第3話「帰郷」

 道中、人助けをしてきたこともあり落ち込んだ気持ちは回復していたが、凜花は自宅を前にして少し緊張していた。

 雨宮家は貴族の端くれ。住んでいるのもちょっとしたお屋敷なのだが、当然ながら自分の家を見て緊張している訳ではない。

(お父さんに、なんて言おう……。入隊が決まった時、あんなに喜んでくれてたのに)

 悩んでいても仕方ないので、戸をくぐる。

「た、ただいま……」

「おお、帰ってきたか凜花。今度の任務はこの近くなのかい? それとも休暇が取れたのかな?」

 屋敷に入るとすぐ、兄妹と間違われることもあるほど若々しい美形の父が、笑顔で迎えてくれた。

 娘の出世を疑わない父の言葉に胸が痛む。

「実は……」

 凜花は事情をすべて打ち明けた。

 すると、父は凜花の頭を優しくなでてくれる。

「そうか。それはつらかったろう。でも、お前はなにも悪くないのだから、そんな暗い顔をしなくてもいいんだよ」

「お父さん……」

「それに私としては、またしばらくお前と一緒に暮らせることがうれしくもあるんだ。仕事なんてゆっくり探せばいい」

「お父さん……!」

 ひしと抱き合う親子。赤の他人の目には恋人同士に見えるかもしれない。

 追放されてきた娘を責めることもなく、いたわってくれる。

 きっと凜花が職に就いて家を離れたことは半分うれしく半分寂しかったのだろう。

 だから戻ってきたのも悪いことばかりではないと。

 母親は早くに他界してしまったが、その分父とは強く愛し合っていた。

「おいしいご飯作るからね」

 討伐部隊に入る以前、凜花は貴族の娘でありながら自ら家事をしていた。

 隊員募集が見つかるまでは、またしばらく家事手伝いでやっていくしかない。

 その日は腕によりをかけて夕食を作り、久々に自分の部屋の寝台で眠りについた。


 翌朝の食事も凜花が作った。

「やはり凜花の作る料理が一番おいしいよ。どんな料理人を呼んでもこうはいかない」

「大げさだよ。普通のものしか作ってないし」

 食材が高級品なので確かに味はいい。

 凜花自身、料理の腕は磨いてきたつもりだ。

 しかし、ここまで言われるとこそばゆい気分になる。

 愛情が最高の調味料ということか。

 食事を終えて、居間でくつろいでいたところ、来客があるとの報せを受けた。

 凜花に用があるということだったので、玄関に向かう。

 そこで待っていたのは。

「やあ、凜花」

隼斗はやとさん」

「やっほー、凜花ちゃん」

「こ、こんにちは、凜花さん」

千夏ちなつさんにいつきさんまで」

 訪ねてきたのは、赤城隊の隊員だった者たちだ。

 爽やかな好青年が神谷かみや隼斗。

 明るく快活な女性が中森なかもり千夏。

 まだ幼く小動物的なかわいらしさを持っている少年が篠塚しのづか樹。

 皆、追放前の凜花によくしてくれていた。

「どうなさったんですか? みなさん」

「水くさいじゃないか、急に隊から抜けることになったのに相談もないなんて」

 隼斗の口振りからすると、あいさつもせずに抜けてきたから心配をかけてしまったということのようだ。

「いえ、強制的な除名処分でしたし、もうみなさんに合わせる顔もないな、と」

「だからだよ! しっかり働いてた凜花ちゃんを追放なんて赤城隊長の判断が間違ってるんだからあたしたちにも相談してくれないと!」

 千夏は少々怒っているようだが、それは相談しなかった凜花に対してではなく、不当に追放した赤城に対してのように見える。

「す、すみません。隊長の決定はそうそう覆らないと思いまして……」

「除名処分が変わらないとしても、それならそれで僕らにも考えがあったし……」

 樹の言葉はなんとなく意味深だ。

 いずれにせよ、隊を抜けた凜花にわざわざ会いにきてくれたということ。

「ありがとうございます。でも赤城隊長は許可してくれたんですか? 自分が除名した隊員にあいさつするために拠点を離れるなんて」

 脚力を強化して歩けば一日で着く場所だったとはいえ、凜花を嫌悪していた赤城が認めるとは考えにくい。

「ああ、それなら大丈夫だよ。赤城隊は抜けてきたから」

「ええ!?」

 隼斗の発言が予想外で声を上げてしまった。

「どうしたんだい、凜花」

「あ、うん。同僚だった人たちが会いにきてくれて」

 凜花の声を聞いた父がやってきて、三人を応接間に通すことになる。


「そうか。三人共、娘を心配してくれたんだね」

「はい。俺たちも赤城隊長の決定に不服がありましたから」

 隼斗が礼儀正しく凜花の父に事情を話した。

 先ほど聞いた通り、隊を抜けてまで来てくれたらしいが、それではあまりに申し訳ない。

「私のために……いいんですか? 新しい隊員の募集なんてすぐ見つかるとは限らないのに。あっ、みなさんの実力ならいずれ見つかるとは思いますけど」

 追放ではなく自らの意思での脱退。それなら他の隊に嫌がられることもないだろう。

 それでも、あいさつだけのためにここまでするのはどうかと思うが。

「ふっふーん。それならあたしたちにいい考えがあるんだよ。ねえ、樹くん」

「うん」

 何やら笑みを浮かべて顔を見合わせる千夏と樹。

「……?」

 状況がよく分からずにいると、隼斗がはっきりと告げてきた。

「単刀直入に言おう。君が隊長をやる気はないか?」

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