第5話「妖喰刀」
新生した雨宮隊は、妖怪のうわさを聞くべく町を回っていた。
「この近くで妖怪が現れたことはないですか? 身びいきかもしれませんが、実家のある町なので、まずこの周辺の安全から確保したいのですが」
通行人の男性に声をかける凜花。
どこを重点的に守るかを決められるのも隊長になったことの利点だ。
多くの隊員を抱えたらこうはいかなくなるだろうが、今の四人だけなら柔軟に動ける。
「んー。この辺りではないなー。最近聞いた中で一番この町に近いのは西の方面かな」
「西ですね。分かりました。ありがとうございます」
凜花がお辞儀をしたところで、相手が気付いたように言う。
「君って、ひょっとして、雨宮さんとこの凜花ちゃん?」
「は、はい。そうですけど」
「やっぱりそうか! 本当に大きく、いや、綺麗になってー」
「私のこと、ご存じなのですか?」
「昔、仕事で雨宮さんのお世話になったんだよ。あの頃は小さかったのに、立派に成長したんだね。一緒にいる人たちも霊力を持っているようだし、妖怪討伐をやってるのかい?」
「はい。ありがたいことに隊長を務めさせていただけることになりました」
「へえ。それはいいね。俺も霊力が使えたら凜花ちゃんの部下になるのになぁ」
男性は冗談めかして言う。
続けて、隼斗の姿を見て。
「かっこいい彼氏もできたんだねえ。おじさん、感慨深いよ」
「え!?」
そんな風に見えているとは思っていなかった。
「こんな美少女が恋人だったらいいんですけどね。残念ながら俺は独り身です」
一方、隼斗はというと、苦笑しながら答えている。
「も、もう……。そんな風におだてられても困ります」
隼斗が恋人でも構わないのだが、話の流れからして本気ではないだろう。
お世辞をさらっと自然に言える辺り、やはり隼斗は社交的な人だ。
その後は、少しだけ世間話をしてから町を出た。
「――! 向こうの方から邪気が……」
町を出てしばらく進んだところで、進行方向のかなり先に妖怪の気配を見つけた。
「え? あたしなにも感じないけど」
千夏は気付いていなかったらしい。
「言われてみればかすかにあるような……。方角は?」
隼斗も凜花ほど強く感じ取れていないようだ。
「あっちです」
凜花が指差した方向を見て樹が小さくうなずく。
「確かに……ある。それもかなり強い……」
勘違いではなさそうだ。
「すごいね、凜花ちゃんの探知能力。あたしなんて言われても分からないぐらいなのに」
「いえ、それよりも急ぎましょう!」
凜花の住んでいた町の西に位置する小さな村。
凜花たちが着いた時には甚大な被害が出ていた。
大型の鬼が四体。家は家の大半が壊され、辺り一帯に邪気が充満している。
「間に合わなかったか……!」
「この邪気じゃあ、もう……」
隼斗と千夏はあきらめたようだったが。
「まだ生き残りはいます。一刻も早く鬼を倒しましょう!」
凜花の言葉を受けて、隼斗は両刃の剣、千夏は太刀を構えた。
樹は武器らしい武器を持っていないが、様々な効果の
四人の霊気に気付いた鬼たちが集まってくる。
「四対四……。一人が一体ずつ倒せるかな……?」
樹がつぶやくが、千夏はその戦法に反対する。
「樹くんが一人で戦うのは危ないよ! ここは固まって動こう」
法術は発動までに時間がかかって接近戦には向かない。
こんな時にこそ、隊長が活躍しなければ。
凜花は抜刀すると同時に巨大な霊気の刃を撃ち出した。
凜花の放った霊気は、四体いる鬼をまとめて薙ぎ払う。
「なっ……」
その光景に、隼斗たち三人が目を丸くした。
四人で協力して倒さなければならないと思っていた鬼たちを、凜花一人が一瞬で斬り捨ててしまったのだから無理もない。
「君……、こんなに強かったのか」
隼斗は感嘆している。
「なんで今まで力を隠してたの? これだけできれば、赤城隊長も追放なんてできなかっただろうに」
千夏は凜花に疑問を投げかける。
「あの隊では、敵の討伐数で報酬の分配額が決まっていましたから。でも、私の隊では変えようと思います」
「そっか、凜花さんはみんなのために……」
凜花の真意を知って樹も感心している様子だ。
「報酬は均等に分けるということでいいんじゃないでしょうか?」
「そうだね。俺たちの中に、報酬額が変わらないからって怠ける奴なんていないだろうし。千夏も大丈夫だよな?」
「も、もちろん。あたしだって怠けたりしないよ」
「僕の術は補助系が中心だから、そうしてもらえると助かるかな」
凜花の方針に全員賛成のようだった。
信頼し合っている者だけで構成された部隊だからこそ採用できる分配方法でもあるため、当分はこの四人だけでやっていけばいいのではないだろうか。
「ん? あれは?」
千夏の視線の先で鬼の死体から
その妖力は凜花の刀・月影に吸収されていった。
「ど、どうなったの?」
「あ、私の刀には妖怪の力を奪って自分の霊力に変換する能力があるんです」
凜花の刀には『
これは凜花のことをよく知る親戚の間でいつの頃からか呼ばれるようになったものだ。
赤城隊での戦いでは見せる機会がなかったため、あの隊には知っている者がいなかった。
「四体もの鬼を一撃で倒す攻撃力と、敵の力を奪う効果……。霊刀の性能は使い手の実力次第っていうし、凜花さんにはすごい才能があったんだね」
元より凜花を評価していた樹も、恐れ入ったといわんばかりだ。
「『能ある鷹は爪を隠す』って奴か。赤城隊を抜けてきたのは大正解だったな」
隼斗がつぶやいていると、物陰から村人たちが出てきた。
「も、もう大丈夫なのか……?」
「はい。鬼は倒しました。あっ、おケガをされているんですね。見せてください」
村人に駆け寄った凜花は、彼らの負っていた傷を霊力で治療していく。
これも法術の一種で、樹も協力してくれた。
命が助かり、ケガも治った村人たちだが、彼らは途方に暮れているようだ。
「この邪気じゃあ、もうここには住めないな……」
「でも、他に行く当てなんて……」
報酬を要求しないのは当然のこととしても、助けた村人全員に住み家を提供する余裕まではない。
凜花にできることといえば。
「月影」
刀の名を呼んで、地面に突き立てる。
すると、周囲に満ちていた黒い霧のようなものが一気に晴れていく。
「おお! 邪気が浄化されていく……」
「こんな一瞬で……。すさまじい霊力の持ち主だ……!」
村人たちは口々に凜花の力を称賛する。
家の建て直しは必要でも、邪気がなければ絶望的な状況ではないはずだ。
またしても凜花は、一つの村の救世主となったのだった。
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