聖夜の夢

「戻りましたー」

依頼を終えて社に戻った敦はコートを脱ぎながら身震いする。

「寒いなぁ。もうすっかり冬ですね。そう言えば、街中にクリスマスの飾り付けもされてましたよ!」

「敦くんは元気だなぁ、冬なんて外に出る気も無くなるよ。うー、寒い寒い。」

そう言って縮こまっているのは太宰。

「寒いのは職務怠慢の理由にはならんぞ、太宰!いつまでそうして縮こまっているつもりだ。」

そうやっていつものように喝を入れる国木田も、心なしかいつもより厚着のようだ。

「でも今日は本当に冷えますもんね。今年はホワイトクリスマスになるかもって天気予報で言ってましたよ。」

「ホワイトクリスマス?」

谷崎の言葉に首を傾げる。

「クリスマスに雪が降る事だよ。雪なんて降っても寒いだけなのにねぇ。」

「へぇ、ロマンチックじゃないですか。綺麗だろうなぁ。」

太宰に教えてもらった光景を想像し、

「見てみたくなるなぁ…」

と思わず呟くと、背後から乱歩の声が掛かる。

「じゃあ僕を連れてってよ、敦。僕クリスマスマーケットのお菓子食べに行きたいんだけど、1人じゃ道わかんないし。」

「乱歩さん!あはは、確かにクリスマスマーケット楽しそうですもんね。行きましょうか。」

「クリスマスマーケット?」

敦と乱歩が話していると、傍にいた鏡花が目を輝かせていた。

「鏡花ちゃんも行ってみる?」

行きたいんだろうなぁと微笑ましく思いながら訊ねた敦にコクリと頷き返す鏡花。

「行くのはいいが、敦一人で乱歩さんと鏡花を連れて行けるのか?」

国木田の問いにギクリとする。

(確かに僕一人で行ったことのない場所に二人を連れて行くなんて。ヘタレな僕にできるのか?)

「じゃあ国木田くんも行けばいいじゃないか!」

その時、突然横から飛んできた太宰の言葉に国木田は唖然とする。

「仕事があるのにクリスマスを楽しんでいる場合ではないだろうが!」

「クリスマスマーケットには仕事終わりに行けばいい。夜の雰囲気も素敵だろう?で、私にも何か買ってきてよ。」

「ふざけるな!何サラッとお土産を頼んでるんだ!貴様も行くんだぞ!」

貴様【も】?

…え?

「ってことは国木田さんも来てくれるんですか?」

「は?あっ、、。し、仕方ない。だが、くれぐれも勝手な行動はするなよ!そして、仕事をきちんと片付けてからだ!」

敦の質問に慌てふためいて、眼鏡を直しながらくるっとパソコンに向き直り、仕事に戻る国木田。顔を見合わせてふふっと笑う社員達。

「わーい!今日は夜遅くまでお菓子食べ放題だぁ!」

乱歩の喜ぶ声が響いていた。


夜6時。

冬の日の入りは早く、あたりはすっかり暗くなっていた。おまけに天気予報で言っていたとおり、柔らかな雪がしとしと舞い降りている。

「わーい!着いたー!」

乱歩を先頭にクリスマスマーケットにやってきた探偵社員たち。外に出たがらない太宰も国木田に引きずられながら連れてこられた。

「わぁ、、」

鏡花が見惚れているのは大きなクリスマスツリー。この会場のシンボルだろう。多くの来場客が写真を撮っている。

「鏡花ちゃん、写真撮ろうか。」

敦の声に

「う、うん!」

と頷きかけた鏡花だったが、周りを見回している。

「でも、みんなは、?」

「あぁ、それなら大丈夫じゃないかな。みんな自分の好きな所に行っているし、、」

そう。なんといっても自由な社員達。各自、お酒やチョコレート、お肉の匂いにつられてすでにどこかへ行ってしまっている。

「僕達もいろいろ見て回ろうか」

写真を撮り終え、歩き出す敦と鏡花。ローストビーフにソーセージ。いつもより少し豪華な晩御飯を二人で食べ、鏡花はそれだけでなくホットチョコレートにチュロスまで食べていた。

(さすがは女の子、デザートは別腹というやつか。)

