父の慈愛

「うわぁーん!!パパー!!!」

晴れた空に泣き声が響いていた。お出かけ日和なこの休日に似合わぬ声を辿っていった敦と鏡花は、目を真っ赤に腫らし、大粒の涙を流す男の子を見つけた。

「あれ?あの子1人かな?」

「迷子…?」

「う〜ん、周りに大人はいなさそうだし。話を聞いてみようか。」

運良く外での仕事を終えたばかりで、時間はある。駆け寄って男の子に話を聞いてみるとやはり迷子のようだった。


「パパがね、どっかいっちゃったの!僕、船見るっていったのに!もう〜、困ったパパだよ。」

ミナトと名乗った男の子は話をしているうちに落ち着いたのか、饒舌になる。迷子になったのはあくまでも彼ではなく『パパ』らしい。敦は苦笑いをしながらパパの手がかりを探す。しかし、

「パパいつからいなくなっちゃったか覚えてるかな?」

「わかんない、、」

寂しげな顔に戻ってしまったミナト。小さい子供からヒントを引き出すのはやはり難しく、迷子のパパ探しは難航してしまう。

「周囲にそれらしい人はいなさそう。」

鏡花も辺りを見回すが、見つからない。

「ひょっ!?」

その時聞こえた突然の奇声に鏡花が振り向くと、ミナトに敦がベルトを掴まれていた。

「お兄ちゃん、しっぽ生えてる~!!すごーい!」

「え、うわぁっ!ちょっ、ちょっと!これ尻尾じゃないから引っ張らないで~。」

あわあわと逃げる敦ときゃっきゃっと追いかけるミナト。確かに敦の腰から伸びた長いベルトは尻尾のようだ。子どもの目線から、思わず掴みたくなる位置にベルトの先が垂れている。

「ふふっ、ふふふっ」

思わず笑い声を漏らす鏡花。『虎の尾を踏む』ならぬ『虎の尾を握る』だろうか。

「鏡花ちゃんも助けてよ~」

そう言って困り顔の敦だが、ミナトの表情はまた明るさを取り戻していた。

「楽しそう。」



「闇雲に動くのも良くないよね。ミナト君、パパとは今日どこお出かけしてたの?」

「うーんと、遊園地行ってー、お空飛んでー、それからお船見てた!」

本題のパパ探しに戻り、敦が投げかけた次の質問には元気よく答えるミナト。よっぽど楽しかったのだろう。

「それなら、あっちの方角から来たのかも。」

鏡花がその答えを上手く読み取り、ひとまずミナトのそれまでの足跡を辿ることにした。敦は手を握る代わりにしっぽを握られながら…



「ミナト君は、パパと2人で来たの?」

「うん!今日はパパの日だから、一緒にお出かけしてるの。」

「パパの日…誕生日かな?」

「違うよ!パパの日だよ!」

「もしかして、父の日?」

ミナトパパを探して歩く道中、敦が何気なくした会話だったが、鏡花の指摘で今日が父の日だと気付く。思えば、最近そういったCMやポスターをよく見かけた気もする。

「そっか、それで。」

「ねぇ、見て!これ、後でパパにあげるの。秘密だよ?」

口の前で人差し指をしーっと立てて、ミナトがリュックから取り出したのは1枚の絵。

「わぁ、上手だね!」

「えへへ、パパ描いたんだっ!」

『ぱぱ、いつもありがとう。』とまだ上手く書けないのだろう、歪なひらがなのメッセージと家族の絵が描かれている。

「お父さん、見つけようね。」

鏡花の言葉に大きく頷き、ミナトは前を見る。



しばらく歩くと休日に合わせてキッチンカーが出店している広場があり、家族連れも多く集まっていた。

「わぁ、賑わってるね。」

「この辺りにお父さん、いない?」

鏡花の言葉に、色々と目移りしそうになるのを堪えて3人でミナトのお父さんを探す。すると、

「ミナトー!どこー?ミナトー!!」

ミナトの名を呼んで歩き回っている男性がいた。

「もしかして、あれ、、」

「あっ、パパー!!!」

やはりあの必死な男性は『パパ』だったらしい。

「ミナト!!あぁ、良かったぁーー!!!ごめんな、不安だったろ?」

心底安心したという顔でミナトに駆け寄る父親。ミナトも隠してはいたが不安だったのだろう、父親の胸に飛び込んでいった。

「良かったね、ミナトくん。」

「えっ?あっ、もしかして、ミナトに付き添っていただいていた方々ですか?すみません、本当にありがとうございました!」

敦達に気づいた父親は、何度もありがとうを伝えてきた。

「いえいえ、無事会えて良かったです。ミナトくん、絵喜んでくれるといいね。それじゃ、」

2人に別れと、ミナトには小声でエールを送ると敦と鏡花は探偵社に向かって歩き出す。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!ありがとう!」

振り返るとミナトがグーサインを出していた。


「ミナトくん、絵渡せるかな?」

探偵社への帰り道。鏡花が尋ねた。

「きっと、渡せるよ。」





探偵社に戻ると、どこで道草を食ってたんだと国木田さんにどやされた。人助けだと訳を説明すると今後は連絡しろと約束された。

「災難だったねぇ、」

席に戻ると隣の太宰が呑気な声をかけてきた。

「あはは、でも楽しかったですよ。」

「家族を大切に。それが正しいんだろうね」

世間の正しさに僕らはおそらく当てはまらない。

「僕は家族を知らないですけど、父親だから愛を伝えるんじゃなくて大切だから大切にするんだろうなって。」

「やだ、敦くん。ちょっと大人になった?」

「えぇ、そうですか?僕は院長先生に真っ直ぐな感謝を伝えられるかと言われれば、そうは言いきれないですし、ましてや実の父親も分からないですけど。あの嬉しそうな顔を見ると、あの子にとって父親は大切な人なんだなぁって。」

ミナトくんにとって、父親は、家族は、温かい場所なのだろう。

「ということで、僕も大切な人に日頃の感謝を込めたいと思います。太宰さんには、花より『これ』ですよね?」

そう言って敦が差し出したのは蟹酒。


「ふふっ、分かってるじゃないか。」




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atogaki

家族に愛を伝えることは大切なこと…なのでしょう。

それでも。家族というものに辛さ、苦しさを感じる人へ届けばいいなと思います。

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