第8話「高嶺の花」

 朝方。凜花と千夏が寝泊まりしている家屋の前で。

「凜花様、好きです! これからもあなた様を見ていても良いでしょうか!?」

「は、はぁ……。構いませんけれど……」

 呼び出された凜花は、村人の若い男性から愛の告白を受けた。

 この村に来てから、こういうことが何度も起きている。

 告白を終えた男性は凜花の答えに満足した様子で去っていった。

(男女として交際する……とかはなくていいのかな……?)

 恋愛沙汰には少々疎い凜花だが、大抵の告白は交際の申し込みだという程度の知識は持っている。

 しかし、この村で告白してきた男性は一様に、好意を伝えて、その気持ちを抱いていることを許してほしいと願うだけだった。

「凜花ちゃん、また告白されたの?」

 表に出てきた千夏が話しかけてくる。

「は、はい」

「いやー、凜花ちゃんは男殺しだねー」

「でも、見ているだけでいいと。異性としての好意なのでしょうか?」

「そりゃ異性としてでしょ。凜花ちゃんは高嶺の花だから、付き合ってとは言えないんだよ。なんたって聖女様だし」

「そ、そんな大層なものでは……」

 思い返してみれば、父も凜花を溺愛していた。親なればこそかと思っていたが、他人にも通じる魅力があるということか。

 実家にいた頃は外に出る機会が少なかったし、赤城隊に所属していた時は目立たないよう他の隊員についていっているだけだったので、深く関わる相手もあまりいなかったが、こうして村人と継続的に交流するようになってみると、自分が男性の間で人気を博していることに気付かされた。

