第5話 傲慢
「というわけで、あとは傲慢だけだ」
正面に立つアルトとクリスにデバルトスは声をかける。さすがに手が繋いでないものの、寄り添うように並ぶ二人。微笑ましくてデバルトスはにこりと笑った。
王姫ながら生活力の高いクリス。動きやすいように、純白のドレスを膝上で引き裂いた彼女は毎日、城の家事をこなしていた。朝にはキッチンに立ち、魔王の隅々まで掃除をしている。
「傲慢の罪は命を奪うこと」
そういってデバルトスは指をくるりと回す。アルトの横にいたクリスが消え、デバルトスの前に現れた。そしてその首に魔王の剣を添えられる。
両手を背中に回されたクリスは身じろぎをして、横目にデバルトスを見た。その表情はいつもと同じで黒で隠されている。
「だから我を殺しなさい」
勇者らしくねと呟いたデバルトスは剣をカチリと鳴らす。彼女の白い喉がより突き出された。チョーカーが剣に触れパチンとはじける。カランと王家の宝石が床に落ちた。
今までの優しいデバルトスと印象が違いすぎて、アルトはまったく動けない。
「何を戸惑っている。お前は我の首を飛ばしたし、我は魔王だぞ。何を信頼していたんだ?言ったはずだ、我はお前を殺すと」
確かにそうだ。それは何も間違っていない。けれど何かがおかしい。
アルトは足が震え出す。腰の聖剣を手にするも手が震えてうまく構えられない。そんな彼をデバルトスは鼻で笑った。
「おい、アルミス」
今まで聞いたこと無いような高慢な口調で、デバルトスはアルミスを呼びつける。彼女はデバルトスの横に現れた。一瞬悲しそうな表情をアルトに向け、デバルトスに膝をつく。
そんな彼女の首にデバルトスは剣を振り下ろした。
雪の結晶が舞う。アルトとクリスが目を見開かれいた。首を失った身体は灰色になり、そして砂のように崩れていく。そして黒い粒子になり、デバルトスの黒に吸収された。
デバルトスの魔力が増す。
「我は以前も同じように女を殺したな。そいつは赤毛で緋色の目をした赤ん坊を抱えていたか」
アルトを見据えながらデバルトスは話す。アルトが持つ剣先がまた大きく震え始めた。
「そうだ。お前の母親だよ」
次は彼女だぞと言わんばかりにまた剣をクリスの首に添える。
「っ!」
彼女の白い首からつうっと血が流れた。
アルトは叫びながら飛び出した。
アルトは剣を手放して、代わりにクリスを抱きかかえる。彼女を守りながら王座から飛びすさった。
彼が握っていた剣は今デバルトスの胸に刺さっている。魔王を浄化する聖剣が今までに無いほど光り輝き、デバルトスの命を吸っていた。
魔力が乱しながらデバルトスはまたアルトを見つめる。肩で息をしながらもしっかりとクリスを抱いている彼に、魔王はにっこりと微笑んだ。
魔力を維持できなくなり、デバルトスの角がほどけていく。黒が粒子になり、その顔が覗いた。アルトとクリスは息をのむ。
赤髪に緋色の目をしたデバルトスは口から血を流しつつも微笑んでいた。
「懺悔。聞いてくれるか?」
その口調には高圧的な色がない。アルトは警戒しながら頷いた。
「我、いや、俺は魔王だけれど、元人間なんだ」
アルトとクリスは息を飲んだ。
「俺も王都に住んでいて、妻と一緒に暮らしていたんだ。そして息子が生まれ、他の子たちと同じように、そしてすぐに勇者の儀を受けさせられただ。そうしたら息子が勇者に選ばれるじゃないか」
すべてを吐き出すように言葉を紡いでいく。
「それと同時に俺にも魔力が湧き出してな。勇者にも選ばれてないし、騎士でもない。けれど息子の勇者の証をきっかけに俺の中で力があふれて、暴走してしまったんだ」
黒の鎧をほとんど失ったデバルトスは今にも消えそうな儚い表情で話し続ける。
「気付けば俺の住む区域は壊滅。そこは今スラム街になっているらしいが、同時に妻は魔力に当てられ魔物化した。彼女がアルミスで、お前の母親だ」
苦しそうにデバルトスは目を開く。息子と同じ緋色の瞳で彼を眺めた。
「だから俺はお前の母親を殺した張本人だし、お前に家を失わせた。ましてや父親を殺させた。ごめんな」
デバルトスは静かに目を伏せて、嗚咽を漏らし始めた。
クリスがアルトを見上げて、アルトはそれに応えた。彼女を下ろして、デバルトスに近づく。
「父さん」
彼の呟きにデバルトスはびくりと反応する。うっすらと目を開けて、くしゃりと顔をゆがめる。
「父さん! 母さん! 父さん! 母さん!」
アルトの言葉が強くなる。聖剣の刺さった胸に顔を埋めながらアルトは泣きじゃくった。
デバルトスは彼の頭に手を置いてゆっくりとなでる。鎧を通さずに初めて触れた彼の頭は思った以上に小さく、そして温かい。
「勇者は魔王がいるから生まれるんだ。魔王もまたしかり。だからお前は勇者じゃなくなるさ」
勇者の儀を止めてくれとデバルトスは続ける。アルトの頭に置いた手も灰色に染まり始めていた。その灰色はアルミスが消えるときと同じ色だった。
胸を涙でぬらすアルトを引き剥がして彼の目をのぞき込む。魔王城にやってきた時と同じように涙で濡れていた。デバルトスは微笑んで、彼の目元を乱暴に拭う。あのときはできなかった親の姿だ。
「七つの大罪は嘘だ。お前を生かすために、お前といるためについた最後の嘘。それぐらいは許してくれ」
デバルトスはそう言って、砂に還る。
「お前は自由だ。もう好きに生きてくれ。それが俺たちの願いだ」
そんな言葉を残して、消えていった。
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