魔王直伝!これだけやれば勇者をやめれる七つの大罪
書三代ガクト
第1話 出会い
「お願い、魔王。僕を殺して」
大理石でできた魔王城の大広間。白いだけの空間に勇者の悲痛な叫びが響いた。何人も勇者が宣戦布告をしたが、最初に殺してくれと叫んだのは彼が初めてだった。
その正面にはこの城の持ち主、魔王デバルトスが王座でふんぞり返っている。二本角の人型は全身に魔力を纏っていた。光を吸う黒に覆われた彼は真っ白な空間の中でぽっかりと穴があいているようだ。そしてその穴に一筋の線が入り、言葉を発した。
「初めてだな、最初に命を投げ出すやつは」
胸を守るプレートだけで軽装備の勇者。腰の聖剣こそ立派なものの、今までやってきた勇者たちとは全く違う姿だ。デバルトスは今までやってきた勇者たちを思い出す。
人一人隠せそうな幅の刀身をいきなり突きつけてきた大男。魔力で押しつぶした。見えない圧力を必死に持ち上げようとする様子が滑稽だった。
呪詛が詰め込まれた杖を持ち、ひたすら詠唱し続けていた優男。その喉を掻き切った。詠唱が風切り音に変わったのがおかしかった。
魔王城の外から結界を張り、魔術で殺そうとしてきた人間たちもいた。幹部たちを差し向けた。最上階から見る血の噴水は美しかった。
「とりあえず名前は?」
一向に顔を上げない勇者に少しだけ興味を持ったデバルトスはそう尋ねる。勇者は小さく息を吸って話し始めた。
「アルトと言います。二十一代勇者です」
二十一人目の勇者。勇者は勇者の証が現れた者だ。素質のある者には儀式をきっかけに証が表れて勇者の特性が与えられる。それは傷つくほどに強くなること、そして魔王以外には殺されないこと。
「僕は勇者の証が刻まれてから毎日毎日虐められてきました。ムチで叩かれて、剣を刺されて。あるときは訓練と称して、武器も持たずに上級魔物と戦わされたりもしました」
見世物みたいなものです、とアルトは言葉を切る。声がすすり泣きに変わった。
魔王が初めて現れたのは何百年も前だ。今はデバルトスしかいないが、世界中に十数名の魔王がいた時期もある。そんな歴史の中で、人間はどんどん歪んでいったのだろう。傷つくほどに強くなるという特性も合わせて、勇者を虐げられることも多い。訓練と同時に魔物におびえる日々のストレス解消にもなっているのだ。
「なるほど。よく分かる。だから死にたいと」
全身に纏う魔力を強めながらデバルトスは言う。アルトの泣き声は大きくなり、頷いた。大理石の床に額をこすりつけている。
魔王デバルトスは王座から立ち上がった。彼はゆっくりと歩き出す。その表情は魔力で隠され、伺うこともできない。
世界に一人の魔王、デバルトス。鎧のように全身を黒く覆っている彼は階段を降り、アルトの前に立つ。彼の頭をつかんでぐいと引き上げた。
涙に汚れた顔。襟から覗く胸には古かったりまだ乾いていないような傷が並んでいる。そして鎖骨の下には深紅の羽を思わせる証が刻まれていた。
確かに勇者の証だった。
「惨めな人生だな」
本来、敬われてもおかしくない勇者。けれど、それを魔王がゆがめてしまっているらしい。
アルトは目を少しだけ開いた。緋色の瞳が覗く。
デバルトスは息をのんだ。つかんでいる赤髪と彼の目を交互に見て、手を離した。
そのまま魔王は彼に背を向けて、王座に戻った。先ほどと同じようにふんぞり返る。
「アルト、勇者やめないか?」
デバルトスの言葉にアルトが目を見開く。
「お前は悪くない。悪いのは勇者であって、勇者の扱い方を間違えている人間たちだ。だからお前を殺さない」
魔王からそんなことを言われると思っていなかった。驚きと困惑、そしてアルトの胸に温かさが広がった。
「だから勇者としてのお前だけ殺してやるよ」
異形の黒は口をゆがめてそう言い放った。魔王らしさを意識したような物言い。
けれどアルトの目にさっきよりもずっと温かい涙があふれた。
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