第2話 暴食

「さあたんとお食べ」


 さっきまでアルトがうずくまっていた大広間には長テーブルが置かれて、色とりどりの料理が並べられていく。その正面にアルトは座らされた。

 ……豚の丸焼きなんて初めて見た。

 そう思いながらアルトは正面のデバルトスを眺める。両手を広げた、おもてなしのポーズ。王座の姿からは想像できないようなコミカルさだ。


「どうした? 毒を気にしているのか? 大丈夫、死にたいんだろ」


 逃げ道を塞ぐような露悪的な言葉に、アルトは食器に手を伸ばす。そのままガツガツと食べ始めた。

 おいしい。

 温かい食事。口の中で踊るさまざまな味にアルトは目を白黒させた。初めての体験に処理はおいつかないまま、それでも自然と手が伸びてしまう。

 気付けば次から次へと口に運んでいた。パリッとはじける加工肉も、とろみのあるスープもすべてが未知の体験だった。噛むたびに、飲み込むたびに見たことのない色がアルトの視界に飛んでいく。

 また涙があふれてきた。


「どうした? どうした? 熱かったか?」


 デバルトスが慌てたように声を上げた。黒で塗りつぶされているのに、その声は感情豊か。見た目とのギャップが凄まじい。


「そんな急かすからですよ。好きに食べさせたらどうでしょう」


 わたわたと手を振る魔王に、涼しげな声がかかる。雪女のアルミス。細身で雪の結晶を散らしながら歩く彼女はデバルトスの右腕にして、彼の伴侶だ。白い肌にキラキラと輝く紫のアイシャドーが印象的な彼女は透けるような青い長髪を揺らす。

 艶やかさに椅子を引いて、アルトの正面、デバルトスの隣に座った。


「で、彼はどうするんです? 魔王様」


 勇者を前にしてか、アルミスは魔王を強調して話す。促されたデバルトスは椅子に腰掛けて、アルトに顔を向けた。


「殺すんだよ。勇者としてね」


 アルトの肩がびくりと跳ねる。デバルトスはからからと肩を揺らし、アルミスはあきれたようにため息をついた。


「勇者をやめるためには七つの大罪を犯す必要があるんだ。ちなみに七つの大罪は知っているか?」


 アルトは食器を置いて、首を左右に振った。幼い頃に親と死別し、スラム街で生きていたアルトは教育を受けたことがない。それは勇者の証が発現して、王都に連れられてからも変わらず、最初は言葉さえ知らなかった。

 言葉を教えてくれたのも同年代のとある少女だけだ。


「なるほど。暴食、怠惰、憤怒、嫉妬、強欲、色欲、傲慢。七つの原罪ともよばれているが、そんな罪さ。今まさに君がしているのは暴食だよ」


 デバルトスの指摘に、アルトは料理をぐいっと押す。食器は慌ただしく音を立てた。


「ま お う さ ま」


 アルミスが圧をかけてたしなめる。それでもデバルトスはからからと笑っていた。


「いやーすまんすまん。つまり何が言いたいのかというとだな。お前は欲望の限りを尽くしてもらうという形だ。この食事もそう。そしてこれからの城での生活もそう。好き勝手過ごすことが、我がお前を殺す方法なんだよ」

 デバルトスは机に肘をついて身を乗り出した。のっぺりとした黒がアルトを見つめている。


「だから、今はちゃんと食べな」


優しい声にアルトは少し悩んで、また食器を引き寄せた。

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