第21話 退屈な夏休み

「公式大会が……中止?!」

 龍之介はテレビに映し出されたニュースに大声を上げた。

「龍、残念だったね。地方大会は突破できたのに」

「大規模な通信障害とバグが原因だってニュースでは言っていたわね。こんな事、初めてだわ」

「それに合わせて普通のサモンバディーズもしばらく稼働休止だって」

「それがいいわよ。夏休みだからと言ってずっと家に居られちゃ、健康に悪いわ」

 両親はそう言って朝食を食べ始める。龍之介も同じように食パンをかじるのだけれど、味が全然しない。

「ずっとゲームばっかりしていたんだから、たまには外に出て遊んでらっしゃい」

 そう言って、お母さんは水筒と帽子を龍之介に持たせて外に出した。ポイっと外に出されたって、行ける場所なんてほとんどない。

(公園だって、何していいか分かんないもんなぁ)

 近くの公園では走っても駄目だし、ボールで遊んでも駄目だ。自転車を走らせようなら大人達から嫌な視線を向けられる。何のための公園なんだろうか。

「自転車……一応乗っていこう」

 今年の春に新調してもらった自転車はまだピカピカだ。だって、滅多に乗らないのだから。あてもなく自転車を走らせ、龍之介は町の中を彷徨う。

(みんな、どうしているんだろう)

 こんな時、サモンバディーズならチャット機能でみんなを集められた。ひなたや尚也じゃなくても、クラスの誰かとか、よその学校の誰か、とか、とにかく誰かを呼べた。

 じりじりとアスファルトの照り返しが強くなってくる。お母さんの言い方じゃ、お昼ご飯まで外にいなさい、という事なのだろう。

(寂しいな……)

 街を歩いていく人は多い。でも、誰も龍之介に目を止めない。せかせかと自分だけを見て歩いていく。人通りが多い場所についたので、自転車を降りた。自分でこがない自転車はひどく重く感じた。

(確かにあのウサギ女はやばいやつだったけど……)

 あまり詳しくない龍之介でも分かっているのは、あのウサギ女の「ご主人」はサモンバディーズのサーバーをジャックし、好き勝手にやっているという事だ。そのせいで、大会は中止、ゲーム自体も大型メンテナンスが行われる。

 もしかしたら、瑞貴のアバターを盗んだ奴の手先かもしれない。

 でも、なんのために?

 

 サモンバディーズは面白いけれど、ただのゲームだ。おもちゃにそんなに思い入れるのだろうか。多くの子ども達を困らせていいものじゃない。

(ひまだな……)

 スーパーのゲームセンターに行くほどのお金もないし、夏休みだから学校の先生たちの見回りに捕まる可能性だってある。

 どこにも行けない。

 どこにも遊ぶ場所がない。遊ぶための道具は何一つ残ってない。どんなおもちゃもゲームもサモンバディーズには勝てなかった。だからこそ、失って分かった。

(サモンバディーズが大事だったんだな、俺。どうしたらいいんだろう)

 メンテナンスに入ったのなら、自分にはどうしようもない。ぽてぽてと歩くたびに無力感に襲われていく。

「おい、龍之介」

 ふと背後から自分を呼ぶ声がした。のろのろと振り返ると、瑞貴が立っていた。

「どうだった?」

「ニュースで見ただろ? サモンバディーズがメンテナンスに入るって……だから、ゲームができないって」

「でも、悪いニュースばかりじゃないんだぜ」

 少しだけ表情を和らげ、瑞貴がスマートフォンの画面を見せてくれた。サモンバディーズの画像をスクリーンショットにしたものだから、動きはない。けれど、そこにいたのは……。

「これ―――! お前のアバター!」

 揺らめく尾びれを輝かせ、リュウグウノツカイがそこにいた。以前向き合った時の禍々しさは消え、穏やかな表情をしている。

「いつの間にか戻ってきてたんだよ! 俺のアバターが!」

「それって、運営が取り戻してくれたって事だよな?」

「かもしれないし、犯人が解放したって事も考えられる」

「?」

 犯人が解放した? そんなことありえるだろうか。

「でも、これで俺サモンバディーズに潜る理由は無くなったな。こいつが戻らないことが心残りだったんだ」

「え?」

 憑き物が落ちたかのように笑う。あっけにとられた龍之介をよそに瑞貴は続けていく。

「こいつが戻った以上、サモンバディーズはやらなくていいよな。そもそも俺は六年生だし、そろそろ引退だよな」

「……」

「六年生で引退するのは理にかなっているんだぜ。なにせサモンバディーズのイベントのほとんどが小学生向けだから、中学生以上になると退屈になるんだよな。それに、部活とか勉強とかいろいろやることあるし」

「なん、だよ……」

「龍之介?」

「あの時の言葉は何だったんだよ……!」

 手を強く握り、龍之介は叫んだ。

「あの時?」

「俺とお前が初めて会った時だよ! サモンバディーズは楽しいって言ってたじゃんか!」

 ゲームは色々あるけれど、サモンバディーズは楽しいと言っていた。それをあっさりと止めるなんて思わなかった。

「俺はお前に勝ちたかったんだ!」

「……」

「アバターが戻ったって、お前が引退する必要はどこにもないじゃんか!」

「龍之介、サモンバディーズはメンテナンスに入ったし、公式大会は中止になったんだ。これ以上、やる事なんてどこにもない」

「でも! メンテナンスが終わればすぐにでも!」

「運営はいつ終わるか分からないって発表してる。つまり、ゲーム自体がなくなることだってあり得るんだ」

 その言葉にさっと血の気が引いた。それもそうだ。こんなに大事になるとは思わなかった。

(終わる……サモンバディーズが終わる……)

「お前もゲーム以外の趣味を見つけようぜ。俺も探している途中だけど」

 そう言って瑞貴は立ち去っていく。その背中を見送りながら龍之介は頭の中で終了という言葉を繰り返した。

 そんなの、いやだ。

 まだ遊んでいたい。あのゲームは確かに勉強臭いところもあったけれど、みんなで協力するのが楽しかった。チャット機能で今まで会ったことのない友達もたくさんできた。

 そして、公式大会。

 まだ地方大会が終わっただけじゃないか。いずれ文香のように全国の舞台に立ちたかった。

「まだ……遊んでいたい」

「やあ、はじめまして」

 涙で緩みかかった視線を上げると、そこには高校生くらいの男の人が立っていた。にこやかな表情を浮かべ、ゆっくりと歩いてくる。

「なにで遊びたかったのかな?」

「サモン……サモンバディーズ」

「いいよ。君は特別だ。招待するとも」

 にこにこ、と笑っている。龍之介がすべての言葉を理解するのにそれほど時間はかからなかった。気づけは龍之介はこくん、とうなずいてしまった。それを見た彼は手を差し伸べる。

「ようこそ、本物のサモンバディーズに」

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