 邪気を浄化して高い霊力を見せつけてしまったのも大きいかもしれない。それが『聖女』という呼び名の由来でもある。

 戸惑うことはあるが、なんにしてもありがたい話だ。

 村の住人は気のいい人ばかりで、邪な感情を向けられることもなく、皆、純粋に慕ってくれている。

 凜花は現状に満足していたが、千夏が問いかけてくる。

「逆に凜花ちゃんが誰か付き合いたい人はいないの? 凜花ちゃんの側からなら選び放題だよ?」

「私が……ですか?」

 あまり考えたことがなかった。

 それこそ聖女ではないが、人々を助けるのが自分の務めだと思っていて、色恋に興じることは想像していなかった。

 とはいえ、凜花も年頃の娘。将来伴侶となる異性を見つけても良いところだ。

「やあ、二人共。なんの話してるの?」

 隼斗が樹と一緒に歩いてきた。

「凜花ちゃんが、また告白されたって話」

「またか。そのうち村人全員からになるんじゃない?」

 千夏の答えを聞いた隼斗は軽口を叩く。

「もしそうなるとしたら……、凜花さんは『この人から告白されたら付き合う』みたいな人っているの?」

 樹が興味深そうに尋ねてくる。

 彼はまだ子供だし、そこまで凜花の恋愛事情に関心を持つのは意外だ。

「今まで意識していなかったのでなんとも……」

 樹には悪いがあいまいな返答しかできない。

「それじゃあ、全員轟沈か」

 肩をすくめる隼斗に、凜花はあわてて補足する。

「どなたからも付き合ってほしいとは言われてないんです。ですから、振ったとか振られたとかいう関係でもなくて……」

 千夏は凜花の置かれている状況を改めて口にする。

「凜花ちゃんは良くも悪くも尊敬されすぎちゃってるんだよねー」

「そういう千夏は誰からも尊敬されてないけどな」

「なにおう!?」

 千夏と隼斗は互いに遠慮のない仲だ。

「そっか……安心……」

 一方、樹はよく分からないことをつぶやいている。


 その日の午後は、村で使うための薬草を摘みに隼斗と二人で森に出かけた。

 霊力がなくてもできることであるため、村の衆は『聖女様にそのような仕事をさせる訳には』と言っていたが、こうした活動はやってみたかったのでどうにか説得してきた。

「隼斗さんも薬草に詳しいというのは意外でした」

「ふふっ。俺にそんな学はないと思った?」

「あっ、いえ、そういうつもりではなくて……。すみません」

 隼斗は怒った風ではなく、むしろ笑っているのだが、失礼な発言だったと謝罪する。

 家に籠りがちだった凜花の知識は主に本で得たものだが、外向的な性格の隼斗は現物を見て学んできたのだろう。

「まあ、戦ってたら霊薬のお世話にはなるからね。自分で作れた方がなにかと安心だよ」

 自然界に存在する薬草に霊力を込めて水に溶かすと回復霊薬が完成する。妖怪との戦闘で役立つものだ。

 戦わないとしても病気やケガを治すために必要となる機会はある。

 村人たちだけでは霊薬化ができないはずなので、いまのうちにたくさん作っておかなければ。

「薬草が取れるのはもう少し奥でしょうか」

「うん。この辺は雑草が多くて下の方がよく見えないから気をつけて――」

 隼斗に注意されるが早いか。

「きゃっ」

 ぬかるんだ地面に足を滑らせる凜花。

「おっと」

 転びそうになったところを隼斗に抱き留められた。

 女性のそれとは違った筋肉質な身体に触れて胸の動悸が速くなる。

 父以外の男性とこんなにくっつくのはいつ以来か。

「大丈夫だった?」

「は、はい。ありがとうございます」

 足元を確かめながら、ゆっくりと身を離す二人。

 お互い嫌な思いはしていないが、同じことを繰り返してはいけない気がして、そこからは慎重に歩いていく。

(隼斗さんはどう感じたんだろう……? 千夏さんとも気が置けない仲みたいだし、このぐらいのことには慣れてるのかな? 私は――)

 異性との交流に不慣れな凜花としては動揺してしまう出来事だった。

 この感情は隼斗に対してのものか、それとも単に男性に対してのものか。


 ちょうどいい場所に着いて薬草摘みを開始。

「これって使える奴かな? 俺は初めて見るんだけど」

「あっ、はい。図鑑で見たことがあります。かなり希少かつ霊薬化適性が高い薬草です」

「じゃあ、持って帰ろう」

 凜花の説明を受けて隼斗は薬草をかごに入れた。

 作業を進めながら凜花は少し気になっていたことを話す。

「今頃、赤城隊の方はどうなっているでしょうか。みなさん元気にしているといいのですが」

「凜花に加えて俺と千夏と樹が抜けたからね。前ほどの戦果は上げられなくなってるんじゃないかな。でも、赤城隊長は自業自得だし、他の隊員も俺が抜ける時に声をかけても残るって言った連中だから、落ちぶれてたとしても凜花が気に病むことじゃないよ」

「そう……ですね。罪悪感まで持っている訳ではないです。ただ、しばらく一緒に戦っていた人たちなので、あまり不幸にはなっていてほしくないなと思ってます」

「凜花は優しいね。君みたいな人とずっと一緒にいられたらって思うよ」

 隼斗の表情には憂いのようなものが見て取れた。

「私は、一度隊長になったからには生涯続けるつもりですし、誰かを除名するようなこともしません。隼斗さんにその気さえあるのなら、この先もずっと一緒に行動することになるんじゃないでしょうか」

 凜花は赤城を恨んでいないが、一方的な追放などあってはならないと考えている。

 まして、元いた隊を抜けてまで自分についてきてくれた人を見放すなど。

「ありがとう。でも、俺は……凜花と釣り合うような人間じゃないからな……」

 凜花も自己評価が高い方ではないが、隼斗にもなにか劣等感があるような口振りだ。

「隼斗さんは――」

「これだけあれば十分だろ。さ、帰ろうか」

 かごに入るだけ薬草を摘んだ隼斗は立ち上がって歩き出す。

 あまり深く立ち入らない方がいいことなのだろうか。

 しかし、凜花は隊長としての務めを忘れてはいない。聖女ではないが、そう扱われているなら聖女としての務めも果たす所存だ。

 いつか隼斗に心を開いてもらって、その時は彼の救いとなるべきだろう。

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