Lemonade

――クシュン、!──


任務から帰還し、マフィアビル内を歩く樋口の隣から小さなくしゃみが聞こえてきた。気の所為かとも思ったが、何度も聞こえてくる。我慢できず、思わず声を掛ける。

「あの、芥川先輩。大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「いえ、その、くしゃみをされているようですが、、」

「くしゃみなどしていない!気にするな。」

予想はしていたが、何も話してはくれないばかりか、断固として認めない様子でそれ以上は何も言えなくなってしまう。しかし、体は正直なようで、ふらつきながら壁に激突する芥川。

「芥川先輩ーー!!!やっぱり全然駄目じゃないですかぁーー!!」


ソファに横になった(半ば強引に寝かされた)芥川を心配する樋口と黒蜥蜴一同。慌てた樋口から呼び出されたのだ。

「全く。何事かと思ったじゃねぇか。」

上司からの緊急の連絡。駆けつけてみれば風邪。立原がため息をつくのも無理はない。しかし樋口は

「風邪ですかねぇ?私何か体に良さそうなもの買ってきますね!」

と、黒蜥蜴に看病を任せ、部屋を飛び出して行った。小さく漏れた芥川の

「要らぬ、、。」

という言葉も聞かずに。


食材が入った袋を抱えて戻ってきた樋口は早速台所に立つ。彼女の料理の腕前は未知数だが、銀が付き添っているから大丈夫だと信じよう。そんなことを思いながら芥川は眠りについた。


┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄


「さてさて〜、任務に向かうとしましょうかね♪おっと、その前に作り溜めしておいた爆弾を取りに行かねば。ふふ、今回はどんな実験結果が得られるでしょうか!」


白衣の男は軽い足取りで消えていった。


┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄


「わわっ!銀!これは次はどうしたらいいんですか!?」

いささか騒がしさの増した台所の鍋で焦げていくお粥。疲れた様子の銀。慌てる樋口。その時、


『おっ!あったあった♪それじゃ、本日も宇宙大元帥の元で科学の大実験を…』


「…?今何か声がしませんでした?」

何処からか聞こえた声に振り返り、首を傾げる樋口。しかし、そんな余裕のない銀は、、

「もうお願いですから料理は私に任せて貰えませんか?」

心から漏れた声だった。


┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄


ビニール袋に詰まった檸檬型爆弾を抱えて楽しそうに歩く男。

「これがなくては、始まりませんからねぇ♪それにしても、こんな袋に入れましたかねぇ?」

自分の記憶を辿りながら首を傾げたが、そのような些末事は科学者の実験を止めるに足らなかった。


┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄ ┄


戦力外通告を受けた樋口は肩を落としながら台所を出た。しかしそこで、テーブルに置いていた食材を見て思い出す。

「そうだ、私レモネードを作ろうと思っていたんです!風邪に効くそうですよ!作り方も調べておきましたから安心してくださいね、銀♡」

これなら私にも作れるだろうと紙袋に入った檸檬を抱え、意気込んで台所に戻る樋口。ぞっとした銀は…立原に投げた。

「えっ、俺かよ!」

先程からの樋口を見ている限り、面倒を見るなんて御免だったが、懇願する銀を前に断ることもできない。しかし、切るだけならなんとかなるだろうと安易に引き受けたのが間違いだった。樋口が檸檬に包丁を入れた瞬間。


ボンっ!!!!


爆発した。


┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈


「手前ぇ、梶井!!!これ何だよ、爆発しねぇじゃねぇか!」

梶井が向かった戦闘での異変を聞きつけ、応援に派遣された中原中也が叫んでいる。しかし、梶井の案件だった任務だ。檸檬型爆弾に頼った作戦が使えない以上、肉弾戦になる。そうなると戦闘力の無い梶井はもうただの変態だ。中也が闘うことになる。負けることはないが、一人だとやや面倒だ。その上、梶井は、、、


「あれ?可笑しいですねぇ。ですが失敗も貴重なサンプルです!!!」

「うっせぇ!お前がどっかで入れ違えただけじゃねぇか!爆発しなきゃただの物理戦だぞ!」

しばらく中也の不満を漏らす声が響いていた。


┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈


何かの音で目を覚ました芥川は、周囲を見回して…二度寝した。


黒くなったキッチンでは髪の毛を爆発させた樋口と黒蜥蜴が立ち尽くしていた。



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