水溜まり抗争


雨が降っていた。

「ちっ、任務帰りだってのにすっきりしねぇな」

傘を差すのも面倒で、重力を自分を中心に放出させ、雨を凌いで歩く。周囲から見れば異様な光景だが、中原中也にとってみれば、なんら難しいことではない。



そのままマフィア本部ビルの付近まで帰ってきたところで前方にいつも以上に乱れた見覚えのある蓬髪ほうはつが見えた。いや、決して見たくはなかったのだが、視界に入ってしまったのだ。湿気で髪は広がるどころか、傘を差していないせいでびしょ濡れで歩いている。心底会いたくない相手だが、奴のために遠回りするなんてもっとしゃくだ。せめて、濡れている奴を見て優越感に浸りながら帰ろう。

「情けねぇなぁ、びしょ濡れじゃねぇか。」

「うわっ、中也。知らないのかい?水も滴るいい男って言うだろう。雨が怖い中也とは違うのだよ。」

後ろから声をかけられたびしょびしょ蓬髪ほうはつ男こと太宰治は、いやそうな表情を隠すことなく、ついでに嫌味を吐き出してくる。

「あー、そうかよ。なら思う存分いい男にしてやるよ!!!うらぁぁぁ!!」

やはりこいつとは相容れない。すぐに帰るつもりだったが、煽られっぱなしで帰る訳にはいかない。異能力で上空に飛び、近くの水溜まりに着地する。その拍子に飛んだ水飛沫が太宰に容赦なく襲いかかる。フッ、狙いど、お、り、、。


バシャッ!!


「…中也。バカなの?知ってたけど。」

帽子の上から滴る雨水。もちろん太宰にも水を掛けられているが、いつの間にか自分もびしょ濡れ状態に。着地した拍子に自分自身も水飛沫を浴び、むしろ太宰よりも酷い有様。

「君の方がびしょ濡れじゃない、濡れたくなかったんじゃないのー?」

「う、うるっせぇ!俺の方がいい男だってことが分かったろ!」

「そうだね〜、いい男だね〜。そんないい男にはもっと水を掛けてあげないとね!!!」

バシャッ!!

今度は太宰から反撃が来る。その手には、先程まで中也の頭に乗っていた黒い帽子。それもびっしょりと濡れてしまっている。そこから導き出される答えは1つ。

「あ゛っ!?てめ、いつ!?ってか、何俺の帽子バケツ代わりにしてんだ!」

ったに決まってるだろ?良いバケツじゃないか。この帽子も中也の頭に乗っているより、水を運ぶという役割を与えられて生き生きとしているよ。」

「だからバケツじゃねぇつってんだろうが!返せ!」

帽子をられた上に、頭から水を浴びせられた中也が飛びかかるが、飄々と躱す太宰。そのままヨコハマのど真ん中で異次元の水遊びが始まった。



そんな大暴れする双黒を見つけてしまった人影が二つ。

「さ、流石、太宰さん!やつがれも精進します!」

「ちょっ!芥川!太宰さんを慕ってるとはいえ、流石に現上司に水掛けるのはまずいだろ!!」

太宰の援護に今にも飛び出していこうとする芥川龍之介と、それを慌てて止める中島敦。

「問題ない。猫の弱点は心得ている。」

「は、?ね、こっ!?」


バシャッ!!


「猫は水が嫌いだろう。」

しっかり傘をさしていたはずの敦の髪から水が滴り落ちる。黒い異能布が綺麗に水をすくったようだ。

「誰が猫だって〜!?」

敦も手持ちのビニール傘を武器に応戦する。芥川は中距離型。異能布から浴びせられる雨水を傘で防ぎながら近距離まで攻め、こちらのアドバンテージを得る。空間断絶が展開されているが、ガードの発動時間がかかる。その隙をついて傘に付いていた水滴を飛ばす。

バシャッ!!

うまく命中させられたと敦が思った瞬間。異能布をさらに大きな器状に形成させた芥川が低い声で一言。

「溺れさせてやる。」



泉鏡花は、大暴れする先輩達を見ていた。間違いなくヨコハマ最強の異能力者である者達が、水遊びする様を。傘をさしていたはずの敦も既に全身びしょ濡れになっている。いつもは頼りになる先輩達が子供のように遊んでいる様子に呆れつつも、そこに平和さえ感じる。いつの間にか雨は上がり、ヨコハマの海上には虹が掛かっていた。


「お風呂沸かしておこう。」

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日常編 べる @bell_sasami

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