願い事
「あっ、敦くーん!おかえりー!ねぇねぇ、今日は何の日でしょーうか?」
仕事から戻った敦は、太宰から出された突然のクイズに戸惑う。
「えっ!?今日ですか?」
(しまった。何か大事な予定でもあっただろうか。忘れたなどと言えば国木田さんにどやされる!)
そんなことを思いながら必死に頭を巡らせる。
「今日は7月7日…。あっ!七夕…ですか?」
「大正解~!ということで。じゃーん!」
そう言った太宰の後ろには大きな笹の葉。そして、飾り付けをする探偵社員達。
「わぁ!立派な笹ですね!」
「でしょでしょー!賢治くんが持って帰ってきてくれたんだよー。」
「ええっ!賢治くんが!?」
太宰の言葉に驚く敦。笹を持って帰ってくるなんて一体どういう状況なんだろうか。そんな驚いた敦の声に飾り付けをしていた賢治が振り返る。
「あっ!敦さん、おかえりなさい。商店街を歩いていたら田中のおじさんに貰ったんです。せっかくですから敦さんもご一緒にどうですか?」
なるほど、そういうことか。納得しながら誘われるままに皆の輪の中へ加わる。
「わぁ、近くで見ると本当に大きいなぁ。」
「はい、敦くん。これ短冊ね。皆で願い事を書いてるんだ。」
感嘆していた敦に、谷崎が短冊を渡してくれた。
「あっ、ありがとうございます。願い事かぁ。」
「うん。書けたら笹に吊るしていってね。」
そう言って谷崎は飾り付けに戻っていった。ナオミに呼ばれていたようだ。
「七夕をするのは初めてかい?敦くん。」
短冊を見つめているといつの間にか隣にやってきた太宰に聞かれた。
「はい。孤児院ではこういったイベントって無かったので。聞いた事はあったんですが、実際に願い事を書くなんて初めてです。」
「そっか。じゃあ、七夕のお話は知ってるかい?」
七夕のお話。あの有名なお話のことだろうか。どこかで聞いた事があるような気がして、記憶を辿りながら答える。
「確か、織姫と彦星ですよね?離れ離れになってしまった2人が1年に1度天の川を渡って会える日。」
「違うよぉー、敦くん。七夕はね、織姫と彦星が天の川で心中する日だよ。」
にこにこしながらとんでもないことを言い出す太宰。
「いやっ、違いますよね!?それは太宰さんの願望では?七夕ってもっとロマンチックなものでしたよね?」
「えぇー、心中だってロマンチックだよぉー。」
話を聞いて損をした。
「もうっ!早く短冊書きますよ!」
仕方なくいつもの様子の太宰を引っ張って机に向かう。
「願い事かぁ。どうしようかな。」
悩む敦。願い事なんてしたことが無く、何を書けばいいのか分からない。
「七夕の2人にあやかって願い事をするなんて人間はどこまでも欲深い生き物だね。」
不意に太宰が零した言葉に思わず顔を上げる。しかし、そこにはいつもの笑顔を浮かべた太宰がいるだけ。
「ま、かくいう私もそんな欲深い人間なのだけれどね。」
そう言って太宰が見せた短冊には、
『いい川が見つかりますように。』
(この人入水する気満々だ!)
なんて思いながら、敦は苦笑いするしかない。
「まぁ、願い事なんてそんな考えなくても善いのだよ。ほら、乱歩さんも。」
そう言って太宰が指さした先には、笹の葉に吊るされた短冊たち。『ラムネ』『チョコ』『焼き菓子』…。乱歩だ。これにも苦笑するしかない。敦は何かを決心したように自分の短冊に向き直り、ペンを走らせる。
「書けました!」
「どこに吊るしましょうか?」
太宰と共に笹の葉の前まで来た敦が迷う。既に他の社員が短冊を吊るしており、場所は限られてくる。ひたすらお菓子の名前が書かれたもの、『牛丼がたくさん食べられますように。』と書かれたもの、『たくさん手術出来ますように』と赤字で書かれたちょっと見たくないもの、『予定が太宰に狂わされませんように』と叶いそうもないもの、など様々だ。隣を見ると鏡花も短冊を吊るすところのようだ。
「鏡花ちゃんも書けたんだね。どんな願い事にしたの?」
「え、あっ、えっと…」
口ごもりながら顔を赤らめる鏡花。どうしたんだろうと思っていると、
「女の子の願い事を聞くなんて失礼ですわよ、敦さん。乙女の願い事はいつだって秘密なのですわ。」
とナオミが入ってきた。
「えっ、あっ、ごめん!鏡花ちゃん。」
敦が謝ると、
「ううん。でも、…秘密。」
そう言って鏡花は微笑んだ。
(鏡花ちゃんが楽しそうならそれでいいか)
ナオミと楽しそうに短冊を吊るす鏡花を見て思った。
「敦くーん!吊るせたよー!」
そこへ太宰からの声が聞こえて思い出す。
(そうだ!僕も吊るさなきゃ)
と思ったところで疑問が湧く。
(吊るせたよ?)
太宰の元へ戻ると案の定、太宰によって敦の短冊が吊るされていた。しかも、1番目立つところに。
「ちょっと、太宰さん!なんで勝手に吊るしちゃうんですかー!?というか、僕自分の短冊は持っていたはずなのに…」
「あぁ、それはね、さっき
(まぁ、これが太宰さんだよなぁ)
と思いながら、仕方ないなぁと息をつく。それでも恥ずかしいから場所は変えてもらおうとした時。
「善いと思う。」
ふと聞こえた声に目を向けると鏡花が敦の短冊を見ていた。真っ直ぐな瞳にたじろぐ。
「そっ、そうかな?無難かなーと思ったんだけど、これしか思い浮かばなくて。」
照れながら言うと
「貴方らしいと思う。」
鏡花はもう一度そう言ってくれた。
『みんなが幸せでありますように。-敦-』
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