第19話 ブラックボックス

『これより、【SLAYER】を開始するデシ』

 再度同じ声が頭上から聞こえてくる。苦手だった【CHOICE】から抜け出すことができた龍之介はジャンプしながら喜んだ。

「決勝戦が【SLAYER】なんてわくわくする!」

「予選からいきなり決勝なんて、結構タイムスケジュール厳しいのかな」

「尚也は細かいな! へっへーん! さぁ、問題かもーん!」

 わくわくとしながら進んでいく龍之介も、三歩、四歩と進んでいくうちに違和感に気づいた。

 ――― 問題が現れない。

「あれ?」

「決勝戦のはずよね? なんで問題が出てこないの? 一歩も動いていない私ならともかく、なんであんなに進んだ龍之介に問題が出てこないのよ」

「ちょっと待って、さっきの声変だった」

「そうだよな。なんかざらざらしてたし」

「いや、そうじゃない。あの声、確か【SLAYER】をお楽しみください、って言っただけで「決勝戦を行います」とは一言も言ってな―――っ!?」

 ビュィン―――!

 高い風切り音が迷宮中に響き渡った。風の強い日の渡り廊下で聞こえる圧縮された空気が無理矢理かき混ぜられる音だ。

「尚也君!」

 一番軽い尚也をひなたが腹の下に敷いて吹き飛ばされないようにした。

「なんだ……この風……!」

 風が前方から強く吹き付けてくる。ヴァーチャルの中だというのに、龍之介はとっさに目を閉じた。本当の風だったら皮膚に圧を感じる所だろうか。

「あれは!」

 カザキリ音の中から現れたそれに龍之介たちは気圧される。酉だ。鳥だというのに、その姿はあまりに巨大。それに、まばゆいばかりの七色の光に包まれている。先程まで絵本の世界にいた龍之介は、その鳥の正体をすぐに見破ることができた。

「★5エネミー”太古の霊鳥”っ!」

「なんだって! ★5エネミーが出てくるなんて! そのエネミーは【SLAYER】の最奥のボスだよ!」 

 ひなたに押しつぶされていた尚也がゆっくりと顔をこちらに向けてくる。

「あれが……★5エネミー……。初めて見たわ。こんなエネミー見たこと無い」

 鳥は空中で軽く羽ばたきながらこちらをじっと見ている。このエネミーは戦闘を嫌い、マップ中を自由に羽ばたいている。遭遇しても、すぐに逃げてしまうことで有名だ。それなのに、逃げることなくこちらを見ている。

「君達! 無事!?」

「誰かログアウトさせてくれ!」

「運営と連絡が取れない! 誰か! 助けて!」

 はっと気づくと先程予選大会で勝ち抜いてきたアバターがあちこちにいた。それのどれもが重傷を負い、床に叩きつけられていた。

 一人は傷ついたアバターを安全な所へ運び、一人はひたすらにメニュー画面をいじっている、そしてまた一人一人と逃げたいと叫んでいた。

(★5エネミーなんて……この間のリュウグウノツカイレベルのポイントがいるはずなのに!)

 はっとして龍之介は自分のステータス画面を表示させる。もし、あの時のポイントがまだ使えるのだったら―――!

 

 【教科ポイント:「社会」512ポイント】


(やるっきゃない!)

 あの時よりも少ないけれど、無いよりましだ。それに、【SLAYER】なら戦闘したって大丈夫なはずだ。

「龍!?」

 一歩、一歩進んでいく龍之介に尚也が大声を上げる。

「こいつを倒して、このゲームを終わらせる」

「無茶だよ! この間は運がよかったんだよ!?」

 ひなたも同意して叫んでいる。

「でも、俺しかポイントがある奴がいないから!」

 剣を引き抜いて、鳥に向ける。龍之介の闘う意志を感じ取ったのか、鳥が高らかに鳴いた。いかくするようにトサカを広げ、羽ばたきはじめる。

その度に突風が辺りに巻き起こる。とっさに膝をついて吹き飛ばされないようにした。

「くっ! やっぱり、あの時の半分もないから、一撃くらっても致命傷だ!」

 なら、引きつけておいて切る。これしかない。龍之介の行動の意図が読めたひなたが叫んだ。

「逃げなさい!」

「逃げない!」

ひなたが言い返そうと口を開きかけたその時、あの声が聞こえてきた。

「このアバターなのデシ。ご主人が言っていた嫌な予感は」

 急に振ってきた甘ったるい声に龍之介たちは上空を見上げた。視線の先にいたのはウサギの耳をはやした女の子のアバターだ。白いエプロンドレスに、左右で色違いの長い靴下。フリルのたくさんついた傘を広げて宙に立っている。

「お前……! 誰だ!?」

「女の子に向かって、お前? なんてお行儀のよくない子デシ。この状況で逃げないなんて選択をする子なんて、今時珍しいデシ。普通はコスパだの、省エネだの言って逃げる選択ばかりするデシ」

「なにいってんだよ! お前は一体何をしてんだ! 運営にBUN申請するぞ!」

 BUN申請。行動が著しく悪いプレイヤーを運営に申請する機能だ。サモンバディーズのアカウント管理が難しいのはみんなの知るところで、この言葉は実質的な脅しになる。

龍之介の言葉を少女はキョトンとして聞いている。かと思えば、きゃははっと大声をあげて笑い転げた。

「何がおかしい!」

「私はブラックボックス。運営には捕捉できないアバター」

「そんなのあり得ない!」

「だったらここでログアウトしてみてはいかがデシ? どうだ? 出来まい?」

「くっ!!」

「私の目的はただ1つ! ご主人の為、このサモンバディーズを壊すのデシ!」

「!!??」

「行け! 太古の霊鳥! 焼き付くせ!」

輝きをまとった鳥が龍之介めがけて飛んでいく。

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