第2話「村の救世主」

 所属していた妖怪討伐部隊から追放されてしまった少女・雨宮凜花。

 他に行き場所もないので、今は実家に向かう道を歩いている。

(ん……? あっちに小さな村があるな。宿に空きがありそうなら寄って、朝になってから出発してもいいかな……)

 夜間は妖怪の動きが活発になるが、仮にも凜花は元討伐隊員だ。

(ううん。妖怪が出たら出たで私が倒さないといけないんだし、このまま帰ろう)

 悪い報せは早い方がいいだろう。今も立派に働き続けていると思っている父に対して申し訳ない。

(次の隊員募集が見つかるまでは当分実家暮らしかな。こういうの異世界語でなんていうんだったっけ……。ミート? 違うな。ニートか)

 凜花は名家の令嬢として英才教育を受けていた。その中に、異世界について学ぶものもあったのだ。

 異世界との行き来は簡単にはできないが、時折異世界からの来訪者はある。

 そうして異世界から伝わった言葉は大抵カタカナ表記されることになっていた。

(今さら私が入れる隊ってあるのかな……? できればせっかく使える霊力を活かしたいんだけど)

 討伐部隊において、足手まといがいることは隊員の生死に関わる。

 それ故に、一度追放処分を受けた者を迎え入れてくれる隊はなかなかないのだ。

(……! さっきの村の方から邪気が……)

 妖怪が現れたのかもしれない。

 凜花はすぐにきびすを返し、村に向かった。


「ひいい。助けてくれぇ」

「だ、誰か!」

 凜花が駆けつけると、全長十メートルほどの鬼が家屋を次々壊していた。

 逃げ惑う村人に鬼の手が伸びたが、その腕を凜花の刀が斬り落とす。

「大丈夫ですか!?」

「あ、あんた討伐部隊の人か! た、助かった……」

 あと一歩で食われるところだった村人の男性は、九死に一生を得て安堵した様子。

 辺りの気配を探ってみたが、妖怪はこの一体だけで、死者は出ていない。

(間に合って良かった)

 村に立ち寄らなかったばかりに救援が遅れて死者が出てしまっていたら、激しい後悔に苛まれるところだ。

 凜花は、片腕を失った鬼と対峙する。

「グ……ガ……」

 どうやらこの鬼の知能は低く、人語を話せるほどではないようだ。

 その方が心置きなく斬れる。

月影つきかげ!」

 跳躍した凜花は、自らの得物である霊刀・月影を振るい鬼の身体を両断した。

 妖怪を完全に倒せるのは凜花のように霊力が目覚めている者だけ。だからこそ、霊力を発現させることができたなら、討伐部隊に入ることを志すのが当たり前となっている。

 霊力を帯びた刀で斬られたことで、鬼は浄化されて消えていく。

 村人たちは落ち着きを取り戻していった。


「ありがとうございます。おかげで村が救われました」

 村長と見られる老人が凜花の前に出てきて礼を言う。その表情はやや暗い。

 豊かではなさそうな村で、家がいくつも破壊されてはこれから大変だろうし無理のないことだ。

「しかし、この村にはお渡しできるお金がありません……。今年は不作で野菜や米なども……」

 どうやら報酬の支払いができないことを気に病んでいるらしい。

「いえ、報酬でしたら結構です。今の私はどの隊にも所属していませんし。みなさんがご無事でいてくだされば」

 凜花の答えを聞いた村長は目を丸くしている。

「見返りなしで構わないとおっしゃるのか。なんと謙虚なお方じゃ……」

 周りで見ていた村人たちも声を上げる。

「ああ、素晴らしい人だ!」

「鬼をあんなに容易く倒すなんて、きっと高名な方に違いない」

「よく見たら、まだ若いお嬢さんじゃないか。この歳でここまでの霊力の持ち主とは……」

 つい先ほど、赤城隊長から罵られただけに、村人からの称賛は心に染みた。

「重ね重ねありがとうございます。なにもない村ですが、せめて夜が明けるまでゆっくりしていってくだされ」

「こちらこそ、ありがとうございます。どこかで宿を取ろうかと考えていたところでしたので」

 なにも恩返しをさせないとなると、かえって彼らが心苦しい思いをしそうだ。宿だけは利用させてもらうことにしよう。

「ところで、お名前を伺っても?」

「雨宮凜花と申します」


 翌朝は、早くに起きて壊れた家屋の修復作業を手伝うことにした。

 初めのうちは恐縮しきった様子だった村人も次第に凜花と打ち解けていった。

「なんとも美しくて可憐なお嬢様だ」

「凜花様のようなお方が一人でもこの村にいたら、暮らしは大層豊かになっていたことだろうに」

「いつかこのご恩に報いられるようしっかり作物を育てておかなければ」

 作業中にも周りから次々に褒め言葉が聞こえてくるので、少々照れくさい。

「重いから気をつけてください」

 村人から木材を渡される。

「本当は、あなたのようなお方にこんな仕事をさせるのは気が引けるのですが、村の女連中は、あなたと違って品がない癖に力もないものですから」

「ちょうど職をなくしていましたので、こうして頼っていただけるのはうれしいです。私で助けになれることでしたらなんでもおっしゃってください」

 凜花の腕はか細いのだが、霊力によって腕力も強化できるため、荷物運びはなんら苦ではない。

 村の人々に温かく接してもらっているうちに、隊から追放されたことによる喪失感は覚えなくなっていた。

 そして、昼にはならないうちに村を発つ。

「何から何までお世話になりました。凜花様のご厚意は村人一同決して忘れはしません」

 村から出る際には、村人が全員で見送りをしてくれた。

「妖怪に苦しめられている人を助けるのが討伐隊士の務めですから。隊を離れてもその志だけは忘れていません」

 深々と礼をする村人たちに、凜花もまた深く頭を下げる。

 追放されて実家に戻る途中だったが、その気分は晴れ晴れとしていた。

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