溶けて、消えて

『今話題の水族館特集!!』

テレビから聞こえてくる楽しげな声。…と子供のようにテレビにのめり込む我が社の先輩。

「わぁー!これこれ!観たかったのだよねぇ。」


お昼時。仕事も一段落つき、休憩に入った途端テレビに飛んで行った太宰。まぁ、彼に関しては常に休憩時間のようなものなのだが。


「太宰さん、水族館好きなんですか?」

出前を頼もうとチラシを眺めながら敦は聞く。太宰がそんなレジャー施設に興味があるなんて知らなかった。

「うーん、水族館というより魚たちには憧れるよねぇー。あぁー、私も魚になりたいっ!」

魚、、?太宰の思考が読めないのはこの際いつもの事だが、困るのは本当に魚になるためによく分からない行動をし始めるのではないかと気が気ではなくなる事だ。この間はマシュマロになりたいと言って、路上でうずくまっていた。

「魚、ですか?」

敦は恐る恐る聞き返す。

「うんっ!だって、仕事もしなくていいしー、国木田くんに怒られることもないじゃないっ!」

(うわぁ、ほんっとどうでもいい理由だった、、!)

呆れ顔を隠そうともしない敦を前に太宰はまだ1人でぶつぶつと何やら考え込んでいる。

「あっ、でも仕事をしろって怒る国木田くんをからかうという楽しみを失ってしまう、、!あぁっ、私はどうすればっ!?」

「それ、国木田さんに聞こえても知りませんよー。」

葛藤し続ける太宰を放置し、敦は出前を頼みに戻った。


注文し終えて、戻ると太宰はまだ楽しそうにテレビを観ていた。

「太宰さんは何の魚が好きなんですか?」

なんとなく聞いた質問だったが、返ってきた答えは意外なものだった。

「そうだねぇ、海月くらげ、かなぁ。」

海月くらげ、ですか。」

魚が好きだというから[さめ]なんかの派手なものを予想していた。

海月くらげってゆらゆら浮かんでいるあの?」

海月くらげなるものを見た事がない敦は、孤児院にあった図鑑に載っていた写真を思い出しながら聞く。

「そうそう!でもね、実はあれは浮かんでいるんじゃないんだよ。彼らは水流に身を任せているだけ。流されるままにって事だね。」

「そうなんですか!?」

「そんなところも憧れるよねぇ。私もなぁーんにもせず、だらぁーっとして過ごしていたいなぁ。」

(それは今の太宰さんと変わらないのでは?)

と思ったが、その言葉はテレビに映った海月くらげの映像に見惚れ、声にならなかった。

「綺麗、、。」

「ふふ、そうでしょ?」

「はい、幻想的ですね」

特集されていた水族館では展示方法に凝っているとかで、キラキラ輝く水槽を漂う海月くらげ達が画面に映し出されている。

海月くらげってね、死んだら海に溶けて消えてしまうそうだよ。この世界に塵一つ残さず消えるなんて、素敵だよね。」

いつものようにツッコもうと、画面に釘付けになっていた視線を戻すと、今にも消えてしまいそうな顔をした太宰がいた。何か言おうとし、しかし、何と声を掛けて良いものか分からず口ごもっていると

“コンコンッ”

ドアをノックする音と共に配達を知らせる声が聞こえてきた。注文していた出前だ。はーいと敦は受け取りに向かう。ひとまず、届いた昼食を持って太宰の元へ戻る。


「おや、私の分も注文してくれていたのかい?」

「今回はちゃんと太宰さんの分も頼んでおきましたよ。」

そう言いながら二人分の海老天丼を机に置く。前回、自分の分だけ注文して、後から散々言われたのだ。そのまま二人並んでおいしく頂く。その途中、

「太宰さん、消えちゃだめですよ。」

昼食を食べる手を止め、敦が言う。

(気を遣わせちゃったかな。)

と太宰がいつものようにはぐらかそうとするが、敦は続ける。

「太宰さんが消えたら、僕寂しいです。だから、、。

あっ、それに《うずまき》のツケも払わなきゃですし!!!

だから、消えちゃだめですし、もし消えようとしていても僕が止めますからね!」

それだけ言い終えると、丼を掻き込む敦。

「ふふっ、それは頼もしい、、と言いたいところだけれど私としては遠慮したいなぁ。」

「だめですよ!絶対、僕が太宰さんを止めますからね。ほら、ちゃんと食べて下さい!ご飯もしっかり食べて貰わないと。」

なんて言いながら、丼を差し出してくる敦。そんな敦を見て、太宰が一言。

「虎に飼育される私…」

「虎じゃないですー!!」

敦のいつもの元気なツッコミが返ってきた。そんな敦は振り回されつつも、太宰のあははっといういつもの笑い声に安心していた。


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今回のお話には「わん!」の内容もすこーし入れてみました!お気づきでしたでしょうか?楽しんで頂けたら幸いです。

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