第10話 電脳世界の乙姫様
キィィイィン!
「右からだ!」
「よっしゃ!」
響き渡る氷と波の轟音に龍之介は一度は驚いたけれど、少しずつ慣れていく。瑞貴の動きに合わせると、不思議な感覚があふれてきた。
(こんな事、初めてだ)
体の動きはすべてVRのコントローラーで決められている。手を握る強さも、首の角度も、足の運びもそう。
SLAYERであっても、その動きは他のルールとあまり変わらない。
進む、止まる、武器を振るう、だけなのに、このエネミーと戦うにはそれ以上の事を考えなきゃいけない。
(半端なシューティングゲームより難しい!)
【教科ポイント:社会:残り:954】
上手く避けているはずだけれど、それでも少しずつ削られていく。氷柱だけじゃない、時々地割れを起こしてくる。それの破片に当たりポイントが5、10、30と削られていく。
(持ってあと10分ってとこか)
瑞貴の教科ポイントの総数は見えない。けれど、黒い鎧に様々な裂け目が見られる。教科ポイントの削られ具合でアバターの見た目も変化していく。よりリアルな体験をしてもらうために用意された要素らしい。
黒騎士はガシャガシャと音を立ててはリュウグウノツカイに肉薄していく。ただ武器を振るうのではなく、上から、下からと様々な攻撃を仕掛けている。他にも蹴りも入れるなど、龍之介には考えた事もない攻撃も入っていた。
(せめて動きだけでも止められたら……)
龍之介は一旦エネミーの攻撃範囲から逃げる。何か、何かあるはずだ。ここはRUNではなくSLAYERの迷宮だ。だったら、きっと、あれがある。
(よし、瑞貴に合図を)
バシ、とリュウグウノツカイの尾が龍之介の頭上に落ちてくる。振動がゴーグルを通じて伝わってくる。まるで大きなバケツが落ちてきたみたいだ。
ぐわんぐわんと頭が鳴っている。けれど、そのおかげで見えてきた。
(罠にはめる!)
「さっきの開始テストのボーナスでサーチスキルを買っててよかった!」
龍之介はサーチスキルをありったけ使い、迷宮の全ての通路を明らかにした。そのうえで、通路の上に浮かぶ罠を見比べる。
(あのリュウグウノツカイが元はアバターなら、罠に引っ掛けられる)
迷路の隅、そこに落とし穴のアイコンが浮かんでいる。落とし穴のアイコンは先に通れば自分のものにでき、次に通ったアバターを閉じ込められる。
「瑞貴! ここ!」
「……! よくやった!」
にや、と笑った瑞貴とハイタッチをして、最短距離をひた走る。その間も氷柱は降ってくるから、互いに協力してはじいては走っていく。
走っているのはアバターで、龍之介は軽く足を動かすだけだけれど、それでも疲れてくる。軽く息が上がっていく。苦しい、口の中が乾いていく、ログアウトしたくなってきた。でも、それだけはしてはいけない。
相手は追いかけてくるけれど、そこまで速くはない。
しばらく走っていくと、行き止まりにたどり着いた。行き止まりの手前に落とし穴の絵が描かれた丸いボールのような物が浮かんでいる。
「行くぞ! 先に行け!」
「おう!」
落とし穴のアイコンに触れないよう、龍之介は先に行きどまりにたどり着く。壁に手をつき、息を整える。
「これで、終わりだぁ!!」
瑞貴が落とし穴のアイコンに触れ、落とし穴を起動させる。浮かんでいるはずのリュウグウノツカイは見えない岩に押しつぶされたかのように床にたたきつけられた。巨大な体をすっぽりと包むような巨大な穴が現れ、メキメキと魚の身体を押しつぶしている。
「よし、これで。こいつの情報タブを開いて、そこから再認証をかければ……?」
ゆっくりと近づき、リュウグウノツカイを調べていた瑞貴の手が止まった。再認証とは、アバターの起動がうまくいかなかったとき、外部から再起動させる機能も持っている。だから、普通のエラーなら瑞貴の物になるはず、だったのに。
「無駄なことをしないでください」
ひらり、とリュウグウノツカイの上に少女が降り立つ。腰まで届くような黒髪に細かな飾りがついた金色の髪飾りをつけている。ひな人形の様に重ね着をしたその姿は足元の魚もあって、乙姫様のように見えた。
「無駄なこと……?」
二人が驚いているのを見た少女はゆっくりと頷いた。
「このアバターはすでに初期記録に戻されています。もう、あなたの物ではありません。そのアバターに切り替えたのなら、いいのではないですか?」
「初期記録? でも、こいつの強さは俺が使っていた時と同じだったよ?」
「ええ。地区大会優勝者が使用していたアバターですから、所持しているポイントやスキル数も相まって、価値があります」
淡々と言葉を返していく声は、軽やかな鈴のような声なだけに不気味さを帯びている。人形が喋ったらこうだろうな、と龍之介は思った。
「毎年、全国大会が始まるころになると起こっているのです。優勝者のアバターを奪い、そのアバターを使って出場するなり他の優勝候補者を妨害する行為が。もっとも、地区大会程度でそれが起こるのは私も経験上初めてですが。それほどこのアバターには価値があるのでしょうね」
「こいつは俺が初めて登録した時のアバターなんだ! 返してくれよ!」
乙姫様は首を振る。
「アカウントとアバターは連動しないので、こちらからはなんともできません。元々あった初期アバターですし」
乙姫様の腕に巻かれている腕章に龍之介ははっとした。
「運営の人……ですか?」
「運営!? パトロールですか?」
腕章にはサモンバディーズのロゴマークが描かれていた。サモンバディーズの運営の人を見るのは初めてだった。けれど、運営の使っているアバターにはロゴマークの入った何かをつけているのがルールだと聞いたことがる。
「ええ。アバターの不正使用が増えているので、その調査です」
「戻すことはできないんですか?」
「……こちらもできる手は打ちます。けれど、期待はしないでください。とりあえず、このアバター本体はこちらで引き取ります。念のため、あなた方のプレイヤー名、そしてアカウント情報の提示をお願いします」
「龍之介です」
「瑞貴だ」
メニュー画面を開き、その中のプレイヤーカードを表示する。
「確認が取れました。それでは、引き続きサモンバディーズでお楽しみください」
乙姫様はどこから取り出したのか、黒い箱を取り出した。乙姫様だから玉手箱、らしい。ひもを解き、ふたを開けるとそこから白い煙が立ち上る。その煙は生きているかのようにリュウグウノツカイを包むとしゅるんと箱に戻っていく。
「一応、あのエネミー退治は終わった……てことだよな?」
「俺としては納得できないけど、でも運営が何か手を打ってくれるだろ」
「そう、だな」
「龍之介ー!」
ほっとしたのもつかの間、自分のいう事をきかなかったということでひなたがぎゃんぎゃんと叫んで龍之介を叱った。
(でも、アバターの乗っ取り、なんて嫌な話だな……)
だいじな地区大会が始まるというのに、龍之介の胸のうちではざわざわと何かが広がりだしてきた。
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