて。千夏さんの方が明るくて社交的ですし、私より千夏さんの方が好きな人はたくさんいると思いますよ?」
「あっ、そうか。あたしって明るいのが数少ない取り柄じゃん。こんな風にへこんだり、嫉妬したりしてたら意味ないじゃん」
『数少ない』というのはまだ自虐的だが、自分の魅力は再認識してくれたようで良かった。
女性らしさを褒めてもらえるのはうれしいが、相手に劣等感を与えてしまっては申し訳ない。
「でも、凜花ちゃんみたいにおしとやかな子が討伐隊士やってるのはちょっと意外。戦いとか苦手そうなのに」
そこは父も心配していた部分だ。
「確かに誰かと争うのは苦手です。ただ、霊力の目覚めた私が家のためにできる一番の貢献が討伐隊士になることだったんです。母は早くに亡くしましたが、それを補うほどに父が愛情を注いでくれましたから、その気持ちに応えたいなと」
「ああ。凜花ちゃんのお父さん、凜花ちゃんのことすごく大事にしてるみたいだったもんね」
隼斗たちと一緒に雨宮家を訪ねてきた時だけでも、父との仲の良さは分かってしまったようで少々気恥ずかしい。
とはいえ、二人きりだともっとべったりしているので、まだマシな方ではあるか。
「はい。千夏さんはどうして討伐隊士になったんですか?」
「実は、あたしもお父さんのためなんだよね」
それは面白い偶然だ。
赤城隊の隊員には、自分の力を世に知らしめたいという者も少なくなかった。凡人は持ちえない霊力を発現させることができたのだから、そうした考えになるのも無理はない。
誰かのためだとしても、家族以外が対象の可能性は十分ある。
「千夏さんもお父様と仲がいいんですね」
「うん。でもね、仲がいいからってだけでもないんだ」
千夏の表情は、先ほどの自虐とは異なった陰を帯びた。
なにかあるのだろうか。
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