そんなことを思いながら敦は、店を見て回っている途中で鏡花が見ていたものを思い出した。

「鏡花ちゃん、少しここで待っていてもらってもいいかな?」

「…?うん。わかった。」

そうして敦はまだチュロスを頬張っている鏡花を残し、ある店に急いだ。


「ええと、確か…」

たどり着いた店には可愛らしいドーム型の置物。スノードームというらしい。先程鏡花が見ていたものだ。せっかくなのでプレゼントしようかと思っていたのだ。

「うーん、、迷うなぁ。」

「どなたかにプレゼントですか?彼女さんとか?」

迷っていると店員に声をかけられた。

「へっ!?いやっ!ち、違います!ただ、いつも僕を助けてくれる子にあげたくて。」

焦った敦を見て微笑みながら店員は相談に乗ってくれた。


やっとのことで選んだプレゼントを抱えながら鏡花の元へ戻る途中。曲がり角で人とぶつかった。

「あっ!すみません!大丈夫です、、かぁ、」

敦はぶつかった相手を見て固まった。黒い外套を纏った男。よく見知った相手だった。

「あ、芥川!?」

「なんだ、人虎か」

「な、なんだってなんだよ!」

「貴様に用など無いのでな。」

「こっちだってお前に用なんて無い!」

遭遇した途端始まったいつもの口喧嘩。組織間での衝突が止められているため、抗争にまでは発展しないがお互い会いたい相手ではない。

「こんなところでクリスマスを満喫するとは。呑気なものだな。」

「うるさいっ!お前も同じだろ!」

クリスマスマーケットにポートマフィアの人間が来るなんて、、。

「勘違いするな、やつがれは仕事だ。」

「いや、ポートマフィアがクリスマスマーケットで仕事って、、。」

「貴様には関係ない。」

それ以上突っ込むなと言わんばかりの鋭い目に睨まれた。確かに僕には関係ない。そう思い、

「はぁ、じゃあ僕は戻るぞ。」

と鏡花の元へ戻ろうとした時。

「クリスマスの空気に呑まれて己まで幸せ者と錯覚するか。愚か者め。クリスマスというものは恵まれた者だけが見られる幻想だ。」

背中から芥川の言葉が降ってきた。その冷たい声にむっとしたが、彼の言葉の意味することも理解でき、一瞬口をつぐんでしまう。

「確かにクリスマスは幸せな子どもだけがみることのできる夢だ。僕はプレゼントを楽しみに眠りについたことも、サンタクロースを探して夜空を見上げたこともない。だけど今の僕は間違いなく幸せだ。」

自分の居場所ができ、周りの人にも恵まれ、今日もそんな人達と生きている。それが幸せなのだと今の敦は確信を持って言えた。芥川はおそらく会場にいる家族連れを見て惨めにはならないのかと言いたかったのだろう。

「僕は幸せとは言えない過去を生きてきたけど、それでもここにいる子どもたちに妬みとかは感じない。このまま幸せに生きて欲しいなと思う。僕みたいに苦しみを抱えて欲しくはない。少し羨ましいとは思うけれど。お前だってそうだろ?ここで何をしているのか知らないけど、幸せそうな子どもたちに恨みを抱えてるならとっくに何かしてるだろう。」

敦の言葉に返さず、顔を背ける芥川。素直じゃないんだろうなぁと仕方なさそうに敦は笑った。

「それより貴様。その荷物はなんだ?」

意外にも話しすぎてしまい、芥川に聞かれるまで抱えたままになっていた荷物。はっと気づき、焦る。早く戻らなくては。

「あっ!鏡花ちゃん!早く渡さなきゃ!ずっと待たせちゃってる。」

「鏡花も来てるのか。鏡花へのプレゼントか?くだらん。」

「くだらなくない!鏡花ちゃんにもたくさん幸せになって欲しいんだ!じゃあ、本当に僕もう行くからな!」

芥川に背を向けて今度こそ走り出す。プレゼントを渡したら鏡花はどんな顔をしてくれるだろうか、喜んでくれるだろうか?敦の腕の中で袋に包まれたスノードームの雪がひらひらと舞っていた。


❆ ┄ ❆ ┄ ❆ ┄ ❆ ┄ ❆ ┄ ❆ ┄ ❆ ┄ ❆ ┄ ❆


雪が降り始め、冷え込んできた会場で変わらず『仕事』をする芥川。本来予定に無かった仕事で、夕方頃に緊急で舞い込んできたものだった。別件で外にいた芥川が指定された場所はクリスマスマーケットの会場。到着した先にいたのは、ポートマフィア首領・森。…とその後ろからひょこっと顔を出したエリス。その任務は…

「今夜エリスちゃんとクリスマスマーケット楽しむから護衛よろしくね♡」

「…。」

その時の芥川は固まって動かず、表情も死んだように無だったという。それから数時間、こうして弱い体に無理をして護衛を続けていた_____。

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