第11話 地区大会予選開始!

 アバターが奪われた。

 運営の紋章をつけた電脳世界の乙姫様。

 彼女は原因を調べてくれると言って、泡のように、溶けるように消えて行った。

(調べてくれる、て言ってたけど、何にもないよな)

 あれからいろいろなトークルームに入って調べてみたけれど、アバターが奪われたという話は全く見られなかった。

 でも、実際に奪われた瑞貴は取り戻そうと必死になっている。

(瑞貴はあれから見かけないしな……)

 いろいろなルームに入ってみても、瑞貴のアバターは見られなかった。

 今はそれよりも、地区大会に出場するためのスキルポイントを稼がないといけない。なにせ、あのリュウグウノツカイとの戦いで今まで溜め込んでいたポイントはほとんど消えたから。

 今龍之介は【FLAG】をやっている。目の前には黄金色に輝くレアがある。それに手を伸ばし、龍之介は叫んだ。

「このフラッグをとれば俺の勝ち―――!」


 【新たなプレイヤーがログインしました】


「ごめんねー龍之介。姉ちゃんの息抜きに付き合ってねー」

「ね……姉ちゃんっ……!!?」

 にこにことフラッグ越しに銀色の鎧をまとった天使が舞い降りた。

 元全国大会優勝者がここにいる。

 天使は容赦なく龍之介がせっせと集めたフラッグを根こそぎ狩り尽した。

 もちろん、スキルポイントは獲得できずだ。久しぶりに現れた銀色の天使に龍之介は床を転げまわって抗議するしかなかった。


「じゃあ、今のうちのスキルポイント発表!」

 地区大会の登録締め切りが近づき、毎日のようにひなたが二人を集める。今日の集合場所は公民館の前にある児童公園。そのベンチに座り、それぞれがサモンバディーズの端末を広げている。

 公園には子どもの姿は全く見られない。”児童”公園なのに、いるのはおじいさんか赤ちゃん連れの人しかいない。それもそのはず、この公園は遊具は一つもないし、ボール遊びもも自転車も走り回ってもいけないんだから。

(スキルポイントこの間たくさん使ったけれど、あれからふやせてよかった……)

 幸いにも、姉の文香からの妨害は減っている。文香の受験勉強が近づいているからだと龍之介は思った。

「俺は5個貯まった」

「こっちは13かな。で、今日中にはもうちょっと伸びそう」

「私も8個あるから、最低スキルポイントはクリアしたね」

 端末にそれぞれのプレイヤープロフィールを表示させる。アカウントに表示されるのはプレイヤーの名前と住んでいる都道府県の名前、そしてアカウントを取得して何日経ったかなどなど、色々だ。

 プレイヤー名は実名では登録されず、ランダムで選ばれた数字が12ケタが登録されている。実名を避けるのは、万が一情報が流出した時に被害を最低限で留めるためらしい。

「じゃあ、リーダーは尚也でいいな」

「そうだね。去年もそうだったから、そうしよう。じゃあ、運営に登録するよ」

 尚也が端末を操作して、サモンバディーズの公式サイトを表示する。サモンバディーズのトップ画面には龍之介たちと同じ小学生くらいの子ども達と、アバターらしき動物やロボットが一緒に描かれている。

 このトップ絵は定期的に変わり、その度に龍之介たちの知っている漫画家や画家の絵が使われているので、わくわくする。イベント専用のトップ画面もある事はあるけれど、今はデフォルトの絵だ。

「えっと、”全国大会・関東地区・東京都・G地区大会”っと」

 尚也が呟きながら、参加する地区大会を選んでいく。ひなたと龍之介はその間にチームを組むことで発行されるチームIDを記録する。それをしないと、チームとして参加することができない。

「じゃあ、チームIDをこっちに送って……確定!」

「やったー!!」

「今年も優勝目指して頑張るわよ!」

 三人で手を合わせて、声を上げる。

「とはいえ、問題は瑞貴だよな~。アバターの件、まだ動いていないらしいし」

「瑞貴さんといえば、また色んなルームに潜っているみたいだね。トークルームでも話題になる事もあるし」

「ソロ出場するのかな」

「そうかもね。去年もそうだったし」

 地区大会に出場するときに必要なのはスキルポイントだけだ。それを数人のチームで分け合ってもいいし、一人で必要ポイントを稼いでもいい。瑞貴ほどのプレイヤーならソロプレイでも十分地区大会に出場できるだろう。


「じゃあ、二週間後だね。楽しみだわ!」

 登録を終えたひなたがのびをする。ベンチに広げるのは端末以外にもおかしやジュース。それぞれの家から持ってきたお菓子を食べて、三人は地区大会についてもう一度話し合うことにした。

「地区大会、と言ってもルールはその時々で変わるんだ。チーム、もしくはソロプレイで戦い、上位10チームが上の都道府県大会に進めるんだ」

 尚也が端末の表示を公式サイトからコピーした図に切り替える。それはピラミッドの形になっていて、一番下に”地区大会”、次に”県大会”、”全国大会””優勝”と続く。

(姉ちゃん、このてっぺんに立ったんだよな……)

 改めて思う。このピラミッドの頂点に文香はいたのだ。それから数年経った龍之介とは言うと、ピラミッドの一番下から上に上がることができないほどだ。

「県大会で3チーム、全国大会はそれぞれの剣から1チームの代表が出て戦うんだよね。改めて、本当に途方もないよね。今年だけでも何チーム出るんだろう」

「チームとはいっても、ソロプレイヤーもいるだろうし。去年の全国大会の出場者の大半はソロプレイヤーだったし」

「人数増やせばいいってわけじゃないのも、サモンバディーズの難しいところだよな」

 龍之介はちょっとだけぬるくなったサイダーを口に含んだ。サモンバディーズのチーム人数は特に決められていない。だから、クラス全員で一チームという事もできる。でも、それはよっぽどのことが無い限り長くは戦えない。

「人数が増えればその分チームワークが必要になるんだし。やっぱり3人が一番いいらしいね。チーム人数が3人の所が一番多いらしいよ」

 ひなたは持ってきたスナックを食べる。サクサクと小さい音を素早く立てて飲み込んでいく。龍之介が手を伸ばすと、ぺしりと叩かれた。

「予選は去年と同じ、隣町のせせらぎランドでやるって」

 せせらぎランド、とは隣町にある大型のショッピングモール。もう何十年も前になくなってしまった屋上遊園地が復活したことで一躍有名になった。せせらぎランドにはVR体験ブースがあって、毎年そこを貸し切って行われている。

「去年はCHOICEで連続で理科が出ちゃって大変だったよね。尚也君は途中で頭が回らなくなったし、龍之介はいつもの調子だったし」

「そーだぞー。ひなただって、苦手な慣用句問題でボロボロだったじゃないか」

 うーとひなたが睨んできた。同じ事をやり返しただけなのに、何なんだ。

「まぁまぁ、二人とも。この一年間、苦手な所を勉強してきたんだし。それに、5年生になったからそれなりに進めるはずだよ」

「だよな! 今年こそ全国優勝するぞ!」

「あーあー、いきなり大きな口叩いちゃって。あとでしんどくなっても知らないよー」

「ひなた! せっかく人が言ったのに!」

「あはは。じゃあ、今日もサモンバディーズをする時間を決めようか!」

 ジーワジーワと一足早い蝉の声が聞こえ始める中、龍之介たちの夏の戦いが幕を開ける。抜けるような大きな青空に広がっていく綿雲たちは、子ども達の声を取り込んで遠くへと流れていく。

 

 

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