第20話 籠目の時計
風がまとわりついて来る、と龍之介は思った。寒い日に吹く強い風だ。周りのアバターたちはバリアを張って風をしのいでいる。
エネミーの鳥は炎を纏っては飛びかかってくる。それを避けると大きく旋回する。
(俺が何とか道を作らなきゃ……!)
そう思って剣を構えるけれど、ガチャガチャと鎧が音を立てていく。時折飛んでくる風の刃を避けるだけで精いっぱいだ。
(でも、こういう場合大技の後に隙がある!)
何度もゲームをしてきたから分かる。大型のエネミーには大技が設定されていて、出して来たらしばらく動けなくなる反動がある。狙うとしたら、そこだけだ。
「うんうん、闇雲に動かない。ずいぶん【SLAYER】に慣れている子デシ。賢いプレイヤーは貴重デシ」
空中に浮かんだままウサギ少女は降りてこない。戦わないのは幸運だった。それよりも気になるのは……。
「嫌な予感ってのは、俺の事か?」
ウサギ少女は目を閉じて頷いた。少女はその前に「ご主人」と言っていた。アバターには”ご主人”は存在しない。なぜなら、プレイヤーがそのままアバターなのだから。だから、このアバターは誰かを”ご主人”と呼んでいるという事だ。
「いやな予感、というか。ご主人にはやるべきことがあるのデシ。だから、お前達をここに閉じ込めたデシ。あぁ、言っておくデシがリアルの方はもうご主人の手の内デシ」
「それって……大会が続いてるって事か?」
「そういうことデシ。さぁ、黒焦げになるのデシ!」
けしかけてくる鳥は龍之介にターゲットを定めたようだ。ならば、どうするか。
「尚也!」
「龍!?」
「あとは任せた!」
「待って! 龍之介!」
ひなたが叫ぶ前に龍之介は鳥の方へ駆け出していく。一歩一歩が感じられる。でも、こうするしかない。
「俺が狙いならこっちにこい! デカ鳥っ!」
鳥のエネミーの下を潜り抜け、龍之介は迷路へと足を踏み込んだ。【SLAYER】の世界なら、袋小路に入り込めばそこで終わってしまう。
(でも、みんなを守るにはこれしかない!)
ヒーローになる気なんてこれっぽっちもない。逃げ惑いながら進むことはヒーローっぽくない。けれど、これ以上戦うことができない奴を巻き込むわけにはいかない。
ジリ、ジリ。
龍之介の腰に下げた袋から小さく何かが動き出す音がした。でも、逃げることに専念している龍之介には聞こえなかった。
(あの鳥のエネミーは先回りはできないはず。なら、進んで。もし危なくなったと思ったらブレイクで壁を壊せば!)
文香がやっていたことだ。ブレイクスキルを積めば迷路を破壊できる。本来の目的じゃないから、スキルポイントを大きく消耗する。
「ケケケ!」
わき道から小さなエネミーが現れていく。それを剣でいなしていく。戦うごとに教科ポイントが増えていくのが分かった。戦いながら力を蓄えて、あの鳥にリベンジしないと。
同じような壁が続く中、龍之介は進んでいく。後ろからは鳥に乗った少女が追いかけてくる。
「迷路に逃げ込んでどうしようってんデシ!」
鳥のエネミーは大きすぎて小さな通路には気づかない。だからこそ少女は大声で龍之介を探す。そんなことをしたらよけに出たくなくなるのが普通だ。それに、声のする方向から大体の位置が分かる。それから遠ざかるように進めば鉢合わせにならない。
(よし、これで800ポイント稼げた―――っ!)
ほっとして龍之介が剣を下ろした途端、目の前の壁が急に赤く輝きはじめる。まるで熱し過ぎた鉄板のように。
ざぁ、と血の気が失せていくのを感じた。
それは瞬間の事だった。龍之介の目の前の壁が爆発したかと思えばその先にはあのエネミーと少女が立っていた。
「じゃまなものはそう、全部燃やせばいいんデシ」
「マジかよ……」
まさかエネミーが壁を破壊してつっこんでくるとは思わなかった。この場所はもう、何でもありになりつつあるという事か。
「狭い所に逃げ込めばどうにかなるとでも?」
「……」
「どうやら、予感は予感に過ぎなかったということデシ。やってしまえ」
低い声で命令し、少女は冷たい目をこちらに向ける。高く鳥が鳴いた後、全身を焔と変化させ、こちらへ跳びかかってくる。どう考えても大技。逃げ込める場所などもうどこにもない。
(もう、ダメか……)
そう思い、ふと腰に手を当てた。熱い。何かがかすかに光っている。そう、これはさっき小人たちから受け取ったものだ。たしか、カレーを作った時にお礼でもらった水晶玉だ。
(これはなんだ?)
「燃やし尽くせ!」
鳥が目の前まで迫ってくる。龍之介は水晶玉を掲げた。鳥の炎に呼応するように光が強くなったかと思うと、水晶玉がはじけ飛ぶ。
「なっ!?」
そこからはあっという間だった。水晶玉から飛び出たのはふたつの正三角形を上下違いに重ねた模様だった。一見すると星のようなその紋章は鳥の絡みつき、そして地面にその体を縫い付けた。
羽ばたこうとする鳥が頭を上げようとしても、星の縛りはそれを阻んでいく。
「籠目の時計か!? なんでそんなものをお前が持ってるデシ!?」
「なんだよ……それ」
「ふざけんなデシ! こんなアイテム、配布することは―――!?」
「そこまでです」
ふわりと龍之介の前に降り立ったのは、あの時見た乙姫様だった。
「やっと見つけましたよ。ブラックボックス。まさか公式大会に乱入するとはとうとうヤキが回ってしまったんですか?」
「っ! 運営か!」
逃げるように後ずさったウサギ少女に音姫様は手を叩いた。その音とともに現れたのは同じような腕章をつけたアバターたちだった。
「この数、逃げ切れるとでも?」
「……ははっ! そのセリフ聞き飽きたデシ!」
ウサギ少女はそういうなり、地面に向けてボールのような物を投げつける。煙に包まれていく。
「待て!」
数人のアバターたちが一斉にとびかかるも、その刃は届かなかった。
「またお会いしましたね」
「あ、乙姫様……」
「ええ。先日はご協力ありがとうございました。お友達はもう大丈夫。無事にログアウトできるよう、手配しています」
「ありがとうございます……」
笑顔がどうもぎこちない。龍之介のことばをスラリとかわし、乙姫様は縫い付けられた鳥エネミーを見ていた。
「隊長。このエネミーにはやはり強力なデーター改ざんが見られます」
「この改ざん……解析するには、専門チームが必要ですね。すぐに手配して」
「はい!」
「あの……俺達の公式大会は……?」
その言葉に乙姫様は表情を曇らせた。残念ながら、と呟いた。それ以上、言わなくても分かっている。
「大会運営に対し、脅迫文が出ている以上、今年の開催はあきらめるしか……。でも、すぐに再開できるようにします」
「お願い……します」
「悔しいお気持ち察してあまりあります。ですが、今は……」
「龍之介ー!」
「龍ーっ!」
「へ?」
「無事だったと、ご友人に伝える方が先決かと」
もみくちゃにされる龍之介を見て、乙姫様がふっと笑った。一安心、というわけにはいかなかった。
(もう、できないのかな……)
こんな事、初めてだ。大会が中止になるなんて思わなかったし、何よりこれを逃せば全国大会に進めるかどうか、分からない。
ゲームを続けさせてくれ、と思う気持ちと同時にあんな思いをしたくないという気持ち。二つがせめぎ合って、龍之介はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
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