第4話 色欲、強欲
アルトは目を覚ますと、デバルトスが部屋の机をのぞき込んでいた。そこにはアルトのポシェットがあり、その中に入っているはずの写真が置かれている。
状況を理解すると同時に、ベッドが吹き飛んだ。
横から切りつけられデバルトスの首が飛ぶ。回転する視界の中でアルトは聖剣を構えていた。
身体から離れた頭をつかんでそのまま戻す。はめるように左右に回してからアルトと向き直った。
「勝手に見るな」
憎しみを叫んだときよりも怒りの表情を浮かべていた。そこに嘘はないようで、彼の魔力も膨れ上がっていく。
……ちゃんと勇者じゃん。
肩で息をするアルトをなだめながらデバルトスは写真を思い出す。白髪にティアラをつけた少女が写っていた。フリルのあしらわれた光沢のある白い服。すました顔をした彼女は首に細いチョーカーを巻いていた。その真ん中に王家の紋章が刻まれた宝石がある。
「彼女は王姫かな」
アルトの髪が逆立つ。魔力が立ち上り、床に罅が入った。床の破片が舞い上がって彼の周りで渦を描く。聖剣も光を纏い、本気なのだと静かに語っていた。
どうどうと彼をたしなめながら、アルミスに念を飛ばす。彼女は了解と返して、そして城から出て行った。
その日、魔王城に一人の来客があった。純白のスカートをつまみながら大広間への階段を上り、王座の前に立つ。王座にふんぞり返るデバルトスの横でアルトが息を飲んだ。
光沢のある白を土埃で汚した彼女。王都から魔王城は直線距離でも巨大な森を越えなければならず、整備された道でも国を二つ超える。
けれど彼女は疲れの色を見せず、うやうやしく腰をかがめた。貴族の挨拶を終えた彼女はきりりとデバルトスとアルトに目を向ける。
「エステル王国第四十六代王クラウスの娘にして、第十三女、クリスでございます。本日はお呼び立ていただきありがとうございます」
アルトはデバルトスの顔を見る。丁寧な挨拶にデバルトスも姿勢を正した。
「こちらこそ、わざわざのご足労ありがとう。道中は大変だっただろうが、部下たちに非礼はなかったかな」
「正直、驚きました。アルミスさまにはよくしていただいて。人間を襲い、人類の敵とされているあなた方ですが、おかげさまでとても良い旅になりましたわ」
デバルトスはクリスにアルミスを送り、そして城に呼んだのだ。
何を考えているのか、アルトには分からなかった。
「姫様! こんなところに来てはなりませぬ」
かける言葉が見つけられず、少し場違いにアルトは叫んだ。王姫の顔をしていたクリスは隣のアルトに目を向けて、ぷくーと頬を膨らませる。腰に手を当てて、少し強めの言葉を放った。
「あなたがここにいると聞いたからです」
鈴のような声のまま、それを少しとがらせて、彼女は続ける。
「あなた勝手に城を飛び出して、死に場所を探していたんですってね。だから私も好き勝手にさせていただきます。国も父上も知りません」
クリスの言葉にアルトはたじろぐ。ため息をついたクリスはそのままずんずんと歩き出す。数段の階段を上り、アルトの前に立って、その顔を両手でつかんだ。
「にしてもずいぶんと健康的になったものですね。血色、肌つやも。本当に」
気丈な声は少しずつ涙を孕んで、最後はすすり泣きに変わった。頬に置かれた手が胸に下りてそのまま服を握りしめる。そのまますがりつくようにクリスはアルトの肩に顔を埋めた。
突然の出来事にアルトは戸惑う。けれど頬をくすぐる彼女の髪に、甘い香りに現実感が増していく。恐る恐る彼女の背中に手を回した。
ちらりと王座を見ると、魔力の残滓だけを残してデバルトスはいなくなっていた。
急に始まったロマンス。逃げ出したデバルトスは最上階から外を見下ろした。世界の果てに建てられた魔王城。あかね色の空に針のような山々のシルエットが浮かんでいた。
「というか、そういう関係だったのか」
「アルトくんに文字を教えたのもクリスさんらしいですよ」
横のアルミスが補足する。なるほどとデバルトスは頷いた。
アルトはどんな人生を送り、そんな生活をしてきたのかは知らない。虐げられていたらしいとしか、知らない。クリスに好意を抱いているらしいから呼んだだけなのだが。
「これで色欲もクリアかな。強欲もまぁセットでいいだろ」
残るは、傲慢。クリスが来た今、彼女を絡めればどちらも簡単な話だ。
もうすぐ見れなくなる風景に重なるのはアルトが来てからの数日間だった。苦笑しながらそれでもそれを眺め続ける。
「これであいつも前に進む『理由』ができたな」
「そのときは私も一緒にお願いいたします」
少しさみしそうな声にアルミスは言葉を乗せる。ずっと連れ添ってきた二人は夕日にアルトの未来を見ながら手を重ねていた。